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アリス、学園に降り立つ

78 イーサンの空気人形

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「人なんて真っ二つだよ。ところでアリス、今は一度に何本の巻藁を切れるようになったの?」
「今? 今は6本かな。やっぱり7本目は途中で止まっちゃうんだ」
「だって。こんな子に武器持たせたらどうなると思う?」
「……」
 ヤバイ以外の何物でもない。リアンはゆっくりと口を開いた。
「行ってらっしゃい。お土産待ってるよ」
「うん! でもリー君、心配してくれてありがとね。純粋に私の事を心配してくれたの、リー君とライラとキャロライン様だけかもしんない。ありがとう」
 そう言ってアリスはにっこり笑った。その笑顔を見てリアンは真顔で頷く。
「いくら人並外れて強くても、十分気を付けてね。あんたが居ないと色んな事が頓挫するんだからね」
「うん、分かってる!」
「アリス……本当に行くの?」
 半泣きでアリスを見つめて来るライラをアリスは抱きしめた。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるからね。お土産楽しみにしてて」
「絶対よ? 約束だからね?」
 スンスンと鼻をすすりながらアリスにしがみつくライラの背中をよしよしと撫でるアリス。そんな二人をリアンが白い目で見ている。
「とは言っても今すぐに出発する訳じゃないよ。まずオリバーの居場所を探さなきゃ。ミアさん、オリバーを見かけたっていう人の出身地はどこなの?」
「あ、はい! 西の方です。セレアルという所ですね」
「セレアルか。色んな作物が有名だね。代表的なのは小麦」
「小麦!」
 アリスとキャロラインが声を上げたのは同時だった。お互い顔を見合わせて頷く。
「アリス、オリバーもだけれど、ちょっと小麦の収穫量も調査してきておいてちょうだい」
「はい! もちろんです」
 恐らく何年か後には必ず起こる飢饉。これに今から少しずつでも備えておかなくてはならない。真剣な顔をして頷いたアリスにキャロラインも頷く。他の皆もループの事を信じてくれてはいるが、こういう時に一番危機感を持つのは、やはり実際に体験した者だけだ。
 そういう意味ではアリスとキャロラインの絆は誰よりも強いのかもしれない。

 翌日、アリスは授業が終わってから珍しく図書館に居た。勉強が大嫌いなアリスが、である。
 実は今日、魔法実技の授業でこんな事があった。
『よし、じゃあ今日は前回も言った通り、持続力の練習をしようか』
 イーサンはそう言って指をパチンと鳴らした。すると、どこからともなく透明の何かが集まってきた。透明なのにそこだけ光の屈折がおかしいので、何かが居ると分かる程度だが。
『これは俺の魔法なんだが、俺は空気を操る事が出来るんだ』
『空気⁉』
『そう。こうやって空気を固めたり減らしたり増やしたりする事が出来るんだ』
 簡単に言うが、イーサンの魔法もレベル5である。簡単にその場の空気を増やしたり減らしたり出来るので、かなり危ない魔法に入る。
 それに気づいたアリスは顔を青くして口を押える。
『ははは。そんなに怯えなくていい。お前たちに何かしようとは思わんよ』
『これ、触ってもいい?』
『ああ。そしてこの空気人形は誰かの魔法を受けるとそれを吸い込む性質があるんだが、アリス、こいつに向かって何か魔法をかけてみろ』
『分かった』
 言われた通りにアリスは空気人形にスキップするイメージを送った。すると、それまで透明だった空気人形は赤から橙に色を変え、やがてパン! と軽い音を立てて消えてしまった。
『消えちゃった!』
『ああ。これがお前の魔法の効力だ。短かっただろう? 何色見えた?』
『二色だけ』
『そうだな。この空気人形は全部で6色の色を持っている。赤、橙、黄、緑、青、紫だ。本来はもっと沢山の色があるんだが、分かりやすいように屈折率を少し弄ってある。そして一つの色が大体4時間を現しているんだが、お前は二色だった。つまり、8時間有効という事になる。ちなみにお前の兄のノアはこの人形の色が十週はしたぞ。ノアの魔法は十日間は余裕で持続するという事だ。アランに至っては流石魔導士の家系だな。俺の作った人形の魔法式を書き換えやがってな!』
 あれにはイーサンも驚いた。人の魔法に干渉する魔法というのがそもそも珍しいが、それをいともあっさりと書き換えられてしまったのだ。
『アラン様すごい!』
『ああ、凄いよ、あいつの魔法は。得意とする魔法の数も多いからな。そしてお前だ。お前はたったの8時間だ。ある意味この学園では短すぎて異例だな。だが、持続力はコツさえ掴めばいくらでも伸ばす事が出来るようになる』
『どうやって? 魔力を強くすればいいの?』
『いいや。勘違いしている奴が多いんだが、魔法の持続力は魔力の強さや大きさには比例しないんだ』
『じゃあどうしたらいいの?』
『どうしたらいいと思う? 多分お前が一番苦手な奴だと思うぞ。よし、ちょうどいい。これを次回への宿題にしようか。そうだな、コイツらを貸してやるから、せめて来週までには一周は出来るようになっておけ』
 そう言ってイーサンはアリスの手のひらに空気人形を置いてくれたのだが、透明なので目で見る事が出来ない。
『先生、これ、何人いるの?』
『ん? ああ、そうか見えないか。ちょっと待ってろ』
 そう言ってイーサンはアリスの手の平に自分の手を翳した。すると、それまで透明だった場所がすりガラスのように半透明になった。その半透明の人型がアリスの手のひらの上でウゴウゴしている。数えると全部で6体いる。体長は十センチ程だ。
『お、おおぉぉぉ! か、可愛い』
 空気人形たちは、それぞれ好き勝手に動いている。立膝をして座る者や嬉しそうにこちらに手を振る者、喧嘩している者もいるし、寝ている者もいる。
『そうか? ただの空気だぞ?』
 アリスの手のひらの人形を見て言ったイーサンは、そのうちの一つに自分の魔力を送り込んだ。すると、みるみる間に色を変えてパンと弾ける。それを見たアリスが、鬼でも見るような目をイーサンに向けてきた。
『け、消した……ひ、ひどいーーーー!』
 ビヤっと泣き出したアリスにイーサンはすぐに耳を塞いだ。アリスの鳴き声に他に実習していた生徒たちが何だ何だとこちらを伺っている。このままではイーサンがアリスを泣かしたなどと噂が広まってしまう。
『ま、待て! 作る! もう一体作るから! な?』 
 そう言って慌てて作った一体は、他の者よりも少しだけ大きくなってしまった。それを見たアリスは満足したように泣き止んで微笑む。
『……おっきくなって帰ってきた』
『そ、そうだな。一回弾けて周りの空気吸ったせいかな~?』
 そんな訳あるか。そう思いながらも苦し紛れに言ったイーサンの言葉にアリスは納得したように頷いた。アリスがお花畑で本当に助かったと胸を撫で下ろすイーサン。そしてこれが間違いだった。
 イーサンが作るのはただの空気の人形である。人形だから意志は無いし、思考もしない。そのはずだったのに……イーサンは知らなかった。アリスの魔法の本質とアランが手を貸せば、これらが立派な意志を持つ人形にもなりうるという事を。

 授業が終わって皆と合流すると、皆も今日は空気人形で色を変える授業を受けていたらしいのだが、誰もアリスのように宿題はもらってなかった。
『ライラは何回色を変えられた?』
 昼食をとりながら何気なく聞くと、ライラは指折り数えて2を示す。
『二回⁉ 私と一緒!』
 思わず喜んだアリスにライラは少し申し訳なさそうに首を振る。
『ま、紛らわしくしてごめんなさい! 私は二周だったわ』
『ニシュウ……』
『なに、あんた二回しか色変えられなかったの?』
 ライラの隣で食事をしていたリアンが呆れたように言う。身体能力には長けているが、どうやらアリスは魔法は苦手のようだ。ある意味その方がバランスが良くていいのではないか。
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