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第383話 バラの秘密

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 納得したようにシャルルが言うと、アンソニーもカールも同時に頷いた。

「ところで大分話を戻して申し訳ないのですが、モルガナの背中のバラが引き金だったとは結局どういう事なんです? あなた達がこのタイミングで計画を実行したのには彼女の背中のバラと関係があるのですか?」
「大いにあるよ。彼女のバラがもうじき咲きそうなんだ。僕たちはそれをなんとしてでも阻止しなければならない。あのバラが咲ききってしまえば今回の計画は全て破綻する恐れがあるから」
「……そんなに威力のあるバラなんだな」

 ポツリとカが言うと、アンソニーもカールもコクリと頷いた。

「そうだね。あのバラはもともと初代妖精王がこの星に持ち込んだバラなんだ。初代妖精王はそのバラを一人の人間に背負わせた。それが妖精王の加護を持たない、初代聖女と呼ばれる人物だった。あのバラは人の心を吸い、それを糧に願いを何でも叶えてくれる不思議なバラなんだよ。悪しき心を吸えば悪い願い事を、良い心を吸えば良い事が叶う。昔それに気付いた教会の男が居てね、初代聖女の末裔のモルガナをある民家から誘拐したんだよ。この男は盗賊に襲われたという事になっているけれど、それは捏造で、彼は旧教会の連中に殺されたんだ。しばらくモルガナは旧教会で育てられていたけれど、ある日、一人の男が教会と町に火を放ってモルガナを連れて逃げた。ここから新教会の歴史が始まった。男は妖精王の加護を持たない者たちばかりで作った新しい教会を作ったんだ。おかげで僕たちはそれも視野に入れて動かなければならなくなってしまったんだ」
「初代聖女……アメリアが聖女を名乗ってたのは別に間違いでは無かったんすね」
「そうだね。アメリアはモルガナと新教会の初代指導者との子だよ。僕たちはあのままモルガナをあそこに置いて置くわけにはいかないからアメリアと手を組んで前回の戦争の時に指導者を排除して、代わりにカールを指導者に仕立て上げて新教会を乗っ取り教会の体制を立て直そうとしたんだけれどね」
「見事に失敗してしまいましたね。彼女たちは新教会の体制がよほど良かったのでしょう。あっという間に引きずり下ろされてしまいました。彼らは改心する事もなく私たちの目を盗んで奴隷制度を再開させバラを育て続けた。だったらいっそ、まだバラがモルガナの背にあるうちに一気に咲く手前まで持っていこうと思ってモルガナをルーデリアの牢に放り込んでもバラは育ちせんでした。本人への精神的負担は物凄かったようですがね。まさか互いの牢を全て遮断されているとは思いませんでしたよ」

 そう言ってカールはモノクルを持ち上げてちらりとノアとカインを見たが、二人はそっと視線を逸らす。

「そのバラが咲いたらあいつらは何を願うつもりだったのさ? 計画が失敗するかもってぐらいだから相当なんでしょ?」
「そうだね。今回の計画は潰れないかもしれないけれど、彼女たちの願いは新教会が永遠に続くようにする事と、それを邪魔する者たちの排除なんだ。だからどうしてもこの星を僕たちが去る前に彼女たちは消してしまいたいんだよ」
「そっかぁ……でも殺しちゃうのは嫌だな。何か良い方法無いのかなぁ?」

 出来るだけ犠牲者は出したくない。それがたとえどれほど最低で最悪な人物たちだったとしてもだ。犯した罪は生きているからこそ償えるのだとアリスは思っている。あるかどうか分からない地獄など頼りには出来ない。

「一つあるにはあるんだよ。モルガナからバラを引き剥がせばいい。イノセンスからヴァニタスを引き剥がしたようにね。でもそれをする術を僕たちもまだ見つけられていない」

 思ったよりもバラが咲くスピードが早かった。あのバラは開き度合いでその都度叶えられる願いの程度が変わる。モルガナ達が叶えようとしている不死の願いはそれこそバラが満開にでもならない限り難しいだろう。

「枯れさせるだけじゃダメなのかなぁ?」
「枯れさせる?」
「うん! 地下の絵にね、ドンちゃんの鼻水をかけたらバラがしぼんだんだよ! もしかしたらモルガナのバラもドンちゃんの鼻水かけたら消えるかも!」
「そう言えばあの時何かを絵にかけようとしていたね。あれは鼻水だったのか。でもどうして鼻水をかけるような事になったんだい?」

 おかしそうに笑みを浮かべてそんな事を言うアンソニーにアリスは身を乗り出して説明した。

「なるほど、キリは幼い頃にアメリアの父に会っているんだね。当時はまだ新教会の入信者も少なかったから、指導者が自らあちこちに勧誘を仕掛けていたんだ。君みたいな孤児は彼らには格好の的だったんじゃないかな」
「新教会の人間は妖精王の加護を持たないのですか。そのせいで俺のサーチが効かなかったのでしょうか?」
「そうかもしれないね。僕も君のサーチの精度がどれほどの物かは知らないけれど、例えば君はアルファの魔法も知らなかっただろう?」
「そもそもアルファさんをサーチした事がありませんね」
「え! そうなの!?」
「はい。お嬢様が信頼しきっていたのでサーチをかけた事すらありませんね」
「なんだかんだ言いながらキリは私をめっちゃ信頼してたんだね!」

 嬉しくて思わずニカッと笑ったアリスにすぐさまキリが、コイツマジか、の目を向けてくる。

「信頼というよりも経験です。それにルードさんをあれだけ慕っていたのですから疑いようもありませんでした。ノア様も助けてもらいましたし。ただアーバンは見えませんでしたね。魔法の所はお嬢様の魔法のように隠されていました」

 アリスやカインのように特殊な魔法を使う人達の魔法はいつだって最初は見えなくなっている。繋がりのある誰かが認識した時に初めてステータスが更新されるのだ。どうでもいい情報は知らなくてもすぐに更新されるというのに、肝心な所が見えなかったりするので厄介で仕方ない。

「便利なんだか不便なんだか分かんないね、あんたの魔法」
「はい。俺も本当は攻撃魔法が良かったです。もしくは捕獲魔法とか」
「うん、それは間違いなく役に立つよね、特にこいつに」

 そう言ってリアンはアリスを指さして笑うと、すぐさま真顔になる。

「それで、結局どうなのさ。ドラゴンの鼻水で何とかなんの?」
「分からない。何せ試した事がない。あと、多分鼻水で無くても大丈夫だと思うよ」
「そうよね。モルガナの背中にあるのなら試しようが無いわよね……でも、どうしてそんなバラが今まで誰にも知られずに存在していたのかしら」

 そんな貴重なバラならばもう少し伝承として残っていても良かったのではないか。

「そうだな。キャロの言うとおりだ。俺もキリにその話を聞くまでは全く聞いた事もなかったし、書庫でいくら調べてもそんなバラの存在など無かったぞ?」
「それはそうでしょうね。バラの話は新教会が、イノセンスの話は私たちが各地で消して回りましたから。今まで何百年も私たちが何の根回しもしてこなかったと思いますか?」
「やっぱり春のお姫さまの歌の歌詞を変えたのはあんた達だったんだね」
「ええ。その歌に興味を持って歴史学者やなんかに探られては困りますから。まぁ……そのせいで転生した今回のイノセンスの居場所が掴めずに奴隷商に売られてしまったのですが」
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