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第443話 オリバーの正しい脅し方

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「あ、もしかしたらこれこそが負のエネルギーなのでは?」
「あ、そっか。アンソニー達の計画では負の魂に肉体を持たせて正しく消去するんだって言ってたな」
「ええ。だとしたらこれが全部出きったら戦闘開始という事ですよね?」
「ああ、だな。ん? 待てよ。なぁこれが今まで凍結されてたエネルギーだとして、これが全て放出されきったら星がパンクするのではないか!?」
「あ……ほんとだな……ちょ、じゃあもう移動し始めなきゃじゃん!?」
「ほ、本当ですね! す、すぐにイライジャに連絡します! それから妖精王にも!」
「俺たちもすぐに緊急放送が出来る状態にしとかないと。でもその前にアンソニーにこの写真送るわ。あっちの見解も聞こう」
「そうだな。ああ、くそっ! 思っていたよりもずっと早いな!」

 ダニエルがオルゾのどこから撮影したのかは分らないが、写真一面に覆われたあの黒い霧が全て戦士に生まれ変わったのだとしたら、この地はすぐにでも地獄と化す。それだけは絶対に避けなければならない。

 三人はお茶を飲むのを止めて慌ただしく部屋から飛び出した。自分達のやるべき事をする為に。
 
 
 
「そろそろタイムリミットかもしんないっす」

 オリバーはベッドで仰向けに転がったまま、胸の上でまどろむドロシーの髪を撫でた。隣ではサシャが静かな寝息を立てている。

「もう? 呼び出しがあった?」
「いや、ないんすけど、そろそろかなって」

 何となく嫌な感じがして窓の外に視線を移すと、遠くの方の雲が不自然に渦巻いているのが見えた。それはまるで何かのゲートが空に開いたようで気味が悪い。

「そうなんだ……ねぇオリバー、私も一緒に――」
「駄目っすよ。今回はドロシーはお留守番っす」
「今回も、だよね」
「戦争に参加したいんすか?」
「そうじゃないけど……私、何の役にも立たないのかなって……」

 まだオリバーに話してもらえなかった事が心のどこかに引っかかっているのだろうか? ドロシーはそんな事を考えながらオリバーの胸に頬を寄せた。

「ティナが言ってたんすよ。子供を生むこと程重要な事はないって。俺もそうだなって思うんすよ。だって、子孫を残さなきゃあっという間に生物は絶える。本当はその役目は俺が変わりたいんぐらいなんすよ。ドロシーの命と引き換えになるかもしんないんすから。でもそれは出来ない。ドロシーにしか、俺の子孫は残せない。俺は、ドロシーとの子供しか欲しくない」
「……うん」
「世間の役に立つのも立派だとは思うんすけど、俺はそんな知らない人たちよりも俺の事を思ってて欲しい。俺が戦争に参加すんのは、ドロシーとサシャ、それからこの子の為なんすから」

 そう言ってオリバーはドロシーの背中を撫でる。まだ目立ちはしないが、ティナ曰くスクスクと順調に育っているそうだ。

「他の人達の事は考えてないの?」
「んー……あんま考えてないっすね。俺は超がつくほどの平凡な人間なんで、アリスみたいな壮大な夢なんて見れないし、リー君みたいに口では何だかんだ言いながらもアリスの思想を支持したりもしてない。ルイス達みたいに国民の事も別にどうでもいいっすよ。こんな事言ったら怒られるかもしんないんすけど、俺の視野は相当狭いっす。家族とこの家さえ最終的に守れたらそれでいいんすよ」
「それでいいの?」
「いいんすよ。皆が自分の家族や居場所を守りたいって思って戦えば、それは全員を助けたいっていうアリスの思想とほぼ同じだから」

 誰かに依存するんじゃない。誰かに助けてもらうばかりじゃない。自分の為に、家族の為に、大事な人達の為だけに戦えばいい。皆がそう思えば、自然と世界は良くなるはずだ。

「そっか……そっか……」
「うん、そっすよ」

 涙を零したドロシーを抱きしめながらオリバーは目を閉じた。思い出すのは初めてドロシーと会った時だ。あの時はドロシーはヒロインだと言うことも知っていたし、自分はその攻略対象だと言うことも知っていた。

 けれどそれをどうこうするつもりも無かったし、何ならドロシーには他の攻略対象と幸せになってもらえればそれでいいなんて考えていたぐらいだ。

 それがいつからかドロシーの事は自分で守りたいだなんて思うようになってしまった。それまでは自分の事は流れに身を任せる根無し草のようだと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。

「はは、案外俺は嫉妬深いし心配性だし、執念深いんすよね」
「?」
「ドロシーをどこにもやりたくないって言ってんすよ。それどころかドロシーを守るのは俺じゃなきゃ嫌なんすよね」
「私もだよ。私もオリバーを守るのは私がいい。私でないと嫌だ」
「じゃ、俺たちは似たもの夫婦なんすね、きっと」
「うん!」

 ようやくオリバーの心が見えた気がしてドロシーはオリバーの胸に額をこすり付けた。オリバーがドロシーに話さなかったのは、心配したからだけじゃない。誰にも、ドロシーの事を任せたくなかったのだ。だから安全な所に居て欲しいと願ったのかもしれない。そう思うと、何だか胸の中の霧が完全に晴れ渡った気がした。

 心配だから、守りたいから、そんな上辺の言葉よりもずっと、オリバーの正直な心がドロシーに伝わったのかもしれない。

 ドロシーはようやくオリバーの上からどいてオリバーを引っ張り起こすと、オリバーの頬にキスをした。

「ぜったいに無事に帰ってきて。でないと私、すぐに再婚しちゃうから」

 ドロシーの言葉にオリバーはギョッとした顔をして青ざめる。

「え、いやそれはちょっと……そういう圧のかけ方してくんすか!?」
「だって、これが一番効くかなって」
「そりゃそうっすよ! 俺がどんだけあんたに惚れてると……はぁ。絶対帰ってくる。だからその間、ドロシーはサシャとこの子を俺の代わりに絶対に守って」
「うん。ちゃんと守る。約束だよ」
「うん、約束」

 そう言ってどちらともなくキスをした二人は、そのまましばらく手を握り合っていた。
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