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第466話 馬鹿の一つ覚え

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 アリスは張り切っていた。空を見上げると見事なまでの曇天だ。お世辞にも良い天気では無いし、なんなら遠くで稲光が落ちているのも時折見える。

 それでもアリスはいつもの広場に大量の屋台を設営していた。

「お嬢様、本気ですか?」
「本気だよ! やるったらやる!」
「すみません、言葉を間違えました。お嬢様、正気ですか? でした」
「正気だよ! わざわざ言い直さなくても、私は正気だし本気だよ!」

 機材を抱えてついてくるキリにアリスは言い返すと、キリの倍の量の機材を広場の真ん中にドサリと置いた。

 広場では既にバセット領の皆があちこちから集まって来て屋台を設営している。そんな領民達の顔には一切の不安も浮かんではいない。それどころか、皆とても楽しそうなのだ。

「お嬢、ちょっとこっち手伝っておくれ」
「分かった! じゃ、キリはあっちお願いね」

 アリスはそれだけ言ってキリに持っていた機材を渡してハンナの元に走っていく。

 キリはため息を落としながら持っていた荷物を下に下ろすと、渋々屋台の設営を始める。どうしてこの領地は毎度毎度何かが起こるたびにバカのひとつ覚えみたいにバーベキューなのだろう? どうしてそんなに肉が好きなのか。

「すみません、キリさん。私もお手伝いします!」
「ミアさん? もう終わったのですか?」
「はい! 遅くなってしまってすみません」

 あれからミアはキャロライン達と共に緊急避難用の宝珠を作るのを手伝っていた。どうすれば効率よく説明が出来るのかをカインが考え、その度に衣装を変えたり舞台を変えたりしていて気づけば夜になっていて、ミアは久しぶりに城に泊まる事にしたのだ。

「楽しかったですか?」
「え?」

 不意にキリにかけられた言葉にミアがキョトンとしていると、キリは珍しくうっすら笑ってミアの目元をなぞった。

「ここ最近ずっとクマが出来ていました。けれどそれが無くなった。何より顔が晴れやかです」
「キリさん……ご心配をかけていましたか?」
「あなたの事を心配しない日などありません。たとえあなたが元気であっても、俺は常にあなたの心配をしていますよ」
「そ、そうなんですか……えっと、実は昨夜、久しぶりにお嬢様とチームキャロラインの皆で深夜まで話し込んだんです。お嬢様はパジャマパーティーね、なんて仰ってましたが」
「パジャマパーティーですか。いいですね」
「はい! 皆で騒いで笑っていたら、気づけば胸のつかえのような物が消えていました。何気ない日常の話をしていただけなんですけどね」

 そう言ってミアが小さく笑うと、キリがそっとそんなミアの頭を撫でた。

「日常の幸せな話をするのはとても大切な事です。こんな時だからこそ余計に。良かったです。ミアさんの胸のつかえが取れて俺も安心です」
「キリさん……はい。キリさんは胸のつかえのようなものはないのですか?」
「俺ですか? 俺は……そうですね……家族への不安は何もありませんね。ただ……」

 そう言ってキリはちらりとアリスを見た。いつの間にかアリスはマンモスのスーの鼻先に器用に乗って、屋台の屋根のてっぺんに無駄に飾りつけなどをしている。

「アリスさん……またあんな事して……」
「俺の悩みのタネはあの方に凝縮されていますね。今も昔も。多分……これからも。だから家族は本当に癒やしでしか無いんです。分かりますか?」
「は、はい。私もずっとお嬢様付きだったので他の方のお世話なんて良く分からなかったんですが、アリスさんはなんというか……別格ですよね」

 今でもミアはキャロラインのメイドだが、家に戻ってくればアリスの世話をよくしている。いや、世話ではない。後始末と言ったほうがいいかもしれない。

「正直に言っていいんですよ。あれはもう存在自体が厄災です」
「そ、そこまでは思ってませんよ! 確かに大変ですが、実を言うと私、アリスさんに感謝しているんです」
「感謝、ですか?」
「はい。あの方のおかげで私はここにすぐに馴染めたなって。小さな領地にありがちですが、他所から嫁いできたりすると多少はぎくしゃくしたりするんですよね。でもアリスさんのおかげで気づけば皆が私を受け入れてくれていた。そういう意味ではとても感謝しているんです」

 アリスのおかげでどこへ行っても皆が「ミアさん」と声をかけてくれる。

 嫁いできた当初は領地の人達のミアへの態度はキリのお嫁さん、もしくはお客様ぐらいのよそよそしさだったのに、いつの間にかバセット領のミアになっていた。狭い領地でこんなにも早くお客様扱いが抜けたのは、偏にアリスのおかげだろう。

 そんな事を言うミアにキリは不審な顔をして言った。

「お嬢様はしたいように生きているだけです。ミアさんが感謝などする必要も無いと思いますが」
「それでも私はアリスさんの事、大好きですし尊敬していますよ。キリさんが本当はアリスさんの事を家族のように愛しているのと同じで、私も彼女を友人として愛しています。多分、彼女とお付き合いのある方たちは皆そう思ってるのではないでしょうか」

 きっぱりと言い切ったミアを見てキリは一瞬目を丸くしたかと思うと、続いて心底嫌そうに顔をしかめた。

「それは……少々気持ち悪い表現ですね……まぁでも、確かに俺はノア様とお嬢様でないと仕えたいとは思いません。あの人達は認めたくないですが……家族なのでしょうね」
「はい!」

 そっぽを向いてそんな事を言うキリにミアが元気よく返事をしたその時、アリスがミアに気づいたようにスーの上から手を振ってきた。

「お! ミアさんじゃ~ん! どうだった!? キャロライン様綺麗だった!?」
「それはもう! 今世紀最大の出来だったと思います!」
「マジか~! 見たかった! 写真は!?」
「ありますよ! 後で送りますね!」
「やった~! ありがと~! よし、それじゃあ早速ミアさんにもお仕事頼んじゃうぞ~! ハンナがね、今皆と野菜の皮むきしてるんだ。そっち手伝いに回ってもらえる?」
「もちろんです! それじゃあキリさん、また後で!」
「はい。水が冷たいのでハンドクリームをしっかり塗っておいてくださいね」
「はい!」

 満面の笑みで頷いたミアは、小走りでバセット家の調理場に向かった。
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