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第655話

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 空に開いた穴の側で、大きな花火が上がった。あれはキャロライン達の合図だ。

「お姫様たち、撤退したみたいだね」
「我はオズと共に最終調整に回る。しばし離れるぞ」

 妖精王はエネルギーを一気に浄化する事で相当量の魔力を使っていた。それを回復しない事には、オズワルドではないが何も出来ない。

「もちろん。兵士たちは僕たちでどうにか出来るかもしれないけど、古代妖精はあなた達の力が必要不可欠だよ」
「すまないな。行くぞ、オズ」
「ああ。じゃな」
「それじゃあこっからは私達の出番だね! よっしゃ、いっくぞ~!」

 そう言って立ち去った二人を見送ってアリスが駆け出そうとしたその時、突然リアンのスマホが鳴った。

「宰相だ。何だろ」

 リアンは訝しげにスマホを取ると、カインの声が聞こえてくる。

『リー君、ライラちゃんが戻ってきたんだけど、意識が無いんだ』
「……え?」

 それを聞いてリアンは思わずスマホを落としそうになった。そんなリアンを見て何かを察したアリスがリアンの手に妖精手帳を握らせてくる。それに続いてノアとオリバーが言った。

「行っといで、リー君」
「そうっす。後悔だけはしないように」
「こっちは私達に任せとけぃ!」
「……ありがと、皆!」

 リアンは皆にお礼を言ってすぐさま手帳にカインの名前を書き込んだ。こんな時、アリス達はいつも何も言わずとも察して送り出してくれる。だからリアンはいつも口では文句を言いながらも彼らから離れないのだ。上辺の良い事を並べ立てるだけの下心のある連中とは違うから。

 
 リアンが抜けた後、アリスは酷く憤慨していた。リアンのあの表情から察するに、間違いなくライラに何かあったのだ。もしかしたらさっきのキャロラインチーム撤退にも関わっているのかもしれない。

「心友と推しを傷つけるのは許さない……兄さま! ゴーして!」

 言いながら背中の剣を抜いてその場で土を蹴るアリスにノアは困ったように言う。

「いいけど、アリスその勢いで突っ込んでったら皆殺しにしちゃわない? 大丈夫?」

 ノアが苦笑いしながら言うと、キリも隣で頷いている。

「お嬢様、一旦深呼吸をして体操してください」
「何でこの状況で体操させんすか!? 意味分かんないんすけど!?」
「体操中はお嬢様は唯一無になれるのです。何故なら音頭を取るのに必死で他の事を考える事が出来ないから」
「キリ、それだとまるでアリスが一つの事しか考える事が出来ないみたいに聞こえるよ」
「違いますか? お嬢様は大抵の場合肉の事を考えていますが、たまに思い出したかのように我々の事を考えます。今がその時です。暴走して突っ込むより、一旦我々から離れて肉に戻ってもらった方がいいです」
「いや、この状況で肉の事考えられても困るんすよ! でもアリス、キリの言う通りっす。ちょっと冷静になって考えて欲しいんすよ。多分、ライラちゃんはエネルギー切れを起こしただけっす」
「どうしたそんな事分かんの!? モブは兄さまじゃないのに!」
「いや、それどういう意味なんすか?」
「兄さまは何でも知ってる! ていうか見てない事もまるで見てきたみたいに捏造してでっち上げるのが得意だから! モブは違うでしょ!? モブは正直で真面目なのが売りじゃん!」
「それは僕、褒められてないね?」

 アリスの刃のように鋭い言葉がノアの胸に突き刺さるが、隣でやっぱりキリが頷いているので、もしかしたらキリもそう思っているのかもしれない。

「いやいや、別にノアじゃなくても分かるんすよ。もしもライラちゃんに何かあったなら、カインはまず間違いなく全員に連絡してくるし、その場で集合をかけると思うんすよ」
「ふんふん」
「でもそれをしなくてリー君だけに伝えたって事は、ライラちゃんの身に何かあったかもしれないけど、それはリー君だけで判断出来るような事だと思うんす」
「なるほど?」
「てことは、ライラちゃんは確かに意識を失ってるけど、それは命に関わるような事じゃなくて、何らかの理由で眠っているだけって考えるのが妥当っすよね?」
「うむ……」
「実際にライラちゃんは前にも同じように雷神に進化して意識を無くしてる。さっきの雷のパターン見てたらライラちゃん、相当な魔力使ったと思うっす」
「確かに! モブは賢いな!」

 オリバーの言う通りだ。今回は誰が欠けても作戦が成り立たないぐらいキチキチ編成なのだ。もしも万が一誰かに何かがあったら、その場で作戦を練り直さなくてはならない。

 アリスはオリバーを褒め称えると、刀を直してキリの言うようにその場で屈伸運動を始めた。

「……どもっす」

 突然目の前で屈伸を始めたアリスに呆れながらもオリバーは頭を下げた。

 というか、少し考えれば分かりそうなものだが、興奮したアリスはそれこそ思考回路がそこでストップしてしまうという事を流石のオリバーも長年の付き合いでよく知っている。

「ありがと、オリバー。時としてアリスは僕たちの言う事でさえ聞かないから助かったよ」
「全くです。モブさん、俺からもお礼を言います。それで、あちらの状況はどうなっているのでしょうか。あちらに向かいますか?」
「いや、あの花火を見た師匠チームがアンソニー王達に連絡してくれてるだろうから、僕たちは予定通りここでアメリア達を迎え撃とう」
「了解しました。ではそろそろ配置につきましょう」
「うん、お願い。アリスもオリバーも手筈通りによろしくね」
「了解!」
「っす」

 ノアの号令に従って仲間たちは散り散りになった。

 アメリアが錫杖を持っているという事を知った仲間たちは、急遽作戦を変更してせっかく作った罠を取り払った。最優先なのはアメリアがバラに何を願ったかを知る事だと提案したノアに反対意見は出なかった。それほどまでにバラの願いも錫杖も厄介な存在だったからだ。

 アリスとオリバーが配置場所に向かうのを見送ったキリは、ノアに尋ねた。

「ノア様、最悪の場合どうしますか?」
「アメリアを? そんなの決まってる。殺すよ」
「……では、バラはどうするのです?」
「アメリアに子孫は居ない。誰かの背中に移るだけだよ。ただアメリアが永遠の命を願っていたりなんかしたら、それも無理だけどね」
「その場合の算段もついているのですか?」
「もちろん。一つだけ方法があるって思ってる」
「それは一体……」

 そこまで言ってキリは口を閉じた。目の前に大きな影が出来たのだ。ふと見上げると、もうすぐそこまでアメリアを乗せた古代妖精が迫ってきている。

「後で話すよ。とりあえず今は持ち場に戻って」
「分かりました。それでは、失礼します」

 そう言ってキリはその場を離れた。ふと振り返ると、ノアはゾッとするような冷たい顔でアメリアを睨みつけていた。
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