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第689話

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 海がディノで一杯になるかと思った。

 子どもたちは果て無く大きくなり続けるディノに言葉を失っていた。アミナスでさえもだ!

「ア、アミナスちゃん、ちゃんと手を繋いでてね!」

 あまりにもディノが大きくなるので、リーゼロッテはアミナスとはぐれまいと、しっかりアミナスの手を握った。

「も、もちのろんだよ!」

 珍しく引きつってアミナスが言うと、はるか下の方から微かにノエルの声が聞こえてくる。

「アミナスー! 落ちないようにねー! 飛び跳ねちゃ駄目だよー! ヒャッハーも禁止だからねー!」
「分かってるよー! もう、兄さまは心配性だなぁ!」

 アミナスが言うと、隣でリーゼロッテがやっぱり心配そうな顔でアミナスを見つめてくる。

「子どもたち! そろそろ浮上するぞ!」

 ディノの声に子どもたちがそれぞれに返事をしたのを聞いて、ディノは胸の中のレックスに問いかける。

「レックス、もうしばしの辛抱だ。必ずお前をこの世界に戻してやるからな」

 するとディノの心臓の辺りがポゥと光る。そこにはしっかりと賢者の石が埋め込まれていた。

『ディノ、準備は出来た! 今度は空の番だ』
「ああ、頼んだぞ! この子達の安全は今や全ての生物の、星の未来に繋がっている。失敗は許されない!」
『分かってる!』

 空はそう言って海から舞い上がったディノの全身に途方もない魔法をかけた。それは初代妖精王の錫杖の力など物ともしない、強固な結界だった。

「何と! これは一体どうした事だ!」

 海から地上に上がったディノは、地上の光景を見て声を上げた。生物が一匹たりとも居ない。その代わりに居るのは地上を埋め尽くすほどの得体の知れないエネルギー体のみだ。生物はどこへ行った? 愛しいあの生き物たちは……。

 ディノが悲しみに溺れそうになったその時、胸の石がディノを慰めるように淡く光った。それと同時に流れ込んでくるのは、地下に逃げ込んでいる生物たちの姿だ。

「ああ、良かった……皆、無事なのだな……」

 ディノはそれだけ呟くと、アメジストで出来た羽根を勢いよく動かした。

『ああ、懐かしい! この感じ、この空気! ディノとの冒険はいつも楽しかった!』

 興奮したように空が言う。それに続いて海も声を上げる。

『海と空と大地、それからディノ! 我らには何も敵わない! 行くぞ、ディノ!』
「ああ! 子どもたち、しっかり捕まっていろよ!」

 ディノはそう言って翼をさらに羽ばたかせる。一度羽根を動かすだけで星を半周してしまいそうなディノの巨体は、地上のほとんどに影を落とす。それに気づいた地上の生物があちこちから声を上げるのをディノはしっかりと聞いていた。

 やがて大地の姿が前方に見えてきた。大地はその体の殆どをバラの根に侵食されている。

「大地の!」
『大地!』
『可哀想に……がんじがらめだわ!』

 苦しそうに喘ぐ大地を見て思わずディノ達が声を上げると、それが聞こえたのか首の辺りからノエルの声が聞こえてきた。

「大丈夫! 僕たちがちゃんと助けるからね!」
「ノエル……ああ! 任せたぞ! 海よ、彼らを守れ!」
『分かってる。もう頼れるのはこの達だけだから』
「行くぞ! アミナス! 好きなだけ暴れろ!」
「うん! それ、ドッカ~ン!」

 アミナスはそう言って遠慮なく地上を爆撃した。それを増幅させるのはリーゼロッテだ。

「あのね、私ね、オズにも褒められたんだ! 魔力が強いって! だからね、アミナスちゃんは遠慮なくどんどん撃ってね!」
「分かった! それ、も一つドッカ~ン!」
「……血の気が引く……」

 アミナスの猛攻撃を見てチラリと下を見ると、地上のアメリア兵達が一斉に燃やされていく。それを見てディノは青ざめた。

「ディノ! しっかりして! あれはパスタを茹でてるんだよ!」

 アミナスが叫ぶと、ディノは自分を奮い立たせるように巨体を左右にくねらせた。

 けれど、それをディノの逆鱗で聞いていたノエル達は――。

「ははは! あれがパスタだったら完全に空焚きだよね。大火事だよ」
「……お嬢様、それは無理があるのでは……」
「あの火力だと一体どれほどのパスタが茹で上がるのですか?」

 アミナスの言う事はいつも滅茶苦茶だ。

「見て、アメリアが気づいたよ」

 ノエルはそう言って指さした。はるか前方に見える大地の妖精がこちらを振り返ったのだ。その肩にはアメリアが乗っている。

「気づいた所で何も出来やしません。ノエル様、準備を」
「うん」

 ノエルはそう言って体にロープ(絶対切れない首落ち~る君柔らかバージョン)を括り付けた。そんなノエルと同様、レオとカイも自分達の体にロープを巻き、座り込む。

「僕が種を、レオは胸、カイは首の所ね」
「分かりました。ノエル様、レオ、スコップは持っていますか?」
「うん、地下から借りてきたしちゃんとディノの強化魔法もかけてもらった!」
「俺もです。カイは素手ですか?」
「いえ、首元には芽が出ているので、そこを縛って引き抜きます」

 大地の妖精は土で出来ている。どうやって引き抜くのかとディノに相談をしたら、そんな答えが返ってきた。それはつまり、掘って縛って引き抜けという事なのだろう。

 そして根が無事に抜けたらディノの仕事だ。ディノの息はアメリアのバラを枯らしてしまう事が出来るという。

「あれはやっぱり保険をかけたって事だと思う?」

 ノエルがディノのバラにまつわる話を思い出して言うと、レオとカイが頷いた。

「恐らく初代はいつかはこうなる事も予想していたのではないでしょうか。賢者の石にしてもバラにしても錫杖にしても、絶対的な物ではないようですから」
「そうですね。いつの時代も生物が考えることは大体同じだという良い例です」

 初代聖女に恋をして、その力の全てを聖女のホムンクルスとやらに与えはしたものの、やはり心のどこかではそれは間違いだと思っていたのだろう。神に創られし生物が神の力を得ることなど出来ない。だからこそ、初代はディノにそれを終わらせるべき時が来たら破壊するように、と託したのだろう。

 やがてディノはアメリアの頭上にまでやってきた。

「おのれ化け物め! さあ、私の戦士たち! あの不気味な化け物を粉々に引き裂きなさい!」

 アメリアは叫びながら錫杖を振るが、そのどんな攻撃もディノには届かない。

「さあ、アミナス! 遠慮はいらぬ! あれはパスタだ!」
「その意気だよ、ディノ! それどっか~ん!」

 アミナスは意気揚々とアメリアの周辺を爆破し始めた。足元から燃え上がる炎に大地の妖精が激しく呻く。

「こんな炎など何だと言うの! しっかりしなさい!」

 アメリアは叫ぶが、大地とて地表の温度が上がるのは辛いのだろう。それでもアミナスの攻撃は留まる事を知らず、せっかく創った兵士達があっという間に焼け焦げていってしまう。

 力がいくらあれども、肝心のアミナスやディノを止められないのでは何も出来ない。アメリアはそれを悟って唇を噛み締めて叫んだ。

「邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!!!」

 渾身の一撃をディノに向かって撃ったその時、大地の妖精がぐらりと傾いた。

「え?」

 そう思った瞬間ディノは突然急上昇を始めたかと思うと、大地の妖精からズルズルと何かが引っ張り上げられていく。

 それと同時に自分が今まで乗っていた大地は脆く崩れ去り、アメリアは思い切り地面に叩きつけられた。


 時は少しだけ遡り、アメリアの頭上に到着したタイミングを見計らって、ノエルとレオ、カイ、そして海はロープを伝ってこっそりと大地の妖精の背中に降り立ってスコップで地道に大地を掘り始めていた。大地の妖精はゴツゴツしていて足場は山程ある。そこへ、誰かが足元からスイーっとやってきた。

「よぉ。面白そうな事してるな、お前たち」
「オズ! ちょうど良かった! ちょっと手伝って」
「いいよ。何すればいい?」
「この鉤爪をあの種に結びつけたいんだ」

 ここまで来て思ったのだが、種は思ったよりも大地の奥深くに埋められていて、ノエルは途方に暮れていた所だった。このままではアミナスが先に力尽きてしまう。どうしようかと思っていた所に都合よく現れたのがオズワルドだ。

「ふぅん。要はここに風穴開ければいい?」
「駄目だよ! この作戦の肝は見つからないようにするって事だから!」
「なるほど。それじゃあとりあえずお前らには目隠しの魔法だな。それからそのスコップ貸して」

 目眩ましの魔法という些細な魔法を使った所で、ディノという巨大な魔力の塊の前ではアメリアも気づかないだろう。

 オズワルドはそう言ってすぐさま自分と大地の妖精に張り付いている子どもたちに目眩ましの魔法をかけると、ノエルからスコップを受け取った。

「どうするの?」
「ほら、これでサクサク掘れるはずだ」

 オズワルドはスコップをノエルに返すと、同じことをレオのスコップにもしてやった。すると、オズワルドの言う通り大地の妖精はみるみる間に横穴が掘られていく。

 やがてノエルが種にたどり着いた。それから少し遅れてレオとカイも無事に鉤爪をバラの根っこに鉤爪を固定し終えたのが見えた。

 それを確認したオズワルドはそのままディノの鼻先まで行き、告げる。

「ノエル達を引き上げてやってくれ」
「オズ!? そなたがどうしてここに……」
「何やらバカでかいのが空を飛んで来たってあちこちで騒いでるから見に来たんだ。ついでにあいつらを手伝ってきた。ほら、早くしろ。リゼ、無茶するなよ」
「うん!」
「あ、ああ、分かった」

 とりあえずバラの根を大地から引きはがす方が先だと判断したディノは、そのまま勢いよく上昇した。すると、微かな抵抗と共に何かがズルリと抜ける感覚がする。

「オズ! 大地を助けてやってくれ!」
「分かった。あいつらと一緒でいいよな?」

 そう言ってオズワルドが指さした先には何とも言えない姿になってしまった空と海だ。それを見てディノは曖昧に頷いてそのまま雲を突き抜けて一旦見えなくなってしまった。

 オズワルドはすぐさま地上に戻って唖然としているアメリアの横で堂々と魔法を使って残された大地の妖精に姿を与えると、それを連れ去る。

「どうして……何が起こったの……? はっ! 錫杖! は無事ね。でも大地の妖精が……」

 何が起こったのか分からないが、大地の妖精が消えてしまった。アメリアは愕然としながら錫杖を杖代わりにして立ち上がると、大きく息を吸い込んで目を閉じた。
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