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~ 崩壊の危機 ~
14話
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その日の夜、公爵邸のダイニングルームに初めて家族全員が揃った。
普通の家庭であれば和やかな団らんの場にはるはずだが、リシャール家は一筋縄ではいかない。
すでに席についていたクリスティーヌは、アルフレッドが部屋に入ってくるなり、弾かれたように立ち上がって頭を下げた。
そんな妻をアルフレッドは一瞥しただけでなにも言わず、使用人に椅子を引かれて静かに腰を下ろす。
クリスティーヌもまたおずおずと着席し、萎縮した様子で目を伏せた。
息苦しさを覚えるほどの静けさが、その場を満たしていく。
(あちゃあ……)
『お葬式みたいな雰囲気ですわね』
テーブルの上で丸くなって様子を眺めていたマリアベルが、やれやれと言わんばかりに呟いた。
気まずくなるのは覚悟していたものの、それでもふたりとも大人だ。
子供の手前、表向きはある程度仲よくするのではと踏んでいたが、もはや取り繕う余地もないほど関係はよくないのだろう。
セレスティアは「コホン!」と咳払いして場を仕切り直すと、ドレスの裾を持ってペコリとお辞儀をした。
「きょうは、おこしくださり、ありがとう、ございます! たのしんで、くださいねっ!」
ひとまず噛まずに言えてホッと胸を撫で下ろす。
ふぅと息をつきながら着席すると、隣に座るクリスティーヌが小さく拍手を送ってくれた。
「ご挨拶、とてもお上手でしたよ」
「そう? えへへっ」
セレスティアが照れてはにかめば、クリスティーヌも強ばっていた表情をほんの少しだけ緩め、口元に淡い弧を描く。
そうしている間に、給仕の使用人たちが食前酒を運んできた。
それぞれの好みにあわせ、アルフレッドには赤、クリスティーヌには白ワインが注がれる。
セレスティアのグラスを満たしたのは深紅の飲み物。
見た目は赤ワインによく似ているが、もちろん酒精は含まれておらず、いつも飲んでいる赤葡萄の果実水だ。
セレスティアはグラスの柄を両手で握り、こぼさぬよう慎重に持ち上げる。
「ではっ! おとうしゃま、おかえり、なさい! くりすちーぬさま、わがやに、ようこそ! きょうという、すばらしいひに──かんぱーい!」
元気よく音頭をとるとアルフレッドは静かに、クリスティーヌは微笑を湛えて、それぞれグラスを掲げた。
いよいよ、晩餐会の幕開けだ。
セレスティアはグラスに軽く口をつけると、そっと視線を動かして給仕の使用人頭に合図を送った。
ほどなくして三人の前に、軽くつまめる前菜が運ばれてくる。
「海老と春野菜の揚げ物でございます」
春らしい薄桃色の小花が描かれた皿には、アルフレッドの好物だというリシャール公爵領産の海老と、今が旬のホワイトアスパラガス。そしてクリスティーヌが好んでいるという菜の花が綺麗に盛り付けられていた。
素材の味を活かすためか白い衣は薄く、海老の赤と春野菜の白や緑、淡い黄色が美しく映えている。
まずは前菜にふたりの好物を出し、つまみと酒で緊張を解きほぐした方がよい──事前の打ち合わせの際に、シェフからそう助言をもらったのだ。
両親の反応は気になる。けれど空腹のあまり、セレスティアの視線はおのずと目の前の料理へと吸い寄せられていく。
(わぁ、美味しそう……! お父様のお仕事が終わるのを待っていたから、もうお腹ペコペコだよ)
まずはホワイトアスパラに手を伸ばす。
フォークを刺すと衣がサクッと心地よい音を奏でた。
待ちきれず口に運ぼうとしたその時、隣から焦りを帯びた声が飛んできた。
「あっ、待ってください、セレスティアさん。熱いですよ。食べやすいように切り分けてもよろしいですか?」
コクリと頷けば、クリスティーヌは自分の皿のフリットを手早く一口大に切り分け、セレスティアの皿と取り替えた。
「必ず『ふーふー』って、してくださいね」
「はい! くりすちーぬさま、ありがとう、ございます」
「ふふっ、どういたしまして」
言われた通りに「ふー、ふー」とフリットに息を吹きかけ、少し冷ましてから口に運ぶ。
衣はサクッと香ばしく、中のホワイトアスパラガスは繊維が柔らかくほどけ、ほんのりとした甘みが口の中に広がっていく。
「はふはふ……おいひぃ……」
「えぇ、美味しいですね」
頬に手を当ててしみじみと呟けば、クリスティーヌも和やかな表情で頷いた。
ほんのわずかではあるが、肩の力が抜けてきたように見える。
一方のアルフレッドは表情を変えぬまま、赤ワインを嗜みつつ黙々と食事を続けていた。
『やっぱり、アルフレッドは手強いわね』
(でも、大丈夫。まだまだこれからだもの)
マリアベルの言葉に心の中で応えながら、セレスティアは海老のフリットを囓った。
アスパラガスよりも衣が厚く、外側はふんわり。中の海老はぷりっと弾けて、食感の違いが楽しい。
味付けはシンプルに塩とレモンだけだが、その分、素材の旨味が引き立っていた。
(うむ。やるな、シェフ)
あっという間に二種を平らげ、最後に残ったのは菜の花のフリットだ。
春に旬を迎える菜の花は栄養が豊富で、傷の治りを早めたり免疫力を高めたりする働きがある。
前世でもよく摘んで食べていた馴染み深い食材だ。
サクッとした衣と、歯ごたえのある菜の花。
(ん~! これこれ、懐かしい)
そんなことを思いながら咀嚼していると。
「うげっ。にがいぃ」
子供の舌は味覚が鋭いのか、口内に土のような独特なえぐみが広がる。
セレスティアは慌てて飲み物に手を伸ばし、両手でグラスを抱えてゴクゴクと甘酸っぱい果汁を飲み干した。
ようやく苦みが引いて「ふぅ……」と息をつくと、クリスティーヌがすかさず唇の端をナプキンで優しく拭ってくれる。
「菜の花のほろ苦さは、セレスティアさんにはまだ早い大人のお味でしたね」
「む。おいしかったもん。こどもじゃ、ないもん」
「ふふっ、これは失礼しました」
唇を尖らせムキになって大人だと主張するセレスティア。その行動自体が子供の証なのだが、本人は気付いていない。
そんな三歳児に微笑みを向けていたクリスティーヌだが、ふとセレスティアから視線を外した瞬間、その顔はまたたく間に凍りついてしまった。
(ん? どうしたんだろう?)
クリスティーヌの目線を追ったセレスティアは、その先にあったアルフレッドの険しい面持ちに、思わず息を呑んだ。
(えっ、ええっ⁉ おっ、お父様? なんでそんなに怖い顔してるの?)
眉間に刻まれた深いしわ、細められた鋭い眼差し。
唇は固く引き結ばれ、どこをどう見ても機嫌がよさそうには思えない。
赤ワインのグラスを軽く揺らすその姿は美しくもあり、同時に近寄りがたい剣呑な雰囲気もまとっている。
例えるなら、そう、まさに薔薇だ。
見た目は綺麗でも、迂闊に触れれば鋭利な棘で怪我をしそうな。
(お食事がお口に合わなかった? でも、完食してるし……)
『アナタが騒がしかったんじゃないの?』
(……ありえる)
マリアベルの的確な指摘にセレスティアは青ざめ、慌てて頭を下げた。
「うるさくして、ごめんなしゃい」
「……なんの話だ?」
訝しげに問いかけてきたアルフレッドは一拍置き、セレスティアの姿を視界から追い出すように顔を横に向けた。
「怒ってはいない。むしろ微笑ましいと思っていただけだ。気にするな」
どう見ても微笑ましげには思えなかったが、場の雰囲気を壊さぬようにアルフレッドなりに気を遣ってくれたのだろう。
ただ不機嫌ではあるようで、次の料理である春キャベツとソラマメのポタージュを食している間も、彼は頑なに目を合わせようとはしなかった。
それが娘を怖がらせまいとする親心とは知るよしのないセレスティアは、唇をきゅっと噛み、うつむいた。
(うぅ、失敗しちゃった……)
『しゅんとしている場合じゃないわよ、セレスティア。ふたりを仲よくさせるんでしょう? ほら! アナタのとっておきの料理が来るわよ。宴の主催者なら、最後まで責任を持ちなさい』
(うん。……そうだね!)
マリアベルの激励を受けたセレスティアは、しおれた花が息を吹き返すように、丸まっていた背筋をしゃんと伸ばし、再び明るい笑顔を浮かべた。
「きょうの、おさかなりょうりは、トクベツですっ!」
その声を合図に、使用人たちがメイン料理の支度を手際よく整えていく。
クリスティーヌは物珍しげにその様子を眺め、アルフレッドもまた珍しく目をわずかに見開き、呟いた。
「……これは一体、なんだ?」
普通の家庭であれば和やかな団らんの場にはるはずだが、リシャール家は一筋縄ではいかない。
すでに席についていたクリスティーヌは、アルフレッドが部屋に入ってくるなり、弾かれたように立ち上がって頭を下げた。
そんな妻をアルフレッドは一瞥しただけでなにも言わず、使用人に椅子を引かれて静かに腰を下ろす。
クリスティーヌもまたおずおずと着席し、萎縮した様子で目を伏せた。
息苦しさを覚えるほどの静けさが、その場を満たしていく。
(あちゃあ……)
『お葬式みたいな雰囲気ですわね』
テーブルの上で丸くなって様子を眺めていたマリアベルが、やれやれと言わんばかりに呟いた。
気まずくなるのは覚悟していたものの、それでもふたりとも大人だ。
子供の手前、表向きはある程度仲よくするのではと踏んでいたが、もはや取り繕う余地もないほど関係はよくないのだろう。
セレスティアは「コホン!」と咳払いして場を仕切り直すと、ドレスの裾を持ってペコリとお辞儀をした。
「きょうは、おこしくださり、ありがとう、ございます! たのしんで、くださいねっ!」
ひとまず噛まずに言えてホッと胸を撫で下ろす。
ふぅと息をつきながら着席すると、隣に座るクリスティーヌが小さく拍手を送ってくれた。
「ご挨拶、とてもお上手でしたよ」
「そう? えへへっ」
セレスティアが照れてはにかめば、クリスティーヌも強ばっていた表情をほんの少しだけ緩め、口元に淡い弧を描く。
そうしている間に、給仕の使用人たちが食前酒を運んできた。
それぞれの好みにあわせ、アルフレッドには赤、クリスティーヌには白ワインが注がれる。
セレスティアのグラスを満たしたのは深紅の飲み物。
見た目は赤ワインによく似ているが、もちろん酒精は含まれておらず、いつも飲んでいる赤葡萄の果実水だ。
セレスティアはグラスの柄を両手で握り、こぼさぬよう慎重に持ち上げる。
「ではっ! おとうしゃま、おかえり、なさい! くりすちーぬさま、わがやに、ようこそ! きょうという、すばらしいひに──かんぱーい!」
元気よく音頭をとるとアルフレッドは静かに、クリスティーヌは微笑を湛えて、それぞれグラスを掲げた。
いよいよ、晩餐会の幕開けだ。
セレスティアはグラスに軽く口をつけると、そっと視線を動かして給仕の使用人頭に合図を送った。
ほどなくして三人の前に、軽くつまめる前菜が運ばれてくる。
「海老と春野菜の揚げ物でございます」
春らしい薄桃色の小花が描かれた皿には、アルフレッドの好物だというリシャール公爵領産の海老と、今が旬のホワイトアスパラガス。そしてクリスティーヌが好んでいるという菜の花が綺麗に盛り付けられていた。
素材の味を活かすためか白い衣は薄く、海老の赤と春野菜の白や緑、淡い黄色が美しく映えている。
まずは前菜にふたりの好物を出し、つまみと酒で緊張を解きほぐした方がよい──事前の打ち合わせの際に、シェフからそう助言をもらったのだ。
両親の反応は気になる。けれど空腹のあまり、セレスティアの視線はおのずと目の前の料理へと吸い寄せられていく。
(わぁ、美味しそう……! お父様のお仕事が終わるのを待っていたから、もうお腹ペコペコだよ)
まずはホワイトアスパラに手を伸ばす。
フォークを刺すと衣がサクッと心地よい音を奏でた。
待ちきれず口に運ぼうとしたその時、隣から焦りを帯びた声が飛んできた。
「あっ、待ってください、セレスティアさん。熱いですよ。食べやすいように切り分けてもよろしいですか?」
コクリと頷けば、クリスティーヌは自分の皿のフリットを手早く一口大に切り分け、セレスティアの皿と取り替えた。
「必ず『ふーふー』って、してくださいね」
「はい! くりすちーぬさま、ありがとう、ございます」
「ふふっ、どういたしまして」
言われた通りに「ふー、ふー」とフリットに息を吹きかけ、少し冷ましてから口に運ぶ。
衣はサクッと香ばしく、中のホワイトアスパラガスは繊維が柔らかくほどけ、ほんのりとした甘みが口の中に広がっていく。
「はふはふ……おいひぃ……」
「えぇ、美味しいですね」
頬に手を当ててしみじみと呟けば、クリスティーヌも和やかな表情で頷いた。
ほんのわずかではあるが、肩の力が抜けてきたように見える。
一方のアルフレッドは表情を変えぬまま、赤ワインを嗜みつつ黙々と食事を続けていた。
『やっぱり、アルフレッドは手強いわね』
(でも、大丈夫。まだまだこれからだもの)
マリアベルの言葉に心の中で応えながら、セレスティアは海老のフリットを囓った。
アスパラガスよりも衣が厚く、外側はふんわり。中の海老はぷりっと弾けて、食感の違いが楽しい。
味付けはシンプルに塩とレモンだけだが、その分、素材の旨味が引き立っていた。
(うむ。やるな、シェフ)
あっという間に二種を平らげ、最後に残ったのは菜の花のフリットだ。
春に旬を迎える菜の花は栄養が豊富で、傷の治りを早めたり免疫力を高めたりする働きがある。
前世でもよく摘んで食べていた馴染み深い食材だ。
サクッとした衣と、歯ごたえのある菜の花。
(ん~! これこれ、懐かしい)
そんなことを思いながら咀嚼していると。
「うげっ。にがいぃ」
子供の舌は味覚が鋭いのか、口内に土のような独特なえぐみが広がる。
セレスティアは慌てて飲み物に手を伸ばし、両手でグラスを抱えてゴクゴクと甘酸っぱい果汁を飲み干した。
ようやく苦みが引いて「ふぅ……」と息をつくと、クリスティーヌがすかさず唇の端をナプキンで優しく拭ってくれる。
「菜の花のほろ苦さは、セレスティアさんにはまだ早い大人のお味でしたね」
「む。おいしかったもん。こどもじゃ、ないもん」
「ふふっ、これは失礼しました」
唇を尖らせムキになって大人だと主張するセレスティア。その行動自体が子供の証なのだが、本人は気付いていない。
そんな三歳児に微笑みを向けていたクリスティーヌだが、ふとセレスティアから視線を外した瞬間、その顔はまたたく間に凍りついてしまった。
(ん? どうしたんだろう?)
クリスティーヌの目線を追ったセレスティアは、その先にあったアルフレッドの険しい面持ちに、思わず息を呑んだ。
(えっ、ええっ⁉ おっ、お父様? なんでそんなに怖い顔してるの?)
眉間に刻まれた深いしわ、細められた鋭い眼差し。
唇は固く引き結ばれ、どこをどう見ても機嫌がよさそうには思えない。
赤ワインのグラスを軽く揺らすその姿は美しくもあり、同時に近寄りがたい剣呑な雰囲気もまとっている。
例えるなら、そう、まさに薔薇だ。
見た目は綺麗でも、迂闊に触れれば鋭利な棘で怪我をしそうな。
(お食事がお口に合わなかった? でも、完食してるし……)
『アナタが騒がしかったんじゃないの?』
(……ありえる)
マリアベルの的確な指摘にセレスティアは青ざめ、慌てて頭を下げた。
「うるさくして、ごめんなしゃい」
「……なんの話だ?」
訝しげに問いかけてきたアルフレッドは一拍置き、セレスティアの姿を視界から追い出すように顔を横に向けた。
「怒ってはいない。むしろ微笑ましいと思っていただけだ。気にするな」
どう見ても微笑ましげには思えなかったが、場の雰囲気を壊さぬようにアルフレッドなりに気を遣ってくれたのだろう。
ただ不機嫌ではあるようで、次の料理である春キャベツとソラマメのポタージュを食している間も、彼は頑なに目を合わせようとはしなかった。
それが娘を怖がらせまいとする親心とは知るよしのないセレスティアは、唇をきゅっと噛み、うつむいた。
(うぅ、失敗しちゃった……)
『しゅんとしている場合じゃないわよ、セレスティア。ふたりを仲よくさせるんでしょう? ほら! アナタのとっておきの料理が来るわよ。宴の主催者なら、最後まで責任を持ちなさい』
(うん。……そうだね!)
マリアベルの激励を受けたセレスティアは、しおれた花が息を吹き返すように、丸まっていた背筋をしゃんと伸ばし、再び明るい笑顔を浮かべた。
「きょうの、おさかなりょうりは、トクベツですっ!」
その声を合図に、使用人たちがメイン料理の支度を手際よく整えていく。
クリスティーヌは物珍しげにその様子を眺め、アルフレッドもまた珍しく目をわずかに見開き、呟いた。
「……これは一体、なんだ?」
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