逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【転生・元服編】

008 こっそりと

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「え? 今日は勉強なし? ヤッター!!」

 朝起きて、寝ぼけ眼で白絹の寝間着を脱ぎ、着替えながら(肌襦袢までは目隠しをし、その後は目隠しを取り去って正勝が全てやってくれる)タコ糸のような紐で纏められた数冊の本と書状を手にした春日局の話を自室で聞いている。

「やったーではありませんよ、全く。いいですか、今日はたまたま岡本殿(奥医師で竹千代を取り上げた銀髪イケメン、内容にもよるが、基本的に学問においては春日局か岡本医師が担当している)も予定が詰まっておいでなので出来ないのです。ですから、正勝とまずは写経……」

 と、春日局が持って来ていた写経セットを竹千代の文机に置くと、書状を広げて予定なのか、それを見ながら話し始めたのだった。

「写経きらーい!!」

 竹千代は袖を通したり、帯を身につけたりしながら頬を膨らましぶーたれる。

「竹千代様……そんな顔しても駄目です。何もこれら全てを仕上げろとは言っておりません。その後、昼餉を御取りいただいてから弓道、剣術の稽古をお願いいたします。いいな、正勝」

 竹千代のふてくされた顔も可愛いなんて思いつつも、甘やかしてはいけないと、春日局は表情を崩さないよう、厳しく告げた。

「はい、かしこまりました」

 正勝は竹千代の身頃を整えながら、返事をする。
 春日局が正勝に竹千代を任せるのは大体いつものこと。
 幼少の頃に正勝は竹千代の御小姓になったが、その頃は竹千代の遊び相手が主な仕事で、春日局が竹千代の身の回りの世話をしていた。
 だが、歳を取るにつれ、春日局によく言い聞かせられたのか、正勝は少しずつ竹千代の身の回りのことをするようになっていったのだった。

「そっか。じゃー、弓道と、剣術サボっちゃえばいいんだ!」

 ぱぁああっと、晴れやかな笑みを家光は浮かべる。

「さぼ?」

 春日局が首を傾げ反復するが、正勝は“こほん”と、小さく咳払いをした。

「あー、なまけるとか、ずる休みとかってこと。さぼたーじゅですよ、さぼたーじゅ」
「……竹千代様、それ言っちゃ駄目……」

 竹千代はサボるの意味を告げると同時、正勝が小声で耳打ちをするが、時既に遅しである。

「そうですが……城内にはおりますので、時々様子を窺いますね」
 春日局は目だけ笑わないまま、唇で弧を描いて見せた。

「あっ、ちゃ、ちゃんとやるから大丈夫だよっ!! ねっ?」

 春日局の恐さを知っている竹千代は焦って彼の手を取って、上目遣いに微笑んで見せる。

「……そんな顔をしても、無駄ですよ。もしもこずるいことに、休んでいらっしゃったらその時は写経を最後までしていただきます。そうですね……本日持って来た量の倍は仕上げてもらいましょうか。無論、正勝も」
 竹千代の可愛い微笑みに実はぐらぐらしながらも、心を鬼にして春日局は淡々と続けたのだった。

「や、だ、大丈夫だって~! ね~、正勝!! いっぱい稽古しよーねー」

 着替えがほぼ終わり、腕が自由になった竹千代は傍にいる正勝の背を叩いた。

「は、はい! 勿論です!」

 正勝はにこにこしながら竹千代と春日局を見やる。
 この時正勝は、別にどちらでもいいと思っていた。
 サボるという言葉は昔からよく竹千代から正勝は聞いていた言葉で、実際に竹千代は隙を見ては上手にサボっていたのだ。
 見つかったことはない。
 寝ぼけていたのだろう、こうして口を滑らせたのは初めてのこと。
 それに、ばれたとしても、写経の課題が増えればその分、竹千代と一緒に居られる。
 今日は一日の大半を竹千代と二人切りで過ごせる。
 物心着いた頃から好きで好きでたまらなくなった竹千代といられるならば、正勝にとってはどちらでもいいというわけだ。
 ちなみに、竹千代は才色兼備。容姿に至っては髪色こそ違うが初代家康公に似ており(隔世遺伝である)、出会った男性全てを魅了する程の色香を持ち合わせ、こと知識に至っては大体の事柄を既にマスターしているという、なんともチートな人生を歩んでいる。
 これは前世の記憶の歴史を思い出しつつの喪女時代、三十七年間で培った人生経験から来たものと、生まれ変わる際に願った、


 “美人に生まれて人生イージーモードで頼むよ”


 という想いが叶ったことからきているのかもしれない。
 だもんだから、城内での勉学は一度目を通せば吸収してしまい(生まれ変わっても基本的に真面目ちゃんなので一度はきちんと勉強する)、二度目からは面倒らしく、隙を見ては時々城から抜け出し(見つかることもしばしば)城下で遊んでもいたのだった。

 曰く、

 “生まれ変わったんだから、自由にやりたい”

 千代時代よりも実のところしがらみが多く不自由な立場の生まれなのにも関わらず、竹千代として生まれ変わった彼女は周りが自分の容姿に対して何も言えないようにしたので、前世よりも生きやすく、快活に生きていたのだった。

 まるで、この世界がゲームでいう所のボーナスステージのように。

 自分から自由に動ける自由はあまりないかもしれないが、今の自分には確固たる地位がある。
 それさえ揺るがないものなら、周りは平伏すし、自分に不快な言葉は吐かれない。

 最高じゃないか! と。

 それでも、城外に出ると身分を隠すから暴言を吐かれるのが恐いのか、男装して笠を被り、なるべく俯いたまま過ごしているのだった。

 生まれ変わってまでまたブスと言われたくない!

 その一心である。

 笠を取っ払って歩いてりゃ、誰かがお茶でもと、声を掛けてくるということにも気が付かない程、トラウマになっているのである。
 それも、幼少期の寺院の一件が所以なのだが。

「ならば……正勝頼んだぞ。くれぐれも、さぼらないように」
「はっ! お任せ下さい!」

 春日局は正勝に告げ、竹千代に一礼してから、部屋から出て行った。
 
 と、こんなことが今朝方あったのだが、どこにも春日局が偉い人と会うなどという言葉は言っていないのである。





 ――時は現在に戻る。

「そんなこと仰られてたかなぁ? ……あっ、誰か出てきましたよ」

 正勝はさっと、竹千代を庇うように袖を引いて、近くの無人の部屋の襖を静かに開けそこへ滑り込んだ。

「言ってたっていうか、春日局の持ってた書状に書き付けてあったよ」
「確かに書状はお持ちになられてて、見ながらお話はされておりましたが……」

 人が近づいてくる気配がして、二人は小声で話す。

「裏に文字が透けて見えたから間違いないよ」
「えっ……」

 うんうんと、自信満々に頷きながら笑う竹千代に、正勝は絶句してしまった。
 裏が透けているのが見えるのはわかっていた。
 だが、そこに何が書いてあるかを見抜いてしまうというのは、文字が反転しているし、人が手に持っているわけで、折り目もあるのだから裏側から解読するのは難しい。
 それをいとも簡単に言ってしまったことに驚きだった。

「さ、流石ですっ!! 竹千代様!」

 竹千代のチート能力に感動してしまった正勝はふいに彼女の手を両手でぎゅっと握ってしまった。

「ん? あ、うん、どうも……って……あら」

 竹千代も竹千代で、掴まれた手を見下ろす。

「あっ! ……す、すみませんっ!」
「……いや、あのー、うん、別にいいんだけどさ。それより、この部屋の二つ先の部屋から声が聞こえる」

 顔を真っ赤にして手を放す正勝とは対照的に、竹千代は気にも留めていない様子で、外の様子を伺う。

 正勝も春日局の息子であるから、かなりの美少年から美青年へと成長しているものの、竹千代とは今まで一緒に育ってきた云わば竹馬の友であり、距離が近すぎて男女の機微などには程遠いと全く意識していないのである。

 竹千代のイケメン探知機が鈍っているような気もするが、この江戸城内には美しい者しか居ないのだから、鈍るのも当然なのだ。
 その美しさの中でも、地位の高い者ほど超弩級の美麗な容姿を持つ者が務めている。
 女性は竹千代の母秀忠もさることながら、もう随分歳を召している先代の家康も気品溢れた美貌で今も尚、周りの者を魅了しつづけている。
 老中お年寄りも年齢問わず美しい者がそろい踏み。
 そして男性も美形ばかりだが、家康、秀忠のために集められたのか、竹千代には年齢が上過ぎて、そういった対象にならない。
 対して、正勝は先にも記した通り、竹千代が好きで好きでたまらないのである。
 だが、自身の御小姓という身分ゆえぎりぎりの崖っぷちで自我を抑えているのであった。
 自分はこうして、竹千代のお側に居られればそれでいいのだと、想いなど伝えずともいいと竹千代への愛情を内に秘めて毎日お仕えしているのである。

「……この先の部屋は確か、空室だったはずです」
「やっぱり、あれかなぁ、新しい側室なのかなぁ? いやでもよく考えたらお母様の正式な側室って居ないよね……」

 竹千代様っ!

 と、小声でたしなめる正勝の制止も聞かずに、新たなイケメンを一目見たい一心で、竹千代は先程こちらに向かってきた足音が通り過ぎると、廊下に出て目的の場所へと音を立てずに歩みを進めたのだった。

「……様、この度は長旅お疲れ様でございました。私は貴方様にしばらくの間ご指導差し上げる春日局と申します。以後お見知りおきを。本日はこの部屋にて旅のお疲れを癒して下さい。半刻後、湯殿番を参らせますので、湯殿にて湯浴みいただき、夕餉との運びとなります」

 正勝と二人で部屋のすぐ側まで来ると、中から春日局の声が聞こえてくる。

「福の声じゃん。じゃあ、お偉いさんってのはさっきのイケメンのことなんだ」
「……そのようですね」

 二人は小声で会話し、そのお偉いさんの返答を待った。

「……わかりました。今日の所は、そちらに従おう。その相手とやらにもまだ会っていないしな。けどな、春日局とか言ったか」

 良く通る芯のある低音の声音が届く。
 隠れている竹千代はいい声じゃんと、思いながら人差し指をひと舐めして障子に穴を開けようとする。

「はい」
「俺は指図されるのは嫌いだ。相手次第でこっちの身の振り方は考えさせてもらう」

 その物言いは険のあるもので、春日局を挑発するように聞こえた。

「そうですか……。構いませんよ、貴方のような方を調教して差し上げるのが私の務め。貴方は将軍家に婿入りでこられたのですから、こちらにしたがって戴くのは至極当然。また、私の発言は先代家康公までとは言いませんが、それに近いものと捉えていただきたいですね」

 春日局は特に語気を荒げるでもなくいつもの冷淡な口調で静かに告げていく。

「……うわぁ。福激おこぷんぷん丸だわ……あ、うーん……見えん。こっからじゃイケメン拝めないや」

 小さく開けた穴から中を覗くが、春日局だけではなく、幾人か従者も控えており、この位置からは春日局の横顔が僅かに見て取れるだけだった。

「げきおこ? はっ……竹千代様っ! そろそろ湯殿に参りましょう。後にここの方が使われるようですから」

 先程の会話で、湯浴みの時刻を聞いた正勝が竹千代の袖を引き、湯殿に促す。
 将軍秀忠の使う湯殿と、子である竹千代の使う湯殿は違う場所にあり、大抵客人もその湯殿を使うのだった。
 かち合っては面倒。まして遅れたことがばれても面倒。遅れた理由を根掘り葉掘り聞かれ、正座でお説教を何刻も聴く事になる。

「……そうだな。湯殿に急ごうか」

 竹千代が顎に宛てて、何か思案しつつ、二人は湯殿に再び向かうのであった。
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