逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【転生・元服編】

009 縁談の行方

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 二人が去った後も部屋での会話は続いており、

「……ふぅ。竹千代様が元服し、三代将軍になった暁には、貴方は正式に御台所となるのです。そのための手続きを順に取り行って参りました。今更後には引けませんよ」

 竹千代がその場に居ることに気付いていた春日局は二人が去った気配を感じて、息を吐いてから、涼しい顔で言い放つ。

「そんなことはわかっている。だが、俺は、こんな奥に追いやられ一生を送るなんて聞いていない」

 背筋を伸ばし肘掛に手を置きながらも拳に力を込め握り締める青年ははっきりと拒絶する。

「将軍家に婿入りするということはそういうことですが、まさか、ご理解されていなかったのですか?」

 わざとらしく嘲笑し、蔑むように青年を見つめる春日局。

「……あんたとは合わなそうだ」

 青年はその様子にこの人には勝てそうにないと踏んで、はぁと憂鬱なため息を吐いた。

「ええ、そうですね。ただ、竹千代様は聡明で見目麗しい方。きっと気に入るでしょう」

 竹千代を思い浮かべたのか、春日局の目元が緩み、優しげな表情を見せる。

「竹千代様ねぇ……」

 先程からこちらを視線で刺し殺しそうな程剣呑だった春日局が竹千代の話をする時だけ、表情が和らぐ。
 それを青年は見逃さなかった。

 春日局にそんな顔をさせる女が自分の結婚相手だとは。
 これまで幾人か美人と交流はあったが、悉く家人に妨害されてきた。
 その理由がその女との婚姻のためだと知ったのはつい最近のこと。

「……まぁ、竹千代様が貴方を気に入るかはまた別の話ですが」

 春日局は竹千代が青年を相手にするわけないとでも言いたげに先程と同じように嘲り笑った。

「ふん、面白そうじゃん。そんなに美人なら可愛がってやるよ」

 見下され面白くない青年は反骨精神があるのか、強気で告げる。
 だが、この一言が春日局の逆鱗に触れてしまい……。

「……口を御慎み下さい。そのような下賤の者が使うお言葉を仰られるようでは竹千代様にはまだ会わせる事はできません。本日はもう遅いので致し方ありませんが、明日、京にお戻り願い、また数日中に江戸へ下って戴きます」

 それまで座礼スタイルで話していた春日局が突然立ち上がり、無茶を言い出した。

「っ、何でんな面倒臭いことっ!!? ここに来るまでに何日掛かってると……!」

「今のままでは私の出番はなさそうです。貴方は自分のお立ち場を理解されていないようですので、お父上に書状を送らせていただきます。今一度、鷹司家にて教養というものを身につけていただきたい。次に会った時、今のようなご発言は将軍家に仇をなすものとし、輿入れの話はなかったことにさせていただきます。無論、それだけでは済みませんから、その時はお覚悟を」

 口を挟める隙もないくらいの淡々とした言葉が、青年の耳に届くと、言いたいことだけ言って、春日局は出入り口の襖を開け、大きな音をわざと立てて閉めると、部屋から立ち去ってしまった。

「孝様! すぐに追ってお謝りください! 春日局様はここでは大きな力を持つと聞いています。彼の機嫌を損ねては輿入れが……」

 春日局が去ると、それまで押し黙っていた青年、孝の従者が孝に謝罪するよう促すが、言われた本人は少しまずいかなーと思いつつも、

「願ったり叶ったりじゃん」

 空笑いを浮かべたのだった。

「何を仰います! 鷹司家がどうなるかわかっておいでですか!?」

 言葉を発している従者の更に後ろに控える者達がざわざわと不安に駆られたのか、どうしようと口々に憂慮の言葉を漏らす。

「わかってるよっ! ……あーくそっ……。だってよ、あいつ、俺を見下しやがって」

 孝もわかってはいるのだ。

 だが、春日局の挑発的な物言いについ、乗ってしまった。
 よくよく考えたら、自分の将来の伴侶となる女に、遊女のような扱いで言ってしまったのはまずいよなと。

「我慢ですよ、我慢! 御台所になってしまってからどうにでもされれば良いのです。権力も我が物。鷹司家が将軍家の威光を背景にますますの繁栄が約束されるというものです!」

 だが、従者は家の権力とかそういったことばかりに気を取られ、孝がどう思っているかなど意に返していなかった。

「……あ、そういうのいいんで」

 孝が生まれてからというもの、幼い頃からどこか位が高く、権力のある家に輿入れさせるために育ててこられ、教養も身につけさせられた。

 だが、本人は地位や権力などに興味はなく、本当なら自分が好きになった相手と結婚したかったのだった。が、家には逆らえず、今の今まで来てしまったという。

「早く、行ってきなさいっ!!」

「いてっ、引っ張んなって! ……っ」
 先程から喋っていた従者はどうやらお目付け役だったらしく、孝の腕を取り、部屋から彼を追い出してしまった。

「ちっ……なんだよ。確かにちょっと言い方は悪かったけど、そんな気なんてないって……」
 誰も居ない廊下で右も左もわからないのに、孝は歩きだした。

 輿入れするんだ。
 それはもう、随分前から決まっていて、手続きもほぼ終わっている。
 後は、もう一つ手続きが終われば祝言を残すのみ。
 
 まだ一度も会ったことのない女と結婚する。
 
 結婚するなら、せめて、お互い思いやれる相手がいいと思う。
 向こうがどうかはわからないが、俺は相手を想えるよう努力はするつもりで居る。
 だって、その女のため(とはこの時は決まっていなかったが)に特別懇意な女は作ってこなかったのだから。

 それくらいは夢に見てもいいだろう?


(俺は、家に逆らえないのだから)


「はぁ……せめて、あの寺で会った女と、もう一度会いたかったなぁ」

 とぼとぼと庭園沿いの廊下を歩いていると、美しい錦鯉が泳ぐ池が見えた。
 幼き日、近しい知人を失くし葬儀に参加した際、寺院敷地内にある鯉の居る池の辺で出会い、叱咤激励してくれた少女の姿が孝の脳裏に浮かぶ。

「……可愛い子だったよな」

 年の頃は孝よりも少し下かなという年齢の笑顔が可愛い長い焦げ茶色の髪の美少女。
 今頃きっと美しく成長していることだろう。
 町の娘なのだろうと思い、それから何度か寺院に足を運んだものの、二度と会うことはなかったのだった。
 そんなことを考えながら歩いていると、背後から不意に声を掛けられる。

「孝様ですね? 春日局様から言伝を伺い参りました。湯浴みの刻限です。湯殿へ参りましょう、ご案内いたします」

 浴衣を数枚持った湯殿番らしき物腰の柔らかい孝よりも十は上か、落ち着きのある男性が孝を湯殿へと促す。
 男性の肩は細く繊細な身体のライン、一見すると女に見える程の美貌を持っているが、短髪で、佇まいはしっかりと男性のそれである。

「……春日局は……?」
「春日局様はただいま自室にて書簡を認めておいでです」

 恐る恐る孝が訊ねると、男性は柔和に微笑んで答える。

「……やっぱりか……先に謝りたいんだけど……」

 ああ、あなたが春日局なら良かったのに、と思わせる男性の口振りに、孝も冷静に応えることができたのだった。

「それはご不要とのことです。書簡も孝様のお父様に宛てた物ではないそうですから、ご心配なさらずにと言伝を戴いております」

 孝に安心させるように告げて、男性は目礼をして、微笑む。

「……そう、か……良かった……」

 一先ず安心した孝はほっと胸を撫で下ろすのだった。

「先程の一件は長旅の疲れから来た世迷言だと忘れる。湯に浸かって頭を切り替えて欲しいとのこと」
「……ああ、俺もそう思ってた」

 そんな会話をしながら、向かうは湯殿。

 湯殿には既に、竹千代達がいるのだが。
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