逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

172 謝罪の嵐

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 ……将軍の一日のスケジュールはといえば。

 朝は明け六つ午前六時頃に目覚め、身支度を整え朝食を摂ると、複数の医師の診察を受ける。

 その後は御目見え(総触れ)……であるが、現在はパス中だ。
 本来ならこの時に御台所と仏間へ赴き、家康の位牌を拝むのだが、家光は孝を無視して独りで行っている(春日局は一緒だが)。

 その後、朝四ツ午前十時頃座学と鍛錬の時間となるのだが……、ここまでで将軍に就いたばかりの頃の家光は疲れてしまい、最近漸く慣れてきた所だ。

 そして……昼餉を食べた後、ようやっと公務に取り掛かる。
 一刻二時間程の時を経た後は夕方まで趣味なんかを楽しむ時間があるのだが、公務が立て込んでいる家光はまだ少々のお茶の時間しか取れていない(それでも正盛と重澄とのブレイクタイムは楽しく、癒しの時である)。

 夕方になれば湯殿にて湯浴みをし、暮れ六つ午後六時頃夕餉をいただく。
 その後は夜四ツ午後十時の就寝まで自由時間となるのだが……。


 ……夜になればそれはもう、へとへとなのである。


 将軍生活にも慣れてきたとはいえ、ここの所 夕餉を終えた時点で眠くなることが多い。

 今日はまだ仕事が少なかったからか若干体力は余っているものの、家光の気持ち的には一刻も早く眠りたかった。

 ……夜伽が怖いのどうの……と、正直なところ、家光には夜伽なんぞやる元気がそもそもないのだ……。


(いや~……将軍、仕事ぱないわ~……、独りで致す元気もないもん……。)


 家光は孝に背を向け早々に掛布団を被る。


 ……将軍生活に慣れるまでこんなに大変だとは思わなかった。

 仕事は出来る方だと自負していた家光だが、前世の仕事とは異なり、決裁権を有する今の自分の裁量如何が民達の生活に関わると思うと、どの案件も慎重にならざるを得ない。
 いくら秀忠に「早く」とせっつかれてもいい加減な判断は下せなかった。

 もちろん急ぎのものは優先して処理してはいるが、そうでないものはじっくり吟味し決裁する。
 将軍は自分だからか、多少遅れても秀忠や大老達にちょっとお小言を言われるくらいで済んでいるのが幸いだ。

 ……お小言といえば春日局だが、彼は奥の管理で忙しくおもての仕事には殆ど首を突っ込んでこないどころか、顔を合せた時は労ってくれたりもする。

 家光が忙しくしているのを知っているからだろう。

 春日局と会うことは朝の仏間にお参り以外殆どないのだが、彼がいつも仕事の合間遠目で様子を見ていることを家光は知らない。

 家光の元服前まで何だかんだとべったりだった春日局も、正勝も、今は違う仕事に従事しているわけで、それぞれの生活リズムに慣れて来た頃か……。


 ……新しい生活に慣れるまでは とにかく大変なのである。


(あの時、孝と最後までしてたら鬱にでもなって、仕事が出来なかったかもなー……。)


 今思えば、初夜があれ・・で良かったような気さえするから不思議だ……。
 家光は目を閉じ、一日の疲れでぼーっとしてくる頭で考えていた。


 孝を遠ざけたことによって、今日までの間に将軍生活に慣れることが出来た。
 午前中の鍛錬の時間を利用し体力を身に付け、夜 布団に入るまで身体がもつ様になったのは大きい。

 怪我の功名とでもいうのか……。

 孝がやらかしたことはまだ許せないが、あれがあったから春日局に孝を丸投げすることができ、仕事にも集中できたのは確か。

 ……そこだけは孝に感謝すべきか迷ってしまう程である。


「…………」


 家光はちら、と背後を窺う。

 家光の身動ぎに衣擦れの音がしたが、孝が動いた様子はなく、先程のままこうべを垂れていた。
 様子が変だなと、家光は寝返りを打ち孝の方へと身体を向けてみる。

 ……孝はやはり動いていないようだ。
 さっきと全く形を変えることなく頭を下げ続けていて、何も声を発しない……。


(何か言わんかい……、ちゃんと謝ってよ……。)


 家光は頭を下げ続ける孝を布団に包まりながら じっと見ていた。


「…………」


 孝は相変わらず黙ったまま、ただ敷布団に頭を擦り付けるように座礼を続けている。


「…………(寝てんの……?)」


 ――ってか、孝ってこんなに小さな男じゃないよね……?


 家光の目に映る背を丸める孝は、背が縮んでしまったかのように小さく見えた。

 この男、こんなに小さかっただろうか。背もかなり高かったはずなのに、こんなに小さく見えるなんて……一体どんな指導を受けたというのか。

 孝のことはまだよく知らないが、いつも自信に満ち溢れ、背丈以上に大きく見える男だった気がするのだが……?


「…………ねぇ」

「っ……!? ぁっ、家光様っ、申し訳御座いませんでしたっっ……!!」


 気になった家光が声を掛けると、孝の肩がびくりと震えた。
 ……途端孝は大きな声で謝罪の言葉を発する。


「っ!?(な、なに……!?)」


 ――孝が喋った……!


 以前“悪かったな、許せ”とか上から言ってきた男が今は土下座し、家光とは……。
 ……家光は面食らってしまった。


「…………俺……いえ、私は家光様に数々の無礼を働きました。今はこうして反省し、今宵、貴女様の許しを請いに参った次第です。朝までこうしてこうべを垂れております故、睡眠の妨げとなるやも知れませんがご承知おき下さい」

「……あんた急にどうしちゃったの……」

「……い、家光様におかれましては、公務でお疲れでしょうから、そのままお休み下さい。俺……わ、私はこのまま座礼を続けさせて頂きます」


 唖然とする家光に、孝は顔を上げることなく切羽詰まったような声で口上を続ける。


「……孝……」


 ――らしくない……。


 孝のあまりの変わり様に家光は困惑し、彼の名を呟いていた。

 ……その家光の声に孝は謝罪の言葉を畳み掛けてくる。


「申し訳御座いませんでした……! この通り、私は改心し、家光様を二度と傷付けないことを誓います……!」

「…………」


 何度でも謝るつもりなのだろう、孝は平身低頭、頭を上げる様子はない。

 いつも自信に満ち溢れた男が、なぜこんなにも小さくなっているのか……。
 ……家光は閉口してしまう。

 孝の謝罪はまだ続くようで……。


「申し訳御座いませんでした……! 俺……あ、私は……家光様に捨てられたら命を断つ所存でおります」

「……はぁ!? なんで死ぬの!? 離縁でいいじゃん!?」


 ――死ぬとかちょっと聞き捨てならないんだけど!?


 まさか孝はメンヘラだった……!?


 ……なんて思った家光は愕然として半身を起こすと頭を下げる孝の肩を思わず掴んだ。
 やにわに孝が顔を上げる。

 その表情は眉間に皺を寄せ、苦し気だ。


「っ!! 俺はっ、家光が好きなんだよっっ! 離縁なんかされたら、生きて行けないっ!!」


 ……急に声を荒立てる孝の瞳に何かがきらりと光って見えた。
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