Formalisme──A Priori

朝倉志月

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立冬

10*.

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 でも、やっぱり俺は甘かった。赤ん坊のように足を高々と上げられ、真正面から鑑賞される。姿勢も心も、両方辛い。

「楽じゃあないぞ」
「馬鹿言うなよ、今さら……っ。俺だけ恥、かき損じゃねえか」

 無茶な恰好させられて、憎まれ口もなかったが、ここまで来て引けなかった。片桐は片手で俺の両脚を支えたまま、どこから取り出したのか、潤滑剤らしいパウチを咥えて切って、右手に取り出した。見ているだけで顔が赤らみそうな手付きでぐじゃぐじゃと練るのに絶句していると、いきなり睾丸の裏に口を付けられて吐息を掛けられて、硬直した。

 あまりのことに絶句しているうちに、片桐の濡れた指が侵入して、中を探った。午前中の光がくっそ恥ずかしい。こんなの、朝にすることじゃない。

 片桐が、掌から指へと粘液を伝わせるようにして入口を濡らすのを、わざと見せつけるようにされて、掌で温めていたのだと理解する。

(何でそんなこと、思い付くんだよ……っ)

 いやらしすぎて、目が回る。

 くちくちと音を立てられて、居たたまれなくて耳を覆った。

 俺がそんな風に動揺している間にも、片桐は長い指で深く沈めて、触ってほしくて、欲しくない場所を探り当てた。刺激が強すぎて、身を捩って逃げようとするが、許してもらえるはずがない。

 必要十分程度の準備で次に進もうとしている。片桐が

(急いでる───)

 いたたまれなくて逃げ出してしまいたいのに、片桐も、気が急くぐらい欲しがっているのだと知って、途方もなく安心した。

 だから、片桐の指がすっと引いたときも、そっぽを向いて大人しくしていられた。なのに、ペリ、とプラスチックを破る音がして、うっかりそちらに目をやり、慌てて目を反らし直した。

 片桐が、俺の中に入る準備をしている。そして、入ろうとしているものは、二度見するまでもなく、凶悪だった。反り返ったそれには血管が浮いて、疑う余地もなく、俺を貫こうとしている。

 挿入の前に俺の顔を確認した片桐の目に耐えられず、また腕で両目を覆った。

「手を、外して」

 聞こえない振りをした。

「顔を見せて」

 覆った目をさらにきつく瞑ったまま、唇を噛み締めて、首を振る。なのに、片桐は頬から顎から、吸いまくって懇願する。

「頼む」

 聞かなきゃならない義理はない。顔を見せないのはお前の方の専売特許だ。

「お願いだから───潤也」

 初めて、呼ばれた。一度だって、名乗った覚えはないのに。

「知って……」
「もっと、知りたい。
 ───我儘を、聞いてくれるんじゃないのか」

 こいつは、ねだるのまで上手い。

 根負けした俺は、目から腕を外して片桐の首筋に縋りついて顔を隠そうとしたけれど、男同士ではそううまくいかない。せめてもと、目は開けてやらなかった。

 片桐もそこで妥協したらしい。眉間に接吻されてどれくらい渋面を作っていたのか、自分でわかった。

 片桐が、切っ先を当てがって、じりじりと身を進めて来る。

「う……」

 痛いか、と尋ねられ、首を振る。痛くはない。ただ、不自然な姿勢で圧倒的な質量が、押し入っててくるので、そこにしか意識がいかない。片桐が、後ろから来ることに固執していた理由が分かった気がした。

 悲鳴のような吐息のような、声が漏れる。

 どこまで奥に入ってくるのだと絶望的に思ったが、やがて片桐が止まる。俺の呼吸がかろうじてついていけるくらいの間だけ待って、片桐は中を探るように腰を回した。

「…………っ!」

 抗議の意味を込めて、片桐の二の腕を思い切り掴んでやったのに、片桐はそれを握ってしれっと吸い付いた。

 薄目を開けてみると、かっきりとした眉の下で、伏せた目の睫毛が艶めいていて、やっぱり目をきつく閉じるしかなかった。

 片桐は俺の鋭敏な場所を難なく探り当て、焦らすように掠る。、身体の熱を上げる。

 意識を飛ばしそびれた俺は、一つ一つの行為が記憶に刻まれて行くようで、快感を逃がしながらも恐怖すら覚えた。

 ここか、と低く言った片桐は、答え合わせのように核心を突いた。

「うわ……っ」

 押さえ込まれているのに、身体が跳ねた。片桐の肩に指紋がめり込むくらい指を立ててしがみ付いた。

 身体を縮めてゆっくり俺を揺らす片桐は、切なげな吐息を漏らす。俺の耳の下に当たる熱で、火傷しそうだった。

 もっと激しくして欲しいような、して欲しくないような。体温がさらに上がる。片桐の背中もしっとりと湯気が出るほどの熱量を発している。

 視界を閉じている、他の感覚が生々しく浮かび上がる。

 いきなりぱたぱた雫が落ちて来て、断固閉じていた目を開けた。

「なに……⁉」

 片桐は、手の甲を顔に当てている。引っぺがしたら、簡単に外れた。濃い睫毛の間から、後から後から水滴が落ちてきて、俺の胸を濡らす。

 唖然として、硬直していると、低い声が、罪でも告白するように呻いた。

「好きだ」

 心臓でも掴まれたみたいに動けない。朝の光が片桐の涙を照らし、一筋が嘘みたいに輝いて俺の上に注いだ。
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