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二章~親交会・対立~
夢世界
しおりを挟む心地よい微睡みの中…遠い遠い記憶が甦ってくる。
〈ちさとちゃんは、家を継ぐんだよね?〉
これは…誰だ?
〈名前は…ありません〉
名前は、私が…つけてあげた?
〈…王子様?馬鹿じゃないのか〉
何で…そんな事を言うんだ…。
〈この花、大嫌いなんですよ〉
スゴく綺麗な花だね。
〈僕は…生まれなければ良かったの?〉
どうしたの?泣いてるの?
〈僕を、捨てないで……!〉
心が、揺れた。とめどなく、流れていく滴。
ああ…思い出した。
ゆっくりと、ゆっくりと記憶の扉を開けていく。
『本当に、お嬢様はお可愛いらしく優秀でございますね!』
そう言われるのなんて、物心ついた頃から慣れていたが、いつもの様に素直に受け止めて笑う。
あれはいつ頃だったか…。いつもの様にお客様に大袈裟な程誉められた少し後、帰る間際のお客様と誰かの会話を立ち聞いてしまった。
『でも…もう奥様は、子どもを産めないのでしょう?』
『ええ…お体が丈夫で無いらしくて。』
まるで世間話の一貫の様な口調であった。
『…娘が優秀でも、所詮は女でしょう?』
ドキン…と胸が痛む。周りの者には言われた事は無かったが、薄々とは感じていたのだ。
『ええ、なまじ優秀でしょう?ご当主も養子を取るのも悩んでいらっしゃるみたいで…。』
『まあ!どうせ何処かに嫁に出すのだから、勉学よりも女性のたしなみを教えれば、少しは控えめになさるのでは?』
『そうよね。良家の子女として、控えめに男性を立てる様になればご当主も決心がつくのではないかしら。』
自然と手の指先が震えてくる。寒くは無いのに。
『お可哀想に。ご当主も奥様も、男の子が良かったでしょうにね』
その言葉を最後に、私は駆け出していた。庭の花壇の繁みの中で、声を殺して泣いた。
私は、女だから駄目なの?お父様も、お母様も困ってるの?勉強もスポーツも何でも頑張ったけど、それは出過ぎているの?私は、必要ない…?
泣いている所を爺やに見つかったが、何を聞かれても私は理由を口にする事は出来なかった。ただ、そのお客様は二度と私の前には姿を見せなかったが。
…何だろう?これは、僕の記憶?
ふわふわと、場面が切り替わる。
『ちさとちゃんは、家を継ぐんだよね?』
そう聞かれた時、何て言えば良いか分からなかった。悪気の無い相手の言葉に、呼吸が苦しくなったのだ。
『もし家を継ぎたくなかったなら、僕の家に来ていいよ』
続けてそう言われた時、初めて心が揺れる。この男の子なら、私を助けてくれるかな?逃げてもいいのかな?
昔見た物語みたいに、私を連れて逃げてくれないかな?王子様みたいに、お城に連れて行ってくれないかな?そんな事は、無かったけれど。もし、手を引かれていたら…一緒に行きたかった。
ふっと景色が映り変わる。
『王子様…馬鹿じゃないのか?』
そう言って呆れる男の子に、それでも居るかもしれないと言い返すが、頭を振られるだけだった。
『じゃあ、探しに行くか?』
頭を掻きながら戸惑う男の子は、手を差し出してきた。
一緒に…行こうかな?
ふいに『男の子が欲しかったでしょうね』と頭の片隅に過る。
王子様を求めたら…私は男に屈した事になるのだろうか。やっぱり良いと男の子の手を振り払い、駆け出した。涙で視界が霞み、景色が変わっていく。
『…僕は、生まれなければ良かったの?』
泣きじゃくる男の子に、微笑む。
そんな事は無い。誰だって、産まれた意味はあるのだと。
『…せめて、女に生まれたら良かった!』
あべこべだ。私は、男に産まれたかったのに。
それ以上聞くと、その男の子に暴言を吐きそうで、私は何も言わず立ち去った。
私は…生まれて良かったのかな?
父様は、何で後継者としての勉学を学ばせてくれる?母様は、好きな様に生きて良いと言うけれど何で?私は…春宮に居ても、居なくてもどちらでも構わないの…?
何でもする
何でもする
何でもする、から
『私を捨てないで!』
*
「…………り、千里?」
柔らかな声が、微睡みの覚醒を促していく。
「…………智?」
眠っていた事に気付き、働かない頭をフル稼働して視線を映す。
そうか。智の部屋に泊まりに来ていたのだったっけ。
それなりに親しくしていたとは言え、不用意に眠ってしまった事に内心反省し、相手へやっと微笑む。
「ああ、すまない。眠ってしまったみたいだね?」
「…ううん。千里、疲れて、た?もう…寝る?」
心配そうにそう言ってくれるが、まだ早い時間なので丁重にお断りをする。
「いや、それより早く…君の手作り料理が食べたいな?とても楽しみだよ。」
瞳を細めてにこりと笑みを向ければ、何度も頷かれ直ぐに準備に取りかかってくれた。
…よく思い出せないが嫌な、夢だったな。
一度腕を伸ばし伸びをすると、鼻孔を擽る匂いに気付く。にこにこと皿を並べ出す智を見ていると、みるみるテーブル狭しと並べられる。
一度手伝うと言ってみたが、絶対に良いと断られてしまった。というよりも、普段から千里を働かせるのを嫌がるのだ。
「…美味しそうだね。」
並んだ料理に、思わず目を奪われる。
ローストチキンのサラダに、トマトのコンソメスープ、カリカリのフランスパンの上にサラミとチーズが乗り、大皿に数種類のパスタとピザが乗っていた。
いやいや…食べきれないと思う。
それでも嬉しそうに此方を見てくる智に何も言えず「いただきます」と言い、箸を取り口に運び料理に挑む事となる。
「…あ、美味しい。」
「よかった…これも、食べて?」
「ああ、ありがとう。うん、良い味。…ん、これも美味しい。」
気がつくと普通に堪能し、久しぶりに満腹になるまで食べてしまった。
「ご馳走さま、美味しかったよ。」
「…嬉しい、また…いつでも、作る。」
ここまで自分の口に合う物は中々無いしな。深く考えず、軽い調子で思ったままを口にする。
「智にお嫁に来て欲しいくらいだよ?」
嫁、と呟き固まる相手に、いくら智が中性的でも嫁は嫌だったか?と思うが、直ぐにそれは杞憂に変わった。
「千里、なら…良い。」
目元が赤らみ、艶のある笑みを返されれば、千里も何となく色香に喉がなる。そっと手を重ねられ、鼻先が触れあう様な距離になった時、流石に危険を感じ相手の頬にキスをし耳元に囁く。
「…お楽しみは後でね?シャワーを浴びても良いかい?」
「……っん。うん、良い。」
とりあえずその場を納め、智は片付けを始め、千里はお風呂を借りる事になったのだった。脱衣場で衣服を脱ぎ捨て、うーんと眉が寄っていく。
…正直、大丈夫だろうか?
好意を持たれた者の部屋に泊まりに行く、という事は何もしないのは良いのだろうか?いや、智なら大丈夫………………いやいや。まあ、少しだけなら?大丈夫?か?
もしもの時にと、携帯は夏雪の番号でキープしていたりもする。
熱いシャワーを浴びて浴槽に浸かった時だった。
本当に油断をしていたのである。風呂場の扉がガラリと開く。
「…千里、背中…流そうか?」
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