王子様が居ないので、私が王子様になりました。

由紀

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二章~親交会・対立~

密室内

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怖かった。本当は怖かった。

知らず知らず、女性の部分が悲鳴を上げていた。それでも、春宮時期当主としての自分は、それを許さない。
もし仮に、この場に第三者が現れれば、千里の女性の部分が現れていたかもしれない。助けを求めたかもしれない。
しかし、春宮時期当主たらん千里は…女である自分をこの時に、掻き消した。それはとても悲しい事だった。千里自身すら気付けなかったが。

「お好きにどうぞ?」

星河が目にしたのは、後ろ手に手錠を掛けられていても、普段と変わらずに笑う王子様だった。

(何この余裕は!?でも…ひんむけば流石に!)

一瞬、千里が生徒の耳元で何かを囁く。生徒の手がピタリと止まったその瞬間、生徒が崩れ落ちて行く。

「…え?」
「…ふう。」

呆然と固まる星河を横目に、冷静な千里は手錠の掛かったままゆっくりと立ち上がる。
星河の誤算は、足の拘束をしなかった事だろう。勿論護身術…そして、身を守る術を叩き込まれて来た千里の行動は素早かった。

『君の弟は良い人だ』と呟かれた生徒の動きは止まり、直後に鳩尾に膝を蹴り入れる。

「さてと、少し話そうか?星河。」

意識を失う生徒に一瞥もせずに、壁に寄り掛かりにっこりと笑みを浮かべた。背後の壁の割れ目は丁度良い鋭利さで、慎重に手錠を丁寧に摩擦させていく。

「…君は、前回もそうだったね?智の時も姿が無くて、自分の手を汚さなかった。それは、月宮の指示なのかい?」

時間稼ぐ手段としての話題だったが、上手く星河の気を引けた様だ。

「なっ!確かに守山の時は月宮様の作戦だった。けれど、今回は僕の独断です…月宮様の為に。」

なら、月宮は僕を女だと知らない?いや、知っていたらこんな面倒な事はせずに、直接潰しに来れば良い。では、星河の情報の出所は…。

相手と会話をしつつも、その点の疑問が増す。誰も来ない今、知る必要がある。

「…ねえ星河、よく考えてごらん?」
「な、何ですか?」

戸惑い困惑する星河は、余裕を崩さない千里に少しの恐怖を感じていた。

(密室で腕の使えない状況なのに、この冷静さは?)

「僕が女だと思う?」

呆れた調子で息を吐き、わざとらしく頭を振って肩を竦める。

「…え?だって。」
「仮に女だとして、どうして態々この学園に?共学に行けば良いのに。春宮家だって、養子をとれば良いよね。その事をするメリットなんて無い。」

口に出すと何となく胸の痛みが過るが、一度区切りまた続けた。

「…っそんな事分からない、けど何か理由がある筈だ。」

星河の戸惑いを感じ、千里は自身の優位を確信した。問答というのは、動揺を見せたら負けである。
もし違ったら?
そんな思いが星河の頭を過った。

「そんな事ない!だって、桜川がっ…」

勢いで口走った星河の言葉は、千里に多大な衝撃を与えた。

恵が…?何で?え?知られてた?じゃあ、恵は今まで僕を女だと分かって…え?騙されてた?

桜川恵への不信が千里の心を蝕む。何とか平常心を保とうとする千里の僅かの困惑を、星河は逃さない。

「…へえ~。やっぱり、本当なんですね?」

星河は嫌な笑みを浮かべる。

「なんだ、じゃあ皆を欺いていたんだ。最低だね貴女。…ねえ、楽しかった?王子様って持て囃されて、女の癖に月宮様に暴力を振るったわけだ!」

女性を嘲る言い方には、千里への嫌悪以上の何かを伺える。星河の暴言に黙っていた千里は、うつ向いていた視線を静かに上げた。その顔は微笑んでいた。その美しさは、嫌悪する星河が息を止める程。

「だから?」

それと同時に、ガシャンっと手錠の鎖が砕けて破片が飛び散る。

「…え?」

話の最中も、手錠を壁の割れ目に擦り合わせていた成果が現れる。 

「さてと…。」
「…うあ!」

一呼吸の間に、星河の体が床に引きずり倒されていた。 
意識を失う生徒のスラックスからベルトを抜いて星河の手首を纏め、足首を上着でキツく縛り上げる。
ハンカチを星河の口に押し込み、ただ自分を睨んでくる相手を見下ろす。

コイツを、どうしようか?これで終わりにしたら、きっと同じ事を繰り返すだろう。月宮か、学園かに女である事を吹聴するだろうか?





カンカンっという靴音に、千里の思考が止んだ。部屋の唯一あった頑丈そうな扉がゆっくりと開かれる。
誰だ?もしかして助けが?

「………!」
「…月宮。」

入って来た人物は、千里の姿に目を見開く。手錠の後の千里の片頬は赤く腫れ、部下の星河は身動き出来ず、見知らぬ生徒は転がり。

この隙に逃げるか?
身構える千里の気持ちと裏腹に、月宮は無言のまま星河に近付きその顔を見つめる。

星河を助けるのか?
哀願する星河の視線を受けた月宮の言葉に、千里は耳を疑う事となった。

「勝手な事をしてくれたね。私は私の意志で春宮を潰すつもりだ。…邪魔は許さない。」

次第に星河の体が震え、大粒の涙を溢す。いやだと言う様に、何度も頭を横に振って。

「陽菜…いや、星河。もう要らない。私の前から消えろ。」

絶望に染まる星河には既に目もくれず、傍観する千里と視線を交わす。

「桜川恵は、既に私の物だ。君が、どうするつもりか見物だよ。」
「…そう。ふふっ、だと良いね。」

あくまで冷静な千里に、月宮はただ苛立たし気に素早く踵を返した。靴音が遠くなった頃、星河はあまりのショックで気絶したのだろうか、瞳が閉じられていた。
気を失ったようだね。全く、散々人を弄んだ癖に。

僅かに憐敏を込めてチラと見てから、扉に向かう。
カンカンカンカンカンカン!!

「我が君!」
「千里君!」

扉を開けた千里の瞳に、髪を振り乱した見知った顔を見つける。千里と目が合い、美景が飛び付いてきて声を上げて泣き出す。

「…千里くん…よかった!よかったああああああ~!うああああああ~!」 

その後ろでは、夏雪の安堵する様子が伺えるが、千里の頬を見て直ぐに側に近付く。

「…頬を打たれたのですか?!直ぐに手当てを。」
「…ああ。」

泣きじゃくる美景をどうにか落ち着け、星河と転がる生徒の処理を頼み自室へと戻る事となったのだ。






頬を冷やされながら、千里の頭は上の空だった。
自分自身の中の女を殺した事、犯されそうになった恐怖、恵を助けられないかもしれない…心が疲れていた。
夏雪が色々と尋ねては来るが。

「…今は、何も考えたくない。」

それだけしか言えない。
もう、疲れた。一度眠るか?

「では、考えられない様に、致しましょうか?」

ふいに夏雪の声が妙に千里の耳に響いた。
考えられない様に?

「それって…。」

千里の自室。内鍵がかかり、現在はソファーに凭れていた状況だった。言葉が終わらぬ内に、ソファーに背中が預けられる千里。

え?
千里の手に、相手の手が触れ指先が絡められる。

「我が君…千里様」
「…雪…んっ…」

冷たく薄い執事の唇と、疑問を遮られたソレは重なっていた。


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