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獣人と半獣人
「おい、そこの普通科生徒。少し顔を貸せ。」
「…あっ、ぼ、僕ですか…?」
普通科棟の一室から移動を始め、まばらな人の流れに身を任せていた。紫色の髪に愛らしい容姿は、奴隷であった時よりも顔付きは穏やかだ。呼び止められ、自分でも上手く言葉が返せないのは人権の無い生活で、心をすり減らしていたからだろう。
「ああ。この後講義は無いと調べてある、用を足したいなら待つが直ぐ済ませて来い。」
「…あ、えっと、分かりまし…た。」
困惑しながら請け負う姿に、近くで様子を伺っていた生徒が一人進み出る。声を掛けた相手を横目に、紫髪の獣人の耳元に顔を近付けて声を潜める。
「…ドラード君、知り合いなの?」
「えっ…知らない、かな…でも、もしかして、僕が…分かってないかも…。」
チコ・ドラードの拙い口調と自信無さげな表情に頷き返す生徒は、呼び止めた相手の前に立ちハッキリと告げた。
「騎士科の方だと思いますが、名前も名乗らず相手の都合も聞かずあまりにも失礼ですよね。最低限度の礼儀は必要だと思いますが?それにドラード君は、貴族科のシュタルト様の側室でもあり、そんな扱いをして良い相手ではありません。」
怒りを滲ませる生徒は言い切った後に、背後でおろおろと様子を伺うチコに「大丈夫だよ」と告げる。キャベンディッシュ家に縁のある家に仕える生徒にとって、主家の子息が助けたチコへの無礼に耐えられなかったのだ。
「…面倒だな。」
眉を吊り上げて気分を害した風の相手は、至る所から向けられる好奇心の込められた視線に嘆息する。声を掛けた生徒にとって、第三者の介入は時間の無駄にも甚だしい。
早く終えなければ、主人と過ごす時間に迫ってしまう。
「俺は騎士科2年のヴィム・ザッハー。そこのドラードに頼みたい事があり、時間を貰いたい。」
態度を改めたつもりだが、それでも見下す様な態度はそのままでチコを庇う生徒は目付きを鋭くした。だが、チコ自身が生徒の前に足を進めた事で、その場を譲り受けた。
一度呼吸を整え姿勢を正し、勇気をありありと振り絞ったのだろう指先は震えている。
「普通科1年のチコ・ドラードと申し、ます。クラスはD級です…あの、僕、でよろしければお話…伺わせて、頂きたいと…思います。」
懸命に話す姿は、同じネコですら庇護欲を掻き立てられる程だが、ヴィムは心底興味無さげに腕すら組む姿勢のまま、相手へ顎でしゃくる。
「そうか。では、移動するぞ。」
はい、と返し素直に着いて行こうとするチコに、生徒は素早く間に入る。
「少々お待ち頂きたい。申し訳無いですが、2人きりになったらドラード君にどんな振る舞いをするか知れません。私も同席させて下さい。」
「…なんだと?」
生徒の言葉にヴィムの眼光が鋭くなる。頭に昇る血は直ぐ様激昂させる程だが、人目を思い出し無理矢理気を鎮める。
「このヴィム・ザッハー。この世で最も尊き主人に誓い、ドラードへ相応しい扱いを心掛けよう。さて…騎士が此処まで言う事を疑うつもりは無い筈だ。」
「…承知しました。」
騎士科の誓いへの理解は薄いが、これ以上は言及出来ない雰囲気に生徒は引き下がった。それでも、チコとの話が終わったら様子を見に行こうと心に決めておいたのだが。
この場には、ヴィムが騎士の家柄でも誰かの護衛でも無く、ただ騎士科に所属しているだけな事など知る者は居なかった。
*
騎士科の棟へ移動し、案内されたのは訓練準備室と扉前のプレートに記載された一室。奥には整然と並べられキッチリ整理された馬具や、兜等チコにとっては見慣れない物が目に映る。
内鍵を閉めた室内には2人きり。衝立で三つの空間に区切られたスペースの中で、一番奥に連れられる。木製の丸椅子に座ったチコを確認したヴィムは、自身は正面に座りながら前置きも無く本題へと入った。
「お前に頼みたいのは一つ。デルヴォー伯爵閣下に言伝をして欲しい。」
「…えっと、僕が、ですか?」
「疑問は必要無い。ただ、貴方様の夫君に気付かず失礼を働いたかもしれませんので、謝罪をさせて頂きたいです…と伝えてくれ。」
よし、もう行って良いぞ…と立ち上がろうとする相手へ、目を瞬かせまごつく。理解力の高いチコでさえ、相手の連ねた言葉は混乱を生じさせた。
「あ、その…デルヴォー様に、ですよ…ね?」
「そうだ。」
「デルヴォー様の夫君…なので、アルフレッド・シュタルト様の事、で…その、失礼を働いたって…どのような?」
「…先程疑問は必要無いと言った筈だ。」
顔色を伺いながらも何とか声に出せたものの、ヴィムから返って来るのは短い否定のみ。本来無視して去って行こうと思っていたが、チコを庇った生徒にあそこまで言ってしまった手前、本人なりの譲歩をしていた。無視せず、返事を返したというだけ。
「はい…お伝え、します…。」
俯いて呟く猫獣人を一度見てから「では、頼む」と今度こそ立ち上がり、一切の遠慮無く内鍵を開けて出て行ってしまった。主人の元に早く向かいたい、それだけが理由だ。
チコは座り込んだまま、脳内は忙しく動き続ける。
何故、自分へ言伝を頼んだのだろう?騎士科ならば、キャベンディッシュ様やジレス様に伝えた方が早いのに。僕が元々奴隷だから、扱い易かった?…もし、シャヒーン様だったら、嫌だって言ったよね。だって、アルフレッド様に失礼を働いたのなら、言う事聞くのおかしいから。
それでも、今まで居た相手からの見下す様な瞳を思い返して、口元を覆う両手に吐いた息が震える。やっぱり側室なんて、自分には不似合いな肩書きだった。
何でこんなに役立たずなんだろ…。
「…ごめんなさい、アルフレッド様。」
正室のみに許された呼び方と知りながら、囁きと共に大好きな響きを舌に乗せる。
僕を救ってくれた貴方の役に立ちたいのに。
感想 66
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