落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

こくせんや

文字の大きさ
31 / 69

第7話 夜に嗤(わら)う幽霊 5/7

しおりを挟む
7.亡霊

陽翟の街を睥睨する高級遊郭「彩雲楼」。
湿った夜風に漆黒の長衣をなびかせ、一人の男が瓢箪を傾けていた。

戯志才である。

彼は眼下の屋敷で蠢く「変化」を、まるで盤上の駒を検分するように、あるいは深淵に沈む獲物の断末魔を待つ捕食者のように観察していた。

「……くくっ、惜しい。実にもったいないねぇ」

戯志才は、喉を鳴らして安酒を飲み下すと、不敵な笑みを深く刻んだ。
視線の先には、学生たちが仕掛けた「怪談」という名の心理戦によって、内側から瓦解し始めた賈仁の邸宅がある。

「お化け屋敷作戦か。悪くはないよ。主人の気魂を削り、私兵どもの指揮を乱す……兵法書の初歩をなぞった、実にお行儀の良い良策だ。だが、青いな。あまりに青臭くて反吐が出る。これは『子供の遊戯』だ。算術の答えを求めるように、平和な教室で導き出しただけの理屈に過ぎない」

戯志才にとって、徐庶や向朗たちは、間もなく幕を開ける凄惨な乱世を彩るための、まだ磨かれていない「役者」に過ぎなかった。

「特にあの書生。書類の改ざん、情報の接続、太守の保身を突く論理。なるほど、知恵は回る。だが、彼が信じているのは『生者の論理』だ。死に物狂いになった人間の、吐き気を催すような『不条理な殺意』までは計算に入っていない」

戯志才は、徐庶の剣の鋭さも、向朗の筆の冴えも、今のままではこの狂った時代に踏み潰される「弱き美徳」に過ぎないと断じていた。
彼らがここで、つまらぬ警備兵の槍に突かれて果てるのは、戯志才という特等席の観客にとって、この上なく興醒めな結末であった。

「もっと派手に、もっと残酷に……。その魂が絶望で真っ黒に染まるまで、この街を焼き尽くしてもらわなければ、私を満足させることはできないよ」

戯志才は懐から一振りの短刀を取り出し、冷たい月明かりにかざした。刃に映る自分の瞳は、狂気と愉悦に濁っている。

「信頼、忠義、潔癖。……少年たちが抱きしめているその美徳というのはね、裏返せば自分自身を腐らせる最強の猛毒になるんだよ。向朗。君が丹精込めて綴じ直したあの『真実』。それを、誰よりも無残に破り捨ててあげるのが、私の愛というものさ」

影が闇に溶け、戯志才の姿が屋根の上から消える。若者たちが知る由もないところで、最も純粋で、最も危険な「悪意」が、音もなく這い出し始めていた。

「さあ、踊れ、役者たちよ。君たちの書いた退屈な筋書きは、私が今ここで握り潰してあげよう。策とは、もっと吐き気を催すような悪意と、制御不能の混沌の中でこそ、真の輝きを放つものなのだから」

戯志才の低い笑い声が、夜風に混じって不気味に響き渡った。法が死に、理(ことわり)が敗れたその先に、彼は彼ら自身の「人間性」という名の壁が崩壊する瞬間を、心待ちにしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔
歴史・時代
元亀四年、病で倒れたとされる武田信玄は生きていた。天下の行く末を憂う彼は、あえて「謀反人」の汚名を着て影で活動する。その真意を探る密命を受けた若き忍び・疾風の小太郎は、信玄が残した「秘策」を求め、旅に出る。 各地で出会う仲間たち、そして織田信長の放つ刺客との死闘の中で、小太郎は信玄の壮大な計画の全貌に迫っていく。それは、武力による統一ではなく、人の心を繋ぎ、古き良き日本の魂を取り戻すための、深謀遠慮の策だった。 信玄の真の忠義が試される時、歴史は大きく動き出す。これは、影で天下を動かした男と、その志を継ぐ若者が織りなす、感動と成長の戦国絵巻である。

劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
中国の三国時代、炎興元年(263年)、蜀の第二代皇帝、劉禅は魏の大軍に首府成都を攻められ、降伏する。 蜀は滅亡し、劉禅は幽州の安楽県で安楽公に封じられる。 私は道を誤ったのだろうか、と後悔しながら、泰始七年(271年)、劉禅は六十五歳で生涯を終える。 ところが、劉禅は前世の記憶を持ったまま、再び劉禅として誕生する。 ときは建安十二年(207年)。 蜀による三国統一をめざし、劉禅のやり直し三国志が始まる。 第1部は劉禅が魏滅の戦略を立てるまでです。全8回。 第2部は劉禅が成都を落とすまでです。全12回。 第3部は劉禅が夏候淵軍に勝つまでです。全11回。 第4部は劉禅が曹操を倒し、新秩序を打ち立てるまで。全8回。第39話が全4部の最終回です。

処理中です...