落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

こくせんや

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第13話 散りゆく星々、閉ざされた南路 1/3

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1.死にゆく都市、崩壊する虚構

陽翟という都市が、死にかけていた。

都市が死ぬとき、それは決して静寂の中で息を引き取るわけではない。

巨大な獣が断末魔を上げるがごとく、あるいは熟れた果実が腐り落ちて地面に叩きつけられるがごとく、醜悪で、騒々しく、そして耐え難い悪臭を放ちながら崩れ去るものだ。
陽翟の城壁を震わせていたのは、爆発音ではなかった。

それは、何千、何万という人間の悲鳴、嗚咽、絶望の溜息、そして行き場を失った怒号が複雑に重なり合い、低く重い地鳴りとなって大気を振動させている音だった。

西の空は、昼だというのに夕暮れのように赤く染まり、そこから吹き付ける風は、焦げた肉と脂の臭い、そして血の鉄錆びた臭いを運んでくる。

「入れてくれ!頼む、城門を開けてくれ!後ろから兵隊が来るんだ!」
「水をくれ!赤子がもう三日も乳を飲んでいないんだ!見殺しにする気か!」
「洛陽は燃えた!都は地獄になった!董卓軍が来るぞ!あいつらは人間じゃない、鬼だ!」

城門の外は、洛陽から逃れてきた難民で埋め尽くされていた。
その数、およそ十万を軽く超える。

彼らは着の身着のままで、煤と血にまみれ、瞳には正気の色を失っていた。

ある者は片足を失って這いずり、ある者は死んだ子供を抱いたまま立ち尽くし、ある者は恐怖のあまり笑い出しながら門を叩いていた。

向朗たちが苦心して作り上げた「葛陂の賊が来る」という可愛い嘘など、本物の「魔王・董卓」がもたらした圧倒的な暴力と恐怖の前では、嵐の中の灯火のように、一瞬で消し飛んでしまった。
民衆はもはや、架空の賊など恐れてはいなかった。
背後から迫る、本物の死の軍団に怯えていたのだ。

太守府は、完全に機能不全に陥っていた。かつて栄華を誇った広間には、誰もいない。
主のいなくなった机、破られた帳簿、転がった酒瓶。
それらが無言で秩序の崩壊を告げていた。
太守・李旻は、広間のさらに奥、寝室の寝台の下に引きこもり、子供のように震えていた。

「ワシのせいじゃない、ワシのせいじゃない……。ワシは善政を敷いたはずじゃ。賈仁を英雄にし、民をまとめた。褒賞ももらった。それなのに、なぜこんなことになる……」

彼は壊れた楽器のように同じ言葉を繰り返し、現実から目を背けていた。

側近たちは、制服を脱ぎ捨て、太守府の金庫をこじ開けて金目のものだけを奪い、我先にと逃げ出した。指揮系統は寸断され、治安を守るはずの兵士たちさえも、恐怖に駆られて暴徒と化し、民衆と共に略奪に走る始末だった。

文書庫の窓からその地獄絵図を見下ろしていた向朗は、力なく机に突っ伏した。
彼の周りには、昨日まで必死に作っていた「英雄・賈仁の顕彰計画書」や「銅像建立の工程表」が山積みにされている。だが、それらは今や、紙屑同然の価値しかなかった。

「……あーあ。破綻だ。完全な瓦解だ。僕の給料も、安眠も、全部水の泡になっちゃった」

向朗は、積み上げた書類の山を指先で弾いた。
バサリと音を立てて崩れ落ちる竹簡の山。その乾いた音が、向朗の心の折れる音と重なった。
これまでの苦労が、全て無に帰した瞬間だった。
平和への計算式は、暴力という圧倒的な変数の前には無力だったのだ。
向朗は、机の冷たい感触に頬を押し付けながら、ただ虚無感に浸っていた。

2.北へ逃れる名士、西へ向かう狂人

沈む船から最初に逃げ出すのは、いつだって「賢いネズミ」たちだ。彼らは風のにおいを嗅ぎ分け、船底の水漏れを誰よりも早く察知し、最も安全なルートで脱出する術を知っている。

陽翟の北門からは、整然とした馬車の列が出て行こうとしていた。
難民たちが押し寄せる西門や南門とは対照的に、北門は私兵によって厳重に警備され、選ばれた者だけが通ることを許されていた。
馬車には家紋が描かれている。
荀氏、郭氏、辛氏――潁川を、いや漢王朝を代表する名士たちの一族である。
彼らの馬車には、家財道具や書物、そして一族の未来そのものが積み込まれていた。

「この街は終わりだ。我々は北へ向かい、袁紹殿を頼る」

馬上の荀彧は、悲痛な面持ちで振り返った。
その瞳には、見捨てざるを得ない故郷への哀惜の色が浮かんでいたが、その判断に一点の迷いもなかった。
彼らには、守るべき一族の血脈がある。
政治的理想を実現するための未来がある。

「……すまない。だが、陳留王を擁した董卓に対抗できるのは、四世三公の名門、袁氏の名声のみだ。乱世を平らげるためには、情に流されて共に滅ぶわけにはいかぬ」
彼らには財力があり、私兵があり、天下に広がる人脈がある。だからこそ、破滅が確定したこの地を捨て、「安全な場所」を選んで移動できるのだ。それは冷酷なようだが、為政者としての、そして一族の長としての、あまりに正しい判断でもあった。

一方、西門には、人波に逆らうように立つ奇妙な男が一人いた。
郭嘉である。彼は他の郭氏一族とともに北に避難するのではなく、狂気と死が渦巻く方角――黒煙の上がる洛陽を指差して、まるで祭りを楽しむ子供のように笑っていた。
風が彼の髪を乱暴に巻き上げるが、彼はそれを気にも留めない。

「君も北へ行くのかい?向朗」

郭嘉が、文書庫から出てきた向朗を見つけて声をかけた。
向朗は、げんなりした顔で肩をすくめた。
「……行けるなら行きたいですよ。でも、僕には路銀がないんです。荀家のようなコネもありませんしね。北へ行っても、野垂れ死にするだけです」

向朗の答えに、郭嘉はケラケラと笑った。
その笑い声は、悲鳴と怒号の混じる風の中で、異質に響いた。

「僕は『魔王』を見に行くよ。董卓という男が、漢という四百年の巨像をどう壊すのか。この目で見て、血の匂いを嗅いで、その混沌の中で酒を飲みたいんだ。破壊の美学を、特等席で見物してくるさ」
「……死にますよ、奉孝。洒落になりません」
「退屈して死ぬよりマシさ。平穏な世なら僕はただの役立たずの酔っ払いだが、この乱世なら何か面白いことができるかもしれない。……じゃあね、巨達。君のその『無駄な計算』が、この乱世でどこまで通用するか、地獄の底から見てるよ」

郭嘉はヒラヒラと手を振り、たった一人で炎の都へと歩き去った。
その背中は、狂気と紙一重の天才だけが持つ、危うい輝きを放っていた。
彼は、自らの才能が燃え上がる場所を求めて、火の中へと飛び込んでいったのだ。

賢者は北へ。
狂人は西へ。

そして、逃げ場のない「弱者」と、貧乏くじを引いた「向朗」らだけが、この死にゆく街に取り残された。
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