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第1章 龍の巫女クリム誕生
第8話 襲撃!ロード・ドラゴン
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―――天高く抜ける様な青空と、空の色を映してどこまでも穏やかな蒼海が広がっている。情緒豊かな風景画を思わせるそんな景色の中にあって、物理的にも色彩的にも浮いている球体があった。海や空とは対照的に真っ赤なその物体は、海流に乗って漂う怪龍・クリムゾンである。
厄災の龍復活の余波を受けて、ドラゴン並びに魔族陣営に少なからず動きがある中、当の本人(龍)は未だ海上でのんびりと波間に揺られていた。
「はー、いい天気。」
魔導反響定位法により世界中の状況を探った赤き龍は、現在戦争状態、並びに戦争の予兆がある国は存在しないと判断したため、今すぐに行動を起こす必要がなくなっていた。仮にどこかで争いが起きていたならば、クリムゾンはすぐさま現地に乗り込み、戦場に動くものがなくなるまで暴虐の限りを尽くしていたのは明白である。しかしそれではクリムゾンが休眠する前の二の舞であり、せっかく数千年も眠った甲斐なく無限ループに陥っていたことだろう。その点では現在世界が平和であったことは、クリムゾンにとっても幸運と言える。
「うーん、うーん。」
あまり賢くないドラゴンは無い頭を使って考えていた。どうしたら継続的に戦う事ができるのか、と。数千年前に戦ってくれる相手が居なくなったのは、嫌がる相手に無理矢理戦いを挑んでいたためであると原因は理解していたが、であるならばどうしたらよいかという、対策案はまるで思いつかなかった。
それは自分が得意なゲームばかりやりたがって、負け続ける友達に相手にされなくなる子供のような微笑ましくも小さな悩みだったが、その悩みを抱えているのが世界を滅ぼすほどの力を持つドラゴンであるため笑ってはいられない。
普段あまり使わない脳を使って少し気疲れした龍は、一旦休むことにして今度は普通に日向ぼっこをしていた。そんな龍の元に高速で接近する二つの影があった。
―――クリムゾンが浮かぶ海域より少し離れた地点の上空を高速で飛行する二つの巨大な影。それはロード・ドラゴン会議を途中で抜け出し、さっそくクリムゾンに会いに来た若きロード・ドラゴンの二頭だった。
ちなみにロード・ドラゴン会議は欠席しても特に何も言われないくらいルーズな会合であるため、途中退席に際しても特にトラブルはなかった。また会議で決定した重要事項に関しては、議長のドラゴンが眷属の小龍達を使って参加者並び欠席者に追って周知するため、ほとんど会議に参加しないものぐさドラゴンも居るとか居ないとか。
若きロード達の目的はもちろんクリムゾンに会う事であるが、元より自分達の方が強いと考えているため、戦いを挑もうという意気込みで彼の龍の元に馳せ参じたわけではない。年老いた古龍達が恐れる伝説の悪龍が果たしてどれ程の存在かと、冷やかし程度に物見遊山に来たのである。それゆえに、ロード・ドラゴンが戦闘を行う際に本来であれば従えているはずの眷属の姿はなく、親玉であるロード・ドラゴンだけで出向いてきたのだった。
「もうすぐ魔力波の発射予測地点に到着するよクチナシ。」
先陣を切って飛行する橙色のドラゴン『クチナシ』に、少し遅れて飛んでいる藍色のドラゴンが声を掛けた。
「ああ、わかってる。というかもう見えてるよセイラン。」
『セイラン』と呼ばれたドラゴンは友人の言葉を聞くと首をもたげ、赤く巨大な浮島の存在を目視した。
それはドラゴンと呼ぶにはあまりにも丸く巨大で大雑把過ぎたが、推定背中であろう位置に生えた七対の翼と、その巨体から発せられる膨大な魔力は、その物体が伝説に語られるドラゴンであることを告げていた。
「伝承通りだがふざけた姿だな。あれで本当にドラゴンなのか?」
クチナシはドラゴンとは思えない真ん丸の物体を見て小ばかにするように言った。
「一応大先輩なんだから失礼なこと言っちゃだめだよ。」
「へへっ冗談だよ。かーちゃんみたいな事言うなよセイラン。」
セイランは軽口を叩くクチナシを諫めたが、『一応』などと付けている当たり、セイランもまたクリムゾンの異様に対し、ドラゴンとしては不格好だなという本音がほんのりと漏れ出ていた。
若干素行不良のクチナシとは対照的に、普段のセイランは優等生タイプのいい子ちゃんである。そんなセイランがうっかり失言を漏らす程、ドラゴン種としてのクリムゾンの異様さは際立っていたのである。
―――一方クリムゾンはというと・・・。
二頭のロードの接近に気付いてはいたものの、眷属も連れずに向かってくる彼らに戦闘意欲が無い事を見抜いていたため、あまり興味をそそられておらず、呑気に日向ぼっこを継続していた。その背中には物珍しさからか海鳥たちが集まり、つんつんとくちばしでつつき回していたが、クリムゾンは厚く硬い龍麟に包まれているため痛みはなくむず痒いのみである。
「平和だなー。」
そしてついに二頭のドラゴン、クチナシとセイランはクリムゾンの元へ辿り着き、まずはクチナシが先んじてクリムゾンが浮かぶ海面近くへと舞い降りた。異常な巨体を持つクリムゾンには劣るものの、十分に巨体であるクチナシの急降下は衝撃波を発生させて、クリムゾンの背に集まっていた海鳥たちを吹き飛ばした。
「クチナシ見参!」
鮮やかなオレンジ色のドラゴンはビシッとポーズを決めながら名乗った。
続いてゆっくりと舞い降りてきたセイランはクチナシの考えなしの行動を咎めた。
「鳥たちがかわいそうだよクチナシ。」
強力な衝撃波によっていくらかの海鳥たちは致命傷を負ったらしく、クリムゾンの周囲には数羽の傷ついた鳥たちが力なく浮かんでいた。
「おお、こいつは悪い事をしたな。回復してやろう。」
クチナシはロード・ドラゴンの中では若輩であるが、それなりに長い時を生きたドラゴンである。考えなしだが粗暴ではなく、他の生物を気遣う程度の優しさと自身の強大な力に対するそれなりの責任感は持っていた。
そんなクチナシが自身の過失で傷つけた海鳥に回復魔法を施そうとしたところ、海鳥たちの身体は突如光に包まれ、先ほど受けた傷が嘘のように消えてそのまま飛び立ったのだ。
「おや?」
回復魔法を発動しようとしていたクチナシは何が起きたのか分からず、あっけにとられている。
「あれ?クチナシまだ魔法を発動してなかったよね?何が起きたんだろ?」
セイランがクチナシに問いかけるが、クチナシもまた状況が飲み込めず首をかしげるばかりだ。
二頭のドラゴンが困惑している中、クリムゾンは未だぷかぷかと浮いて知らぬ顔をしていた。
実は海鳥が致命傷から回復したのは、クリムゾンが常時垂れ流している余剰魔力による効果であった。厄災のドラゴンは、ただそこに居るだけで周囲の生命に力を与え、生存本能と闘争意欲を高める。クリムゾンが戦闘を行う際は、その力をさらに強化した魔法を発動するのだが、本人の意思とは無関係に普段から力が漏れ出しているのだ。この魔法はかつてクリムゾンが魔王と戦った際、うっかり致命傷を与えて戦いが早期決着してしまった反省から産み出したものであり、より戦いを長引かせることだけが目的の受ける側からすれば大迷惑な魔法である。
「まあいいか。あんたクリムゾンだろ?せっかく会いに来たんだから無視してないで相手してくれよ。」
クチナシは細かい事は気にしない性格であったため、不可解な事態はひとまず無視してクリムゾンへと向き直った。
「えー、なんの用?」
クチナシ並びにセイランはロード・ドラゴンという世界でも頂点に位置する強者である。しかし彼らがいかなる強者であれども、戦う気のない相手にはとことん無関心であるクリムゾンは心底めんどくさそうに返事をした。
「あんた強いんだってな?私とどっちが強いか教えてくれよ!」
クチナシはクリムゾンのそっけない態度など気に留めず、当初の目的、すなわち自身の方が伝説の混沌暴帝龍よりも強い事を証明するために、その秘めた魔力を解放して戦闘モードへと移行した。
「さぁ!あんたの本気を見せてくれ!」
「いや、そういうのいいから。」
クチナシはどちらが強いかが知りたいだけであったため、力を見せ合う事で戦わずとも格付けできるであろうと、紳士的かつ平和的な方法で挑んだのだが、クリムゾンが望むのは闘争そのものであるため、どちらが強いか等という事にはもとより興味がない。本気の力を見せつけて相手の戦闘意欲を奪ってしまうなど、クリムゾンからすれば最悪の選択肢とも言える。
つまり二頭の目的は相反しており、とことん噛み合っていないのだ。
「ちょっとクチナシさっきから失礼だよ。」
あまりにも不躾な態度を取る友人を見かねて、二頭の龍の間にセイランが割って入った。そして改めてクリムゾンに挨拶をした。
「初めまして。すでにお気付きとは思いますが、私達はロード・ドラゴンです。私がセイラン・グラニアで、こっちはクチナシ・グラニアと申します。」
クリムゾンは二頭の名前を聞いて少しだけ彼らに関心を持った。というのもグラニアという名前には浅からぬ縁があったからだ。そっぽを向いていた赤き巨龍はようやく二頭のロード・ドラゴンの方へと顔を向けた。
その様子を確認するとセイランはさらに続けた。
「おとぎ話で聞いていたほどの悪龍とは思えないのですが、あなたが混沌暴帝龍・クリムゾンで間違いないですか?」
「そうだけど、ロード・ドラゴンなのにぼくの事を知らないの?」
「ええ。我々が産まれたのはあなたがどこかに消えてしまった後ですから。」
クリムゾンが眠りについた目的は、世界から自身の悪名が消え去り再び戦闘に付き合ってくれる相手を得る事であったため、目の前の二頭のドラゴンの反応から恐らく目的は達成されている事を確認できたのだった。先ほどまではまるで興味のない相手であったが、思わぬ収穫もあり少し気分が高揚したクリムゾンは、若き二頭のドラゴンに付き合ってやろうと思い直した。
「それでなんの用なの?ぼくの噂というか悪評は知ってるんだよね?」
ようやくその気になったクリムゾンの様子を見て、セイランに窘められて少し黙っていたクチナシが再び前に出てきた。
「さっきも言っただろ!どっちが強いか比べようぜ!」
「いや、それは興味ないし、君の方が強いって事でいいよ。」
「なんだよそれー?」
まったくやる気のないクリムゾンにすっかり肩透かしを食らい、クチナシは解放した魔力のやり場を失い静かに引っ込めた。
一方セイランはと言うと、力比べが目的のクチナシとは異なり、伝説に聞く悪龍がどんなドラゴンであるかという純粋な興味から会いに来ただけであったため、すでに目的は達していた。噂話より自身の目で見たものを信用する事にしているセイランは、目の前の呑気なドラゴンがそれほど悪い者ではないと判断したのだった。
「ところでクリムゾン。あなたはなぜ長い間姿をくらませていたんですか?」
「それは話すと長くなるけど、ぼくが暴れすぎて誰も相手してくれなくなったからだよ。」
「ああ、それはおとぎ話の通りなのですね。」
クリムゾンは長くなると言いながら驚くほど簡潔に経緯を説明した。いろいろ言葉足らずで災厄の全貌がかなりマイルドに誤魔化されているのだが、クリムゾンが意図してそうしたわけではなく表現力が拙いだけである。
セイランはあまりにもあっけなく自身の悪事を白状するクリムゾンに対し、その真意を計りかねたが、素直な言葉には深い考えがあるようには思えなかった。そしておとぎ話と自身の感じた本人の印象を整理し、目の前の巨大なドラゴンはその巨体に見合わず精神が子供の様に幼いのだろうと結論付けたのだった。
「それでは私達はそろそろ帰りますね。」
「またなークリムゾン。今度はちゃんと本気見せてくれよ。」
「はいはい。」
クチナシの目的は消化不良の感が否めなかったが、とりあえず二頭のドラゴンの目的は達成されたため、それぞれの支配地域へと帰る事にした。
一方クリムゾンは久しぶりに同族と会った事で、自身の悩みを解決する一つのアイディアを得ていた。二頭のドラゴンが飛び立つのを見送りながら、クリムゾンは静かにその秘策を練り上げているのだった。
三頭のドラゴンはそれぞれの思惑が微妙にすれ違っていたが、各々が勝手に満足しているため、クリムゾンが目覚めてから初めての他者との交流はひとまず成功と言えるだろう。
肝心の戦闘が起きなかったのはクリムゾンにとって不本意であるはずだが、今はまず他者に疎まれることなく戦いを楽しむ方法を確立するのが優先である。そのためならば、しばらくは戦闘を我慢するのもやぶさかではないとクリムゾンは考えていた。
悠久の時を生きたドラゴンは既に数千年の眠りを経ており、待つ事には慣れているので、それに比べれば数日程度の我慢は無いに等しいのだ。
厄災の龍復活の余波を受けて、ドラゴン並びに魔族陣営に少なからず動きがある中、当の本人(龍)は未だ海上でのんびりと波間に揺られていた。
「はー、いい天気。」
魔導反響定位法により世界中の状況を探った赤き龍は、現在戦争状態、並びに戦争の予兆がある国は存在しないと判断したため、今すぐに行動を起こす必要がなくなっていた。仮にどこかで争いが起きていたならば、クリムゾンはすぐさま現地に乗り込み、戦場に動くものがなくなるまで暴虐の限りを尽くしていたのは明白である。しかしそれではクリムゾンが休眠する前の二の舞であり、せっかく数千年も眠った甲斐なく無限ループに陥っていたことだろう。その点では現在世界が平和であったことは、クリムゾンにとっても幸運と言える。
「うーん、うーん。」
あまり賢くないドラゴンは無い頭を使って考えていた。どうしたら継続的に戦う事ができるのか、と。数千年前に戦ってくれる相手が居なくなったのは、嫌がる相手に無理矢理戦いを挑んでいたためであると原因は理解していたが、であるならばどうしたらよいかという、対策案はまるで思いつかなかった。
それは自分が得意なゲームばかりやりたがって、負け続ける友達に相手にされなくなる子供のような微笑ましくも小さな悩みだったが、その悩みを抱えているのが世界を滅ぼすほどの力を持つドラゴンであるため笑ってはいられない。
普段あまり使わない脳を使って少し気疲れした龍は、一旦休むことにして今度は普通に日向ぼっこをしていた。そんな龍の元に高速で接近する二つの影があった。
―――クリムゾンが浮かぶ海域より少し離れた地点の上空を高速で飛行する二つの巨大な影。それはロード・ドラゴン会議を途中で抜け出し、さっそくクリムゾンに会いに来た若きロード・ドラゴンの二頭だった。
ちなみにロード・ドラゴン会議は欠席しても特に何も言われないくらいルーズな会合であるため、途中退席に際しても特にトラブルはなかった。また会議で決定した重要事項に関しては、議長のドラゴンが眷属の小龍達を使って参加者並び欠席者に追って周知するため、ほとんど会議に参加しないものぐさドラゴンも居るとか居ないとか。
若きロード達の目的はもちろんクリムゾンに会う事であるが、元より自分達の方が強いと考えているため、戦いを挑もうという意気込みで彼の龍の元に馳せ参じたわけではない。年老いた古龍達が恐れる伝説の悪龍が果たしてどれ程の存在かと、冷やかし程度に物見遊山に来たのである。それゆえに、ロード・ドラゴンが戦闘を行う際に本来であれば従えているはずの眷属の姿はなく、親玉であるロード・ドラゴンだけで出向いてきたのだった。
「もうすぐ魔力波の発射予測地点に到着するよクチナシ。」
先陣を切って飛行する橙色のドラゴン『クチナシ』に、少し遅れて飛んでいる藍色のドラゴンが声を掛けた。
「ああ、わかってる。というかもう見えてるよセイラン。」
『セイラン』と呼ばれたドラゴンは友人の言葉を聞くと首をもたげ、赤く巨大な浮島の存在を目視した。
それはドラゴンと呼ぶにはあまりにも丸く巨大で大雑把過ぎたが、推定背中であろう位置に生えた七対の翼と、その巨体から発せられる膨大な魔力は、その物体が伝説に語られるドラゴンであることを告げていた。
「伝承通りだがふざけた姿だな。あれで本当にドラゴンなのか?」
クチナシはドラゴンとは思えない真ん丸の物体を見て小ばかにするように言った。
「一応大先輩なんだから失礼なこと言っちゃだめだよ。」
「へへっ冗談だよ。かーちゃんみたいな事言うなよセイラン。」
セイランは軽口を叩くクチナシを諫めたが、『一応』などと付けている当たり、セイランもまたクリムゾンの異様に対し、ドラゴンとしては不格好だなという本音がほんのりと漏れ出ていた。
若干素行不良のクチナシとは対照的に、普段のセイランは優等生タイプのいい子ちゃんである。そんなセイランがうっかり失言を漏らす程、ドラゴン種としてのクリムゾンの異様さは際立っていたのである。
―――一方クリムゾンはというと・・・。
二頭のロードの接近に気付いてはいたものの、眷属も連れずに向かってくる彼らに戦闘意欲が無い事を見抜いていたため、あまり興味をそそられておらず、呑気に日向ぼっこを継続していた。その背中には物珍しさからか海鳥たちが集まり、つんつんとくちばしでつつき回していたが、クリムゾンは厚く硬い龍麟に包まれているため痛みはなくむず痒いのみである。
「平和だなー。」
そしてついに二頭のドラゴン、クチナシとセイランはクリムゾンの元へ辿り着き、まずはクチナシが先んじてクリムゾンが浮かぶ海面近くへと舞い降りた。異常な巨体を持つクリムゾンには劣るものの、十分に巨体であるクチナシの急降下は衝撃波を発生させて、クリムゾンの背に集まっていた海鳥たちを吹き飛ばした。
「クチナシ見参!」
鮮やかなオレンジ色のドラゴンはビシッとポーズを決めながら名乗った。
続いてゆっくりと舞い降りてきたセイランはクチナシの考えなしの行動を咎めた。
「鳥たちがかわいそうだよクチナシ。」
強力な衝撃波によっていくらかの海鳥たちは致命傷を負ったらしく、クリムゾンの周囲には数羽の傷ついた鳥たちが力なく浮かんでいた。
「おお、こいつは悪い事をしたな。回復してやろう。」
クチナシはロード・ドラゴンの中では若輩であるが、それなりに長い時を生きたドラゴンである。考えなしだが粗暴ではなく、他の生物を気遣う程度の優しさと自身の強大な力に対するそれなりの責任感は持っていた。
そんなクチナシが自身の過失で傷つけた海鳥に回復魔法を施そうとしたところ、海鳥たちの身体は突如光に包まれ、先ほど受けた傷が嘘のように消えてそのまま飛び立ったのだ。
「おや?」
回復魔法を発動しようとしていたクチナシは何が起きたのか分からず、あっけにとられている。
「あれ?クチナシまだ魔法を発動してなかったよね?何が起きたんだろ?」
セイランがクチナシに問いかけるが、クチナシもまた状況が飲み込めず首をかしげるばかりだ。
二頭のドラゴンが困惑している中、クリムゾンは未だぷかぷかと浮いて知らぬ顔をしていた。
実は海鳥が致命傷から回復したのは、クリムゾンが常時垂れ流している余剰魔力による効果であった。厄災のドラゴンは、ただそこに居るだけで周囲の生命に力を与え、生存本能と闘争意欲を高める。クリムゾンが戦闘を行う際は、その力をさらに強化した魔法を発動するのだが、本人の意思とは無関係に普段から力が漏れ出しているのだ。この魔法はかつてクリムゾンが魔王と戦った際、うっかり致命傷を与えて戦いが早期決着してしまった反省から産み出したものであり、より戦いを長引かせることだけが目的の受ける側からすれば大迷惑な魔法である。
「まあいいか。あんたクリムゾンだろ?せっかく会いに来たんだから無視してないで相手してくれよ。」
クチナシは細かい事は気にしない性格であったため、不可解な事態はひとまず無視してクリムゾンへと向き直った。
「えー、なんの用?」
クチナシ並びにセイランはロード・ドラゴンという世界でも頂点に位置する強者である。しかし彼らがいかなる強者であれども、戦う気のない相手にはとことん無関心であるクリムゾンは心底めんどくさそうに返事をした。
「あんた強いんだってな?私とどっちが強いか教えてくれよ!」
クチナシはクリムゾンのそっけない態度など気に留めず、当初の目的、すなわち自身の方が伝説の混沌暴帝龍よりも強い事を証明するために、その秘めた魔力を解放して戦闘モードへと移行した。
「さぁ!あんたの本気を見せてくれ!」
「いや、そういうのいいから。」
クチナシはどちらが強いかが知りたいだけであったため、力を見せ合う事で戦わずとも格付けできるであろうと、紳士的かつ平和的な方法で挑んだのだが、クリムゾンが望むのは闘争そのものであるため、どちらが強いか等という事にはもとより興味がない。本気の力を見せつけて相手の戦闘意欲を奪ってしまうなど、クリムゾンからすれば最悪の選択肢とも言える。
つまり二頭の目的は相反しており、とことん噛み合っていないのだ。
「ちょっとクチナシさっきから失礼だよ。」
あまりにも不躾な態度を取る友人を見かねて、二頭の龍の間にセイランが割って入った。そして改めてクリムゾンに挨拶をした。
「初めまして。すでにお気付きとは思いますが、私達はロード・ドラゴンです。私がセイラン・グラニアで、こっちはクチナシ・グラニアと申します。」
クリムゾンは二頭の名前を聞いて少しだけ彼らに関心を持った。というのもグラニアという名前には浅からぬ縁があったからだ。そっぽを向いていた赤き巨龍はようやく二頭のロード・ドラゴンの方へと顔を向けた。
その様子を確認するとセイランはさらに続けた。
「おとぎ話で聞いていたほどの悪龍とは思えないのですが、あなたが混沌暴帝龍・クリムゾンで間違いないですか?」
「そうだけど、ロード・ドラゴンなのにぼくの事を知らないの?」
「ええ。我々が産まれたのはあなたがどこかに消えてしまった後ですから。」
クリムゾンが眠りについた目的は、世界から自身の悪名が消え去り再び戦闘に付き合ってくれる相手を得る事であったため、目の前の二頭のドラゴンの反応から恐らく目的は達成されている事を確認できたのだった。先ほどまではまるで興味のない相手であったが、思わぬ収穫もあり少し気分が高揚したクリムゾンは、若き二頭のドラゴンに付き合ってやろうと思い直した。
「それでなんの用なの?ぼくの噂というか悪評は知ってるんだよね?」
ようやくその気になったクリムゾンの様子を見て、セイランに窘められて少し黙っていたクチナシが再び前に出てきた。
「さっきも言っただろ!どっちが強いか比べようぜ!」
「いや、それは興味ないし、君の方が強いって事でいいよ。」
「なんだよそれー?」
まったくやる気のないクリムゾンにすっかり肩透かしを食らい、クチナシは解放した魔力のやり場を失い静かに引っ込めた。
一方セイランはと言うと、力比べが目的のクチナシとは異なり、伝説に聞く悪龍がどんなドラゴンであるかという純粋な興味から会いに来ただけであったため、すでに目的は達していた。噂話より自身の目で見たものを信用する事にしているセイランは、目の前の呑気なドラゴンがそれほど悪い者ではないと判断したのだった。
「ところでクリムゾン。あなたはなぜ長い間姿をくらませていたんですか?」
「それは話すと長くなるけど、ぼくが暴れすぎて誰も相手してくれなくなったからだよ。」
「ああ、それはおとぎ話の通りなのですね。」
クリムゾンは長くなると言いながら驚くほど簡潔に経緯を説明した。いろいろ言葉足らずで災厄の全貌がかなりマイルドに誤魔化されているのだが、クリムゾンが意図してそうしたわけではなく表現力が拙いだけである。
セイランはあまりにもあっけなく自身の悪事を白状するクリムゾンに対し、その真意を計りかねたが、素直な言葉には深い考えがあるようには思えなかった。そしておとぎ話と自身の感じた本人の印象を整理し、目の前の巨大なドラゴンはその巨体に見合わず精神が子供の様に幼いのだろうと結論付けたのだった。
「それでは私達はそろそろ帰りますね。」
「またなークリムゾン。今度はちゃんと本気見せてくれよ。」
「はいはい。」
クチナシの目的は消化不良の感が否めなかったが、とりあえず二頭のドラゴンの目的は達成されたため、それぞれの支配地域へと帰る事にした。
一方クリムゾンは久しぶりに同族と会った事で、自身の悩みを解決する一つのアイディアを得ていた。二頭のドラゴンが飛び立つのを見送りながら、クリムゾンは静かにその秘策を練り上げているのだった。
三頭のドラゴンはそれぞれの思惑が微妙にすれ違っていたが、各々が勝手に満足しているため、クリムゾンが目覚めてから初めての他者との交流はひとまず成功と言えるだろう。
肝心の戦闘が起きなかったのはクリムゾンにとって不本意であるはずだが、今はまず他者に疎まれることなく戦いを楽しむ方法を確立するのが優先である。そのためならば、しばらくは戦闘を我慢するのもやぶさかではないとクリムゾンは考えていた。
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