20 / 30
20
しおりを挟む
「殿下、例の件についてはすでに準備が整っております」
王子の執務室。その奥まった空間で、騎士団長と数名の士官が声を潜めて報告していた。ルーカスは書類から目を離さず、静かに頷いている。
「そうか。なるべく目立たないように進めてくれ。シロエに勘付かれるのは避けたい」
「ですが、殿下。このままではシロエお嬢様の不満が頂点に達してしまう恐れもあります。早めに彼女に説明したほうがよろしいのでは?」
「……今はまだダメだ。彼女の“悪役”願望が中途半端に終わらないように、タイミングを見計らっているんだ」
ルーカスの言葉に騎士団長は眉をひそめる。彼は続けて少し苦笑するように言った。
「正直に申しますと、我々にも真意が読めません。殿下はなぜそこまでして、彼女を自由にさせつつも制御する道を選ばれるのか……」
「騎士団長。言ったはずだ。僕は彼女を守りたいし、離したくない。だけど、ただ押さえつけるのでは意味がない。彼女の“力”と“意思”を尊重するためにも、ある程度暴れさせる必要があるんだ」
「まるで獣の飼育のようですね」
皮肉交じりの団長の言葉にも、ルーカスは動じず口元に微笑を浮かべる。そして机に残った書類をパラパラと捲りながら、落ち着いた声でこう続けた。
「彼女はまだ気づいていない。どんなに暴れても、最終的には僕の手の中にいるってことを」
「……しかし、殿下のお考えが成功するかどうかはわかりません。シャーロット家の次女は相当な気性です。彼女が暴走しすぎれば、周囲に多大な影響が出ます」
「そこは慎重に。もし彼女が大きすぎる破壊を企んだら、すぐに止めに入るんだ。被害を最小限にとどめつつ、彼女の動きを受け止める。……手間はかかるが、必要なことだよ」
騎士団長は深い溜息をつきながら敬礼する。他の士官たちも困惑しつつ従うしかない様子だ。どうやら王子の策略は、あくまでわたしを泳がせ、その意志を汲み取りながらも最後には“逃さない”形に持っていくというものらしい。
「くれぐれも、彼女に悟られないように頼む。彼女は敏感だ。気づけば必死に抵抗してしまうだろうからね」
「はい。わかりました」
騎士団長たちが退室すると、王子はやっと書類から顔を上げ、窓の外に視線を向けた。その目はどこか哀愁を帯び、しかし揺るぎない決意を秘めているようにも見える。唇の端がかすかに上がると、彼は静かに呟いた。
「シロエ……君が本気で逃げたいのなら、もっと大きく暴れてみればいい。僕は最後に必ず君を捕らえるから」
まるで独り言のような言葉が、閑散とした執務室に溶けていく。彼の“策略”はすでに動き出しており、騎士団や貴族たちを巻き込みながら着実に進行している。それをわたしは何も知らず、ただ悪役令嬢としての立場を貫こうと躍起になっているのだ。
一方、公爵家の屋敷でわたしは、これからの“大悪事”に向けて懸命にプランを練っていた。王子の裏工作など露知らず、どうすれば婚約破棄を引き出せるか頭を抱えている。まるで二人が別々の道を歩きながら、同じ終着点に向かっているかのように――わたしたちは交わらないまま、やがて激突してしまうのだろうか。
「よし……もっと派手にやらかそう。これまで以上に大きな騒動を起こせば、王子だってさすがに見限るはず」
夜の静かな部屋で、わたしは自分に言い聞かせる。王子がわたしを守ろうとするほど、わたしは全力でそれを破壊しようとする。お互いに意地の張り合いだ。でも、このままじゃどちらも譲らないだろう。やがて起こる衝突の予感に、胸がざわついて止まらない――。
その頃、王子はきっと同じ夜空を眺めながら笑っている。わたしを手放さないための策略を、着々と進めているとは想像もできないまま、わたしはただ、婚約破棄への一筋の道を探し続ける。果たして、そこに救いはあるのだろうか。
王子の執務室。その奥まった空間で、騎士団長と数名の士官が声を潜めて報告していた。ルーカスは書類から目を離さず、静かに頷いている。
「そうか。なるべく目立たないように進めてくれ。シロエに勘付かれるのは避けたい」
「ですが、殿下。このままではシロエお嬢様の不満が頂点に達してしまう恐れもあります。早めに彼女に説明したほうがよろしいのでは?」
「……今はまだダメだ。彼女の“悪役”願望が中途半端に終わらないように、タイミングを見計らっているんだ」
ルーカスの言葉に騎士団長は眉をひそめる。彼は続けて少し苦笑するように言った。
「正直に申しますと、我々にも真意が読めません。殿下はなぜそこまでして、彼女を自由にさせつつも制御する道を選ばれるのか……」
「騎士団長。言ったはずだ。僕は彼女を守りたいし、離したくない。だけど、ただ押さえつけるのでは意味がない。彼女の“力”と“意思”を尊重するためにも、ある程度暴れさせる必要があるんだ」
「まるで獣の飼育のようですね」
皮肉交じりの団長の言葉にも、ルーカスは動じず口元に微笑を浮かべる。そして机に残った書類をパラパラと捲りながら、落ち着いた声でこう続けた。
「彼女はまだ気づいていない。どんなに暴れても、最終的には僕の手の中にいるってことを」
「……しかし、殿下のお考えが成功するかどうかはわかりません。シャーロット家の次女は相当な気性です。彼女が暴走しすぎれば、周囲に多大な影響が出ます」
「そこは慎重に。もし彼女が大きすぎる破壊を企んだら、すぐに止めに入るんだ。被害を最小限にとどめつつ、彼女の動きを受け止める。……手間はかかるが、必要なことだよ」
騎士団長は深い溜息をつきながら敬礼する。他の士官たちも困惑しつつ従うしかない様子だ。どうやら王子の策略は、あくまでわたしを泳がせ、その意志を汲み取りながらも最後には“逃さない”形に持っていくというものらしい。
「くれぐれも、彼女に悟られないように頼む。彼女は敏感だ。気づけば必死に抵抗してしまうだろうからね」
「はい。わかりました」
騎士団長たちが退室すると、王子はやっと書類から顔を上げ、窓の外に視線を向けた。その目はどこか哀愁を帯び、しかし揺るぎない決意を秘めているようにも見える。唇の端がかすかに上がると、彼は静かに呟いた。
「シロエ……君が本気で逃げたいのなら、もっと大きく暴れてみればいい。僕は最後に必ず君を捕らえるから」
まるで独り言のような言葉が、閑散とした執務室に溶けていく。彼の“策略”はすでに動き出しており、騎士団や貴族たちを巻き込みながら着実に進行している。それをわたしは何も知らず、ただ悪役令嬢としての立場を貫こうと躍起になっているのだ。
一方、公爵家の屋敷でわたしは、これからの“大悪事”に向けて懸命にプランを練っていた。王子の裏工作など露知らず、どうすれば婚約破棄を引き出せるか頭を抱えている。まるで二人が別々の道を歩きながら、同じ終着点に向かっているかのように――わたしたちは交わらないまま、やがて激突してしまうのだろうか。
「よし……もっと派手にやらかそう。これまで以上に大きな騒動を起こせば、王子だってさすがに見限るはず」
夜の静かな部屋で、わたしは自分に言い聞かせる。王子がわたしを守ろうとするほど、わたしは全力でそれを破壊しようとする。お互いに意地の張り合いだ。でも、このままじゃどちらも譲らないだろう。やがて起こる衝突の予感に、胸がざわついて止まらない――。
その頃、王子はきっと同じ夜空を眺めながら笑っている。わたしを手放さないための策略を、着々と進めているとは想像もできないまま、わたしはただ、婚約破棄への一筋の道を探し続ける。果たして、そこに救いはあるのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
【短編集】 白い結婚でしたよね? 〜人見知りな夫の過剰な愛〜
紬あおい
恋愛
「君とは白い結婚で、期間は二年だ。その後は俺の意思に従ってもらう。」
そう言ったのはあなたなのに。
その理由がまさかの◯◯◯◯って!?
おかしな夫に振り回される妻のお話です。
短編として掲載したもの三話をまとめています。
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
出戻り令嬢は馭者台で愛される
柿崎まつる
恋愛
子どもが出来ないことを理由に離縁された伯爵令嬢ソフィ。やけ酒して馭者台に乗り込んだ彼女は、幼馴染のイケメン馭者セレスタンに抱きとめられる。狭い馭者台に重なり合う二人。多くの婿養子の誘いを断ってなお伯爵家で働き続けるセレスタンの抑えきれない想いが、ソフィを甘く翻弄してーー。
満月の秘め事
富樫 聖夜
恋愛
子爵家令嬢エリアーナは半年前から満月の夜になると身体が熱くなるという謎の症状に悩まされていた。
そんな折、従兄弟のジオルドと満月の夜に舞踏会に出かけなければならないことになってしまい――?
アンソロジー本「秘密1」の別冊用に書いた短編です。BOOTH内でも同内容のものを置いております。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。
にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします
結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。
ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。
その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。
これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。
俯瞰視点あり。
仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる