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翌朝。シャーベット家の朝は、アリスがフローレンスと王宮から深夜に戻ってきたため、やや寝坊気味だった。寝るのが嫌いとはいえ、さすがに昼から夜まで動いた疲れで、アリスは熟睡してしまったのだ。
しかし、気持ちは不思議と晴れやかだ。クライヴを断り、エリックを選んだ後悔が全くないとは言えないが、自分で道を決められた安心感が大きい。
「ふぁ……おはようございます。わたし、珍しくいっぱい寝ちゃいましたね」
アリスはダイニングで朝食を取りながら伸びをする。侍女たちが「よく眠れたご様子で何よりです」と微笑む。寝るのが嫌いと公言してきたアリスが、こうして朝にスッキリ目覚めるのは珍しい現象だ。
「お嬢様、グラント様が書斎でお待ちです。王宮の催しのこと、色々聞きたいと仰っております」
侍女の言葉にアリスはピクッと反応する。父グラントには、クライヴとの話もエリックとのことも、まだ報告していない。今日はそれを伝えなければいけない重大な日だ。
「わ、わかりました……。ふぁ……気合い入れないと」
そう呟き、アリスは朝食を早々に切り上げて書斎へ向かう。ドアをノックするとグラントの「入れ」の声が聞こえ、緊張を抱えたまま扉を開ける。
グラントは机に向かって書類をめくっていたが、アリスが入ると顔を上げて穏やかに微笑む。
「アリス、昨日はお疲れだったな。昼から夜まで王宮にいたと聞くが、大丈夫か?」
「はい、なんとか……夜は慣れてるので乗り切れました。昼はしんどかったですけど」
アリスは苦笑して応え、グラントは「そうか」と頷き、手招きする。「まあ、座りなさい。……実は昨日、クライヴ殿が帰り際に私に挨拶してくれたんだ。君とどうなったかは話してくれなかったが、彼の表情を見るに何かあったんじゃないかと思ってね」
アリスは息を詰まらせる。さすが父親、状況を把握しているようだ。ここまできたら正直に言うしかない。
「父様……わたし、クライヴさまの再婚約話を断りました。昨日の夜、お話して、わたしはエリックを選ぶことにしたんです」
グラントは少しだけ目を丸くし、すぐに深く息を吐く。「そうか。まさかエリックを選ぶとは……。彼もまだ騎士見習いとはいえ、将来を嘱望される人物だし、悪い話ではないと思うが、かなり大きな決断だぞ?」
「はい……わかってます。公爵家との縁は本当に大きかったと思います。でも、わたしの気持ちはエリックに向いてるから、そっちを選びたい。それじゃだめですか?」
アリスはまっすぐ父の目を見つめる。グラントは小さく笑い、「だめとは言わない」と首を振る。
「お前が自分で結論を出したなら、私も否定しない。ただ、シャーベット家の立場として公爵家との繋がりは捨てがたいから、周囲の目は厳しくなるだろう。それを乗り越える覚悟はあるのか?」
「はい……覚悟します。寝るのが嫌いなわたしを支えてくれたエリックを失うほうが、わたしにとっては耐えられませんから」
グラントは少し目を細め、どうやら覚悟を認めたようだ。「そこまで言うなら、お前とエリックの結婚を考えてみよう。彼の家や王宮の騎士団の評価も確認しなければならないが、まぁ可能性はある。政略的には大物ではないが、彼個人の将来性は悪くない」
アリスは思わず涙ぐんで「ありがとう……」と声を漏らす。グラントが娘の決意を尊重してくれるのは何より大きい。それでも取り付く島もない可能性も想定していたから、安心感が込み上げる。
「まあ、クライヴ殿に断ったのは申し訳ないが……彼は公爵家の次男だし、また違う縁談が舞い込むだろう。私も後ほど彼に礼を言っておくよ」
「はい、わたしもクライヴさまには直接お詫びとお礼をしました。とても優しく受け止めてくださって……」
二人はしんみりとしながらも安堵の表情。こうして家族としての認可がひとつ進んだ形だ。寝るのが嫌いなアリスがクライヴでなくエリックを選ぶ――逆玉とまではいかないが、愛情重視の結婚をシャーベット家としても応援したいのだろう。
「さて、あとはエリックに意思を確認し、王宮や騎士団の承認を得るステップかな。そっちが面倒だが、私も協力する。……アリス、幸せになるんだぞ?」
「ふぁ……はい、父様、ありがとう。わたし、エリックと一緒になっても夜更かしを続けるかもしれないけど……今度は寝るの嫌いな性質も少しずつ克服していけたらいいなって思います」
「そうだな、彼がいれば夜だけでなく昼間も乗り越えられるだろう。……行ってきなさい、ちゃんと休むんだぞ」
グラントの言葉にアリスは改めて頭を下げ、書斎を後にする。胸には満ち足りた思いと、クライヴへの申し訳なさが同居しているが、とにかく自分の家が応援してくれるのは心強い。
廊下に出て、一人きりになった瞬間「ふぁ……」と大きな息をつく。これで恋は完結ではない。エリックと結婚へ進むには、政略結婚話や騎士団の反応など多くの壁がある。しかし、寝るのが嫌いだったはずの夜の世界で見つけた愛――その行く末を自分なりに切り開いていくしかない。
(エリック、わたし、あなたと一緒にがんばります。もう夜を恐れないし、昼も平気になるかもしれない。……寝るのが嫌いだった日々が、わたしをここまで導いてくれたのかもしれないな)
そう心の中で呟きながら、アリスは控え室へ向かい、ささやかながら「わたしはエリックを選んだ」という現実をかみしめる。クライヴを断った悲しみはあるが、後悔しない覚悟は揺るがない。夜も昼も、もう怖くない――少女はそう思い始めていた。
しかし、気持ちは不思議と晴れやかだ。クライヴを断り、エリックを選んだ後悔が全くないとは言えないが、自分で道を決められた安心感が大きい。
「ふぁ……おはようございます。わたし、珍しくいっぱい寝ちゃいましたね」
アリスはダイニングで朝食を取りながら伸びをする。侍女たちが「よく眠れたご様子で何よりです」と微笑む。寝るのが嫌いと公言してきたアリスが、こうして朝にスッキリ目覚めるのは珍しい現象だ。
「お嬢様、グラント様が書斎でお待ちです。王宮の催しのこと、色々聞きたいと仰っております」
侍女の言葉にアリスはピクッと反応する。父グラントには、クライヴとの話もエリックとのことも、まだ報告していない。今日はそれを伝えなければいけない重大な日だ。
「わ、わかりました……。ふぁ……気合い入れないと」
そう呟き、アリスは朝食を早々に切り上げて書斎へ向かう。ドアをノックするとグラントの「入れ」の声が聞こえ、緊張を抱えたまま扉を開ける。
グラントは机に向かって書類をめくっていたが、アリスが入ると顔を上げて穏やかに微笑む。
「アリス、昨日はお疲れだったな。昼から夜まで王宮にいたと聞くが、大丈夫か?」
「はい、なんとか……夜は慣れてるので乗り切れました。昼はしんどかったですけど」
アリスは苦笑して応え、グラントは「そうか」と頷き、手招きする。「まあ、座りなさい。……実は昨日、クライヴ殿が帰り際に私に挨拶してくれたんだ。君とどうなったかは話してくれなかったが、彼の表情を見るに何かあったんじゃないかと思ってね」
アリスは息を詰まらせる。さすが父親、状況を把握しているようだ。ここまできたら正直に言うしかない。
「父様……わたし、クライヴさまの再婚約話を断りました。昨日の夜、お話して、わたしはエリックを選ぶことにしたんです」
グラントは少しだけ目を丸くし、すぐに深く息を吐く。「そうか。まさかエリックを選ぶとは……。彼もまだ騎士見習いとはいえ、将来を嘱望される人物だし、悪い話ではないと思うが、かなり大きな決断だぞ?」
「はい……わかってます。公爵家との縁は本当に大きかったと思います。でも、わたしの気持ちはエリックに向いてるから、そっちを選びたい。それじゃだめですか?」
アリスはまっすぐ父の目を見つめる。グラントは小さく笑い、「だめとは言わない」と首を振る。
「お前が自分で結論を出したなら、私も否定しない。ただ、シャーベット家の立場として公爵家との繋がりは捨てがたいから、周囲の目は厳しくなるだろう。それを乗り越える覚悟はあるのか?」
「はい……覚悟します。寝るのが嫌いなわたしを支えてくれたエリックを失うほうが、わたしにとっては耐えられませんから」
グラントは少し目を細め、どうやら覚悟を認めたようだ。「そこまで言うなら、お前とエリックの結婚を考えてみよう。彼の家や王宮の騎士団の評価も確認しなければならないが、まぁ可能性はある。政略的には大物ではないが、彼個人の将来性は悪くない」
アリスは思わず涙ぐんで「ありがとう……」と声を漏らす。グラントが娘の決意を尊重してくれるのは何より大きい。それでも取り付く島もない可能性も想定していたから、安心感が込み上げる。
「まあ、クライヴ殿に断ったのは申し訳ないが……彼は公爵家の次男だし、また違う縁談が舞い込むだろう。私も後ほど彼に礼を言っておくよ」
「はい、わたしもクライヴさまには直接お詫びとお礼をしました。とても優しく受け止めてくださって……」
二人はしんみりとしながらも安堵の表情。こうして家族としての認可がひとつ進んだ形だ。寝るのが嫌いなアリスがクライヴでなくエリックを選ぶ――逆玉とまではいかないが、愛情重視の結婚をシャーベット家としても応援したいのだろう。
「さて、あとはエリックに意思を確認し、王宮や騎士団の承認を得るステップかな。そっちが面倒だが、私も協力する。……アリス、幸せになるんだぞ?」
「ふぁ……はい、父様、ありがとう。わたし、エリックと一緒になっても夜更かしを続けるかもしれないけど……今度は寝るの嫌いな性質も少しずつ克服していけたらいいなって思います」
「そうだな、彼がいれば夜だけでなく昼間も乗り越えられるだろう。……行ってきなさい、ちゃんと休むんだぞ」
グラントの言葉にアリスは改めて頭を下げ、書斎を後にする。胸には満ち足りた思いと、クライヴへの申し訳なさが同居しているが、とにかく自分の家が応援してくれるのは心強い。
廊下に出て、一人きりになった瞬間「ふぁ……」と大きな息をつく。これで恋は完結ではない。エリックと結婚へ進むには、政略結婚話や騎士団の反応など多くの壁がある。しかし、寝るのが嫌いだったはずの夜の世界で見つけた愛――その行く末を自分なりに切り開いていくしかない。
(エリック、わたし、あなたと一緒にがんばります。もう夜を恐れないし、昼も平気になるかもしれない。……寝るのが嫌いだった日々が、わたしをここまで導いてくれたのかもしれないな)
そう心の中で呟きながら、アリスは控え室へ向かい、ささやかながら「わたしはエリックを選んだ」という現実をかみしめる。クライヴを断った悲しみはあるが、後悔しない覚悟は揺るがない。夜も昼も、もう怖くない――少女はそう思い始めていた。
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