王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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「これは重大な問題だ。マティアス様が戻らないとなると、国の体制が揺らぐ!」

大広間の一角で、大声をあげているのはユリウス公爵だ。そこにはリヒト王子や、重臣たちが集められていた。セレスは給仕の一員として、水や茶を運びながら話を聞いている。

「第一王子が突如として行方を晦ました以上、早急に対策を練る必要があります。場合によっては、第二王子であるリヒト殿下を正式に王太子として……」

それを聞いたリヒトは苦い顔で手を挙げる。

「まだ兄上が戻ってくる可能性がないわけではない。結論を急ぐのは得策ではないだろう」

「しかしながら、王国の行事や政務が滞るのは問題です。国王陛下もお体がすぐれないご様子。万が一の事態に備えなければ、この国は混乱を招きかねませんぞ」

公爵はまくし立てるように言葉を重ね、ほかの重臣たちもうなずいている。国の重責を一手に引き受けるはずの第一王子がいない今、リヒトを推す声が勢いづいていた。

 

セレスは隅でそれを聞きながら、胸の奥が痛んだ。マティアスが戻ってくるまで待ちたいというリヒトの思いも、公爵が言う“国の安定”も、両方が切実な問題として伝わってくるからだ。

「……落ち着け、ユリウス公爵。私はマティアスがそう簡単に逃げ出すとは思えん」

重々しい声が響き、大広間の奥の席からダリウスが立ち上がる。彼は宮廷魔術師でありながら、今回の議論に特別参加しているらしい。

「王子がいずれ戻るとおっしゃるのですか、ダリウス殿?」

「帰還する可能性は十分ある。ただ、それがいつになるかは分からない。焦りすぎれば事を誤るかもしれませんな」

穏やかながらも強い言葉に、公爵はわずかに目を細めた。ダリウスの言葉には妙な説得力がある。それに、どこまで情報を握っているのか分からない魔術師を相手に、下手に出過ぎることはできない。

 

「いずれにせよ、王太子としての空位は長く放置できません。数日から一週間程度で結論を出す必要があると思いますが」

公爵の厳しい声に、大広間の空気がいっそう重くなる。リヒトも答えに詰まった様子だった。確かに国の機能を止めるわけにはいかない。だが、兄を見捨てるような形で王太子を継ぎたくない気持ちもあるのだろう。

 

セレスはその様子を見て、いたたまれない気持ちになる。もしもマティアスが真意を言わずに消えたなら、その間にも国は揺れ動き、ユリウス公爵のような権力者が事態を利用して王位を奪おうとするかもしれない。そうなれば、マティアスが戻ってきても後の祭りだ。

「セレス、顔が青いわよ」

隣に立っていたレナが、心配そうに囁く。セレスは慌てて表情を作り直す。

「平気。ちょっと考え事をしてただけ……」

給仕としての仕事に集中しようとしても、頭の中はマティアスの失踪と王宮内の混乱でいっぱいだ。ほんの軽い悪戯が、こんな大事になるとは思いもしなかった。

 

会議がいったん解散になると、リヒトが足早にセレスとレナのところへやってきた。周囲の視線を避けるように声を低める。

「……どうしよう。公爵や重臣たちがどんどん俺を王太子に担ぎ上げようとしてる。兄上がいない今、それが国のためだってわかるけど……」

「リヒト王子様……」

セレスはその苦悩が痛いほど伝わってきた。自分もまた、内心では“マティアス様が早く戻らなければ大変なことになる”と思っている。

「兄上は何を考えてるのか、本当に誰にも言わないまま姿を消してしまったのか……。僕は気になって仕方ない。こうなったら、僕が直接城下町へ出て手がかりを探してみようと思うんだ」

「え? 城下町に……お一人で?」

驚くセレスに、リヒトは小さく笑う。

「さすがに一人では行かないさ。護衛を数名連れていくけど、なるべく目立たないようにするつもりだ。そこでさ、もしよかったらセレスやレナも一緒に来ないか? 給仕や侍女という立場なら、変に目を引かずに情報を集められるかもしれない」

レナは一瞬戸惑ったが、すぐにうなずいた。

「私たちにできることがあるなら協力します。ね、セレス」

「……はい」

セレスも強くうなずいた。真実を探ることで、少しでも王子が戻るきっかけになるのなら、やってみる価値はある。しかし、その裏でユリウス公爵が新たな動きを見せるのは間違いなさそうだ。城を空けるのは不安要素だが、それでも手がかりを集めなければ何も進まない。

 

「じゃあ、すぐに準備して出発しよう。今日は騎士たちも忙しくて、城の警備に人手を割くのが精一杯だから、大規模な捜索は望めそうにない。だからこそ、俺たちだけで動くしかないんだ」

リヒトの決断は早かった。こうして、セレスとレナはリヒト王子とともに城下町へ向かい、マティアスの行方を探し始めることになる。その背後で、公爵の思惑と王宮の混乱はますます深みを増していくのだった。
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