王子が気に入られなかったので、茶菓子にお腹が痛くなる薬草を混ぜて食べされたら帰ってこなくなりました。

えるろって

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「お帰りなさいませ、リヒト殿下」

城の正門をくぐったリヒトたちを出迎えたのは、ユリウス公爵の側近だと思われる男だった。整った身なりと相反するように、その視線は冷たい。

「公爵様が、殿下にお話があるとのことです。今から大広間へお越しください」

護衛の騎士が目でリヒトに問いかけるが、リヒトはしばし沈黙してからうなずいた。拒否すれば余計に怪しまれ、王位継承を急がせる圧力が増すだけかもしれない。

「わかった。セレスとレナは、先に戻って休んでくれ。報告は後で聞くから」

リヒトはそう言って、渋々公爵のもとへ向かう。セレスとレナも気がかりではあるが、今はリヒトを信じて待つしかない。二人は給仕や侍女の仕事に戻るべく急ぎ足で廊下を進んだ。

 

だが、セレスはどこか胸騒ぎが収まらない。何度か振り返ると、またしてもどこからか視線を感じる。あたかも誰かに監視されているようだ。

「セレス、大丈夫? 今日何度も落ち着かない顔してるけど」

「うん……ごめん、なんだか誰かにつけられてるような気がして」

「私も同じことを思ってた。公爵があなたを警戒しているのかもしれないわ。マティアス王子が最後に食べたお菓子を作ったのはセレスだから」

レナの推測にセレスはぎくりとする。彼女が“薬草を仕込んだ”などと口走れば、一気に罪を着せられるだろう。公爵はその隙を狙っているのかもしれない。

 

給仕部屋に戻り、二人は軽く掃除や明日の準備を手伝う。周囲に仲間がいるときは大きな問題はない。だが、仕事が終わり、また二人きりになったとき、レナは小さく息をついた。

「セレス、もしかしたら早めにあの“隠し部屋”を調べてみる必要があるかも。私が侍女仲間から聞いた話によると、公爵も最近、その部屋の位置を探ってるみたい」

「どうして公爵が……?」

「わからない。でも、王子にまつわる秘密があそこに隠されているんじゃないかっていう噂もあるみたい」

もし公爵が王位を奪うために動いているのだとしたら、王家の秘密を手に入れることでマティアスの存在を消し去るつもりかもしれない。セレスは思わず唇を噛む。

 

「じゃあ、地下書庫に行ったあとで、隠し部屋も探したほうがいいかもね。ダリウス様の言う文献だけじゃなく、王家の部屋に何があるのか確かめたい」

「そう思う。でも、すべてを一度にやるのはリスクが大きいわね。地下書庫は深夜、隠し部屋は日中がいいかもしれない。夜に隠し部屋を探るのは危険すぎる」

二人は声をひそめて作戦を立てる。まずは今夜、ダリウスの指示通り地下書庫へ潜り込み、王家の秘密とされる文献を探す。翌日以降、様子を見て隠し部屋を調べる――それがベストかもしれない。

 

ふと廊下の窓から外を見ると、すでに夕闇が迫っていた。リヒトはまだ公爵と話しているのか姿が見えない。セレスは彼の無事を祈りながら、自分たちのやるべきことを再確認する。

「もしマティアス王子が本当に森の先に向かったなら、あの文献に理由が書いてあるかもしれない。王になる前に果たす試練だとか……ダリウス様も言ってたし」

「うん、私たちが調べて、少しでも早く王子様を探す手がかりを得たい」

深夜の地下書庫行きは、正直怖い。だが、何もせずに公爵の思惑通りリヒトが王位を継ぐ流れになってしまうのは避けたい。セレスもレナも、ひとかたならぬ覚悟を決めていた。

 

すると、聞き覚えのある足音が近づいてくる。振り返ると、少し疲れた表情のリヒトが戻ってきたようだ。彼はセレスたちに視線を送り、わずかに首を振る。

「公爵は今すぐにでも継承手続きを始めたいらしい。さっきはやんわりと拒否したが、どうなることか……とにかく、今夜の件は予定通り進めよう」

そう言うリヒトの横顔には、混乱と焦りが交錯していた。王子としての立場と、兄への思い。そのはざまで苦しむ彼を見て、セレスの決意はより一層固まる。

「わかりました。今夜、気をつけて行動します」

「頼むよ、セレス、レナ。成功を祈っている」

リヒトの言葉に短くうなずき、二人は給仕部屋を後にした。闇が深まるほど、公爵の影も濃くなるように思える。だが、それに対抗する手段を見つけるためにも、今宵は地下へと足を運ぶしかないのだ。
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