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「マティアス王子、ただいま戻られました!」
王城の門前で声が響き渡る。駆けつけたリヒト、セレス、レナ、ダリウスたちが見たのは、なんと傷だらけの姿で倒れ込むマティアスの姿だった。やはり儀式の転移術式で無理をしたのか、意識が朦朧としている。
「兄上……兄上! 大丈夫か」
リヒトが必死で抱き起こし、城の侍医が駆け寄ってきた。周囲には公爵もおり、複雑な表情でそれを見つめている。
「何という……マティアス殿下が戻るとはね。いや、これはめでたいことだ。早速、王太子の座をどちらにするか決めねばなるまい」
皮肉めいた公爵の言葉に、セレスは怒りを覚えるが、今はマティアスの容態が最優先だ。ダリウスが魔術で応急処置を施し、侍医とともに王子を担架へ乗せる。
「とにかく治療が必要です。皆さん、少し離れてください」
そう言われ、リヒトもセレスも近づけないまま王子は医務室へ運ばれていった。セレスはぽつんと取り残された気分だが、レナがそっと肩を支えてくれる。
「大丈夫、王子様は絶対に助かるわよ。あれだけの苦行に耐えたんだもの」
「うん……そうだね」
セレスは小さくうなずく。深い安堵とともに、王城へ本当に“帰ってきた”という事実が胸に染み渡る。公爵はリヒトに対して何か言いたげな顔をしているが、当のリヒトは毅然とした態度を崩さない。
「公爵、今は兄上の治療が最優先だ。王位継承の話は後回しにしてほしい。それに、兄上が無事に戻ってきた以上、王太子の決定はまだ先になるだろう」
「ふん、それで国政が停滞しても私は知らんぞ。だが、リヒト殿下の言うとおりにするしかないか……」
公爵が苛立ちを隠せない様子で去っていくと、ようやく空気が緩んだ。レナやダリウス、そしてセレスは顔を見合わせて息をつく。
数日後、マティアスの容態はみるみる改善していった。侍医やダリウスの治療だけでなく、王子の強靭な体力もあって、立ち上がれるまでに回復したのだ。宮廷内ではリヒトとマティアス、どちらが王位を継ぐかで議論が再燃していたが、当の王子たちは思わぬ行動に出た。
「兄上、もう寝ていなくていいのか」
リヒトが病室を訪ねると、マティアスは一人で着替えをしていた。左手にはまだ包帯があるが、痛みはだいぶ治まったらしい。
「ああ、もう大丈夫だ。ところで、話がしたいんだ。公爵や重臣たちの前で、はっきりと俺の意志を示したい」
「意志……」
リヒトが怪訝そうに聞き返すと、マティアスは小さく微笑む。以前の冷たい雰囲気とは違う、どこか柔らかな眼差しをしていた。
「俺は王位を継ぐ。それが儀式で得た結論だ。国と魔術の契約を新たに結ぶことで、この国を変えていける。だけど一つだけ条件がある。お前の協力がなければ成り立たないんだ」
「兄上……それはどういう」
戸惑うリヒトに、マティアスは静かに言葉を重ねる。
「これまで一人で背負いすぎていた。だが、王になるというのは、一人で孤独に立つことじゃない。弟のお前や、セレスやレナ、ダリウスや城のみんな――支えてくれる人とともに、国を導いていく。それを儀式の中で痛感したんだ」
リヒトの目には涙が浮かんでいたが、すぐに笑顔に変わる。
「兄上……分かった。俺は全力で兄上を支える。どんな形であれ、王としての道を共に歩もう」
二人は互いの手をがっちりと握り合う。その光景を見守っていたセレスは、胸が熱くなるのを感じた。公爵もこの二人が団結すれば手出しはできまい。新体制の王宮は、きっと良い方向に進むだろう。
やがて、マティアスは元気を取り戻し、王城の大広間で改めて“次代の王”として宣言を行った。リヒトはその隣に立ち、支える立場になることを誓う。公爵は渋々ながらもそれを認め、重臣たちも拍手を送るしかなかった。
セレスはその様子を廊下の隅で見つめ、ひっそりとほほ笑む。すると、マティアスが周囲をかき分けて歩み寄ってきた。
「セレス、お菓子を作ってくれないか。あの苦い薬草は入れなくていい」
「は、はい……もちろんです。改めて謝ります、あのときは――」
「いいんだ、もう。あれはあれで、俺にとって一つの転機になった。王城を出るきっかけというか、背中を押されるような感覚があったからな」
あの苦い茶菓子がもたらした嵐は、こうして国全体を揺るがした。しかし結果的に、新たな時代の扉が開かれたのだ。セレスの目には涙が浮かぶが、それは悲しみではない。
「私、今まででいちばん美味しいお菓子を作ってみせます。王子様が笑顔になってくださるような……」
そう言うと、マティアスは小さく頷き、静かに笑みをこぼす。これが王としての彼の新たなスタートなのだろう。リヒト、レナ、ダリウス、そしてセレス――皆がそれを温かく見守る。
茶菓子が結んだ運命は、腹痛という小さな痛みから国を揺るがす大事件へと広がった。その結末は、王子が二度と帰ってこないどころか、より強く優しい王として“帰ってきた”という形で幕を閉じる。
新体制の王城には、明るい未来が見えていた。セレスもまた、その一員として王子たちを支えながら、美味しいお菓子でみんなを笑顔にする日々を送ることになる――そう、ほんの少し苦い思い出を胸に抱きながら。
王城の門前で声が響き渡る。駆けつけたリヒト、セレス、レナ、ダリウスたちが見たのは、なんと傷だらけの姿で倒れ込むマティアスの姿だった。やはり儀式の転移術式で無理をしたのか、意識が朦朧としている。
「兄上……兄上! 大丈夫か」
リヒトが必死で抱き起こし、城の侍医が駆け寄ってきた。周囲には公爵もおり、複雑な表情でそれを見つめている。
「何という……マティアス殿下が戻るとはね。いや、これはめでたいことだ。早速、王太子の座をどちらにするか決めねばなるまい」
皮肉めいた公爵の言葉に、セレスは怒りを覚えるが、今はマティアスの容態が最優先だ。ダリウスが魔術で応急処置を施し、侍医とともに王子を担架へ乗せる。
「とにかく治療が必要です。皆さん、少し離れてください」
そう言われ、リヒトもセレスも近づけないまま王子は医務室へ運ばれていった。セレスはぽつんと取り残された気分だが、レナがそっと肩を支えてくれる。
「大丈夫、王子様は絶対に助かるわよ。あれだけの苦行に耐えたんだもの」
「うん……そうだね」
セレスは小さくうなずく。深い安堵とともに、王城へ本当に“帰ってきた”という事実が胸に染み渡る。公爵はリヒトに対して何か言いたげな顔をしているが、当のリヒトは毅然とした態度を崩さない。
「公爵、今は兄上の治療が最優先だ。王位継承の話は後回しにしてほしい。それに、兄上が無事に戻ってきた以上、王太子の決定はまだ先になるだろう」
「ふん、それで国政が停滞しても私は知らんぞ。だが、リヒト殿下の言うとおりにするしかないか……」
公爵が苛立ちを隠せない様子で去っていくと、ようやく空気が緩んだ。レナやダリウス、そしてセレスは顔を見合わせて息をつく。
数日後、マティアスの容態はみるみる改善していった。侍医やダリウスの治療だけでなく、王子の強靭な体力もあって、立ち上がれるまでに回復したのだ。宮廷内ではリヒトとマティアス、どちらが王位を継ぐかで議論が再燃していたが、当の王子たちは思わぬ行動に出た。
「兄上、もう寝ていなくていいのか」
リヒトが病室を訪ねると、マティアスは一人で着替えをしていた。左手にはまだ包帯があるが、痛みはだいぶ治まったらしい。
「ああ、もう大丈夫だ。ところで、話がしたいんだ。公爵や重臣たちの前で、はっきりと俺の意志を示したい」
「意志……」
リヒトが怪訝そうに聞き返すと、マティアスは小さく微笑む。以前の冷たい雰囲気とは違う、どこか柔らかな眼差しをしていた。
「俺は王位を継ぐ。それが儀式で得た結論だ。国と魔術の契約を新たに結ぶことで、この国を変えていける。だけど一つだけ条件がある。お前の協力がなければ成り立たないんだ」
「兄上……それはどういう」
戸惑うリヒトに、マティアスは静かに言葉を重ねる。
「これまで一人で背負いすぎていた。だが、王になるというのは、一人で孤独に立つことじゃない。弟のお前や、セレスやレナ、ダリウスや城のみんな――支えてくれる人とともに、国を導いていく。それを儀式の中で痛感したんだ」
リヒトの目には涙が浮かんでいたが、すぐに笑顔に変わる。
「兄上……分かった。俺は全力で兄上を支える。どんな形であれ、王としての道を共に歩もう」
二人は互いの手をがっちりと握り合う。その光景を見守っていたセレスは、胸が熱くなるのを感じた。公爵もこの二人が団結すれば手出しはできまい。新体制の王宮は、きっと良い方向に進むだろう。
やがて、マティアスは元気を取り戻し、王城の大広間で改めて“次代の王”として宣言を行った。リヒトはその隣に立ち、支える立場になることを誓う。公爵は渋々ながらもそれを認め、重臣たちも拍手を送るしかなかった。
セレスはその様子を廊下の隅で見つめ、ひっそりとほほ笑む。すると、マティアスが周囲をかき分けて歩み寄ってきた。
「セレス、お菓子を作ってくれないか。あの苦い薬草は入れなくていい」
「は、はい……もちろんです。改めて謝ります、あのときは――」
「いいんだ、もう。あれはあれで、俺にとって一つの転機になった。王城を出るきっかけというか、背中を押されるような感覚があったからな」
あの苦い茶菓子がもたらした嵐は、こうして国全体を揺るがした。しかし結果的に、新たな時代の扉が開かれたのだ。セレスの目には涙が浮かぶが、それは悲しみではない。
「私、今まででいちばん美味しいお菓子を作ってみせます。王子様が笑顔になってくださるような……」
そう言うと、マティアスは小さく頷き、静かに笑みをこぼす。これが王としての彼の新たなスタートなのだろう。リヒト、レナ、ダリウス、そしてセレス――皆がそれを温かく見守る。
茶菓子が結んだ運命は、腹痛という小さな痛みから国を揺るがす大事件へと広がった。その結末は、王子が二度と帰ってこないどころか、より強く優しい王として“帰ってきた”という形で幕を閉じる。
新体制の王城には、明るい未来が見えていた。セレスもまた、その一員として王子たちを支えながら、美味しいお菓子でみんなを笑顔にする日々を送ることになる――そう、ほんの少し苦い思い出を胸に抱きながら。
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