25cmのシンデレラ

野守

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第39話 デメリット

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 不謹慎な話をしたバチでも当たったのか、この日から館長夫婦の喧嘩に火が付いた。冷戦状態から交戦状態に入ったと言えよう。

「よく考えたら館長たちも職場結婚でしたね」

残業中の北内さんが手を止めずに苦笑いする。さすがに従業員たちの目を気にしたのか、ある意味で熱々な二人は顔を合わせない場所へとバラけてしまった。

「あ! さらによく考えたら、館長も後継ぎって意味では御曹司だったんですね」
「確かに」
「家業の規模が違うだけで玉の輿に見えないですね。何でだろう」
「北内さん、今日どうしたの?」

昼間の会話から引き続き、いつになく棘のあることを口走っている。

「すみません」
「いや、別に良いんだけど。疲れてるの?」
「私、『空気の悪い場』がどうしても苦手なんです。イライラとソワソワと憂鬱を煮詰めた暗黒物質を肺に詰めこまれてる感じがして」
「そのわりに表現力は増しててスゴイわぁ」

人間とは何かが切れるラインがあるのかもしれない。そして「切れた」人というのは一定時間、ある種の無敵状態になる気がする。

「あの夫婦も恋愛してた時期があったんでしょうか」
「お見合い結婚らしいよ」
「ああ、通りで」

無敵状態の人が何やら納得している。本当に疲れてるのかもしれない。

「お見合いも見直されてきてるらしいですね。マッチングアプリも人気な時代ですし、みんな手堅く行きたいんでしょうかねぇ」
「分からなくはない。人生全てに直結するから」

この人と結婚するメリット・デメリットを冷静に考えられるのは悪くないだろう。お見合いにしたって交際期間はあるのだから、愛情でも信頼でも興味でも、感情は後からついてくれば良い話だ。

「私は逆に決断できない気がします。事務的にメリット・デメリットを考えちゃったら迷い過ぎるというか、恋愛感情のままに勢いで結婚まで行きたいですね」
「北内さんらしい」

喋りながらも仕事は止めないあたり、だいぶ板についてきたなと思う。ついさっき雑談に夢中で手が止まっていた山東君に見習わせたいものだ。無言で見つめたら慌てて掃除に戻ったけど。
 片付ける暇なく転がっていたガラスの靴をしまいながら、ぽろっと聞いてしまった。

「王子様のデメリットって何だろうね」
「王子様? シンデレラのですか」
「……まあ、そうかな」
「アレ、いや篠塚様に興味出てきたんですか? その気なら応援しますよ、玉の輿大作戦!」

真顔を向けたら、小さく「冗談です」と聞こえた。
 北内さんに言えば面倒なことになるのは予想済みだった。職場でする話題でもないと分かっている。でも色々と考えすぎた頭が停滞してきて、つい口走ってしまったのだ。最近の私は一人になるたび、なぜか篠塚さんと付き合えない理由を探している。

「もし王子様的な人が告白してきたらって話。昔からシンデレラが幸せなのか疑問だったんだよね。私だったら王子様の求婚なんて丁重にお断りすると思うんだけど、なぜダメなのかって理由を聞かれたら、具体的に説明できない……気がするの。自分には荷が重いとしか」
「相手の背景にもよりますけど、そうですねぇ。仮にシンデレラで考えるとしたら」

始めて鏡を磨く手が止まった。

「王子様が王太子なら、いずれは王妃にならなきゃいけないワケで。王妃には王妃の仕事ってものがあって、王妃らしい振舞いを要求されて、ずっと周囲の厳しい目にさらされるワケで。他のご令嬢たちからは妬まれて、嫌がらせとかされて、政治家の権力争いにも巻き込まれて。ついでに後継ぎ必須のプレッシャー? そういうのが重荷なんじゃないですかね」
「なるほど!」

私の中で言葉にならずに渦巻いていたことを、見事に日本語へ変換してくれた気がした。無敵状態おそるべし。

「なんかスッキリした。今度お昼でもおごるよ、繁忙期抜けたら」
「何が役立ったのかは分からないですけど、おごりは楽しみです!」
「まかせなさい!」

ここから急に残業がはかどり、思ったより早く帰宅することができた。一人静かなアパートに帰宅したところで、頭にはまた同じ問題が浮上するのだけど。

「王子様のデメリットかぁ」

具体的な言葉になったら、いくらか落ち着いて考えられるようになった気がした。自分がなぜ「篠塚家の妻」を恐れていたのか分かったからだ。
 あれ、でも現総帥の夫人って表には出ない気がする。当然か。ファーストレディじゃあるまいし、それこそ王妃でもないのだから、サロンを開催なんて必要もないだろう。しかも篠塚さんにはお姉さんがいるというから、篠塚さんは総帥にならないのかもしれない。もしかして私が心配しすぎだった?
 具体的な諸々を聞いてみたい気もするけれど、そんな内情や突っ込んだ話は、さすがに部外者の立場じゃ聞けないだろう。将来的な可能性のある相手でなければ。その具体的な諸々をちゃんと話して考えてもらうため、篠塚さんはそれが出来る立場に私を誘ってくれたのか。

「結婚するかは別なんだし……付き合うだけなら……ええ?」

どうしよう。私の中の何かが揺らいできた気がする。
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