サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第8章 三年二学期

第237話 勉強は強気でも恋には弱気

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 二学期の終業式が終わった教室。
B組の教室に一ノ瀬と柚木がやってきた。

「ハルちゃーん、美柑、一緒に帰ろう!」

桃瀬はカバンを持ちながら返事した。

「うん、一緒に帰ろ。美柑は?」

「ごめん、わたし日直なの。学級日誌書かなきゃいけないから、先に帰って」

「えええー! 明日から冬休みで会えないのにぃー」

「ハルちゃん、冬期講習があるでしょ。そこで会えるじゃん」

「え、まさか、……美柑。冬期講習受けるの? あれって、受験対策用だって言う話よ。だから、希望者のみだって……。美柑、希望出したの?」

「嘘、そうなの? 希望出しちゃったよ」

一ノ瀬と柚木は笑っていた。

「いいんじゃない? 冬休みも学校に来れば、美柑は愛しいサトシ先生に会えるんだもの。ねーーー!」

「柚木くん、そんなんじゃないわよ! ひどい」

「そうよ、美柑はそんなことしなくたって、家でサトシ先生に毎日……」

桜井は慌てて桃瀬の口をふさいだ。

「そ、そうだったわ! ハハハ、柚木くんの言う通り。学校に来ればサトシ先生に会えるから、結果オーライだわ。ハハハ……」

(ハルちゃん、ここでその話はダメよ)

「は? ハルちゃん、今さ、家で毎日とか言いかけた?」

「ごめーん、一ノ瀬。……美柑ったら……ネトフリにハマっててさぁ、……面白い学園ドラマがあるんだわ。その話、帰りながら教えるね。さ、帰ろ、帰ろう!」

桜井はホッとして、「やれやれ」と、学級日誌を書き始めた。


 クラスメイトたちが帰ったあとの教室は、にぎやかな笑い声はもう聞こえず、とても静かだった。
冬の夕日が差し込んでいる。

(終業式の日誌って、なんか“二学期を振り返って”みたいに書くからプレッシャー……)

「……まだいたんだ?」

突然、後ろから聞こえた声に、桜井は少し肩を跳ねさせた。

振り返ると、夏梅が無表情で立っていた。
相変わらず整った顔立ちに、きっちり結んだ三つ編み。
優等生然とした佇まいは健在だが、どこか落ち着かない様子も感じられた。

「あ、うん。日誌、書き終わらなくて……。でも、もう終わりだから、わたしもう帰るね」

そう答えると、桜井はペンを置き、バッグに手を伸ばした。

(こんなところで居残りしてたら、また何か言われそう)

「じゃ、そろそろ……」

「日誌を職員室に持って行ったら、……桜井さんはサトシ先生の家に帰るんでしょ?」

(そうだった。夏梅は知っていたんだった。また嫌味を言われるのか……)

「そ、そうよ。だから夏梅の勉強の邪魔はしないわ。それじゃ……」

「待って!」

夏梅が一歩前に出た。

「……説得力のある英作文の書き方。教えてくれない?」

「……は?」

思わず変な声が出てしまった桜井は、目を見開いた。

「……なんでわたしに?」

「前に先生に褒められてたでしょ。“構成がよくできてる”って。桜井さん、自分の考えを英文にするの、得意でしょ?」

目をそらしたまま、夏梅は静かにそう言った。
普段の気の強い彼女からは、想像もできないほど素直な声だ。
桜井は少しだけ口元をゆるめた。

「あのぅ、わたしでいいの?」

「あら、ごめんなさい。早く帰ってご飯の支度とかいろいろあるんでしょ。いいのよ、嫌なら嫌とはっきり断っても」

「嫌じゃない! 今日は、成績会議があるから帰りが遅くなるって……サトシ先生が」

「じゃ、教えてくれるのね」

「う、うん。学級日誌を職員室に持って行ったら、すぐここに戻って来るわ」

「わたし、ここで待ってるから……、そのまま黙って帰ったりしないでよ」

「わからないわよ。帰るかもしれない……」

「何ですってっ?!」

「ハハハ……じゃ、一緒に職員室まで行く?」

「もちろんよ。監視させてもらうわ」

桜井はニヤリとすると、ダッシュで教室を飛び出した。

「あ、待って! 走るのは反則よ。廊下を走ってはいけませーん!!」



 その後教室で、桜井は夏梅に英作文のコツを教えた。

「夏梅なら説明しなくてもわかると思うけど、小論文はPREP法を使うじゃん?」

「バカにしないで、小論文くらい書けるわ。ただ、英語になると難しいだけよ」

「じゃ、英語でどんな書き出しをしてる?」

「I think……、でしょ」

「惜しいなあ。I thinkだけじゃ弱いから、“I thinkなんちゃら”、“The reason why I believe this is…”(私がそう信じる理由は…)ってつなげると説得力が増すのよ」

「じゃ、あんたはどうやって英作文を書いているの。それを教えてよ」

「わたしの英作文はこうよ。
先に結論を書く。これは何を問われているかによって答え方が変わるよね。
『この意見にあなたはYesですか? Noですか?』なら簡単よ。『この問題に対してあなたの意見はどうですか?』なら、ここで自分の考えをはっきり述べる。これが結論、つまりPointね」

「それはわかってるわよ」

「そして、理由を述べる。できれば二つ以上、理由があるといいわ。これがReazon。
次に、具体例をあげるの。「for example」とか「for instance」とか。はい、Example」

「ふぅん……理由は二つ以上あるといいのね」

「文字数に寄るけどね。そして最後に、また結論point。ここは再度述べるわけだから、最初のPointとはちょっと変えないとね。まとめに入る感じで、「so」(だから)、「that’s why」(したがって)、といった表現を使うと論理的な文章に見えるよ」

「なんだ、日本語の小論文と同じじゃないの」

「そうだよ。さらにさらに、最後におまけで、if~を付けると文章が引き締まるの。
『もし、こうだったら、こうなるでしょう』って未来につなげると、問題解決っぽくなるよね?」

「あら、そうね。なるほど……ふーん。なんか、ムカつくくらいわかりやすいじゃん」

「それ、褒めてる?」

「褒めてない」

目をそらす夏梅の横顔に、桜井はふっと笑った。

(……でも、たぶんちょっとだけ、褒められた)

「でも、桜井さん。暗記は大変よ。今からそういう慣用句を覚えるのに、時短でできる方法があればいいのに」

「だったら、これ。おすすめだよ」

桜井は、自分が使い倒した参考書を机に出した。

「え、何? 英検準一級出る順単語帳? ちょっとー、今から準一級取る余裕なんてないのよ。わたしがしているのは、受験勉強! わかる? 受験勉強なの!」

「落ち着いて、夏梅。この単語帳の最後の方の内容を見て欲しいの。単語じゃなくて、慣用句がずらーーっとまとめてあるでしょ」

「あら、ほんと」

「ねっ! これだけ覚えれば、あとは知ってる単語を使って何とかなる」

「これ、借りてもいい?」

「もちろんよ。ところどころ汚れていて悪いけど」

「ふうーん、桜井さんが勉強した跡が残ってると、負けていられないって気になるわ」

「そう、……よかった」

(ここで負けず嫌いの本領発揮かよ)


 出る単語帳をめくりながら、夏梅がふいに口を開いた。

「わたし……K大、落ちるかもって、思うことあるの」

「え? やっぱ、K大志望だったんだ。若狭が行くからでしょ」

「若狭くんは内部進学するんだって。わたしなんか若狭くんほど頭よくないから……。落ちることを考えると、K大を志望するのに勇気が要ったわ。家じゃ言えないけどね。成績良くても、不安になるのよ」

桜井は少しだけ黙って、それから答えた。

「私も、J大をたぶん落ちたって思ってたよ。でもさ……受かったとしても、落ちたとしても。どっちにしても、やってきた勉強は無駄にならないでしょ? 若狭くんなんておまけよ、おまけ! 人生かけるほどの男じゃないわ」

「ひどい! 桜井さんにとってはそうかもしれないけど、わたしにとっては……、もう! いい。忘れて!」

桜井は、こんな夏梅を見るのは初めてだった。
(勉強は強気なのに、恋には弱気だなんて……)

呆気に取られて、何も言えなかった。

「……K大、落ちるの怖いわ」

「けどさ、落ちても進む道があるでしょ? ……たぶん」

「たぶん、ね」

夏梅のその表情は少し柔らかくなっていた。



 学校を出て、ふたりは並んで歩いた。
冬の空気は冷たかったが、不思議と背筋は伸びていた。

「夏梅……あんたが書いた英作文、メールで送ってみて。よかったら添削するから。それから、冬期講習でも見てやるわ。覚悟しといて」

「ふん。手加減なしでよろしく」

ふたりの歩幅は、自然と揃っていった。

「わたし……ずるいよね。桜井さんが頑張ってたの、知っていたのに。酷いこと言ったわ」

「わたしだって、夏梅がどれだけ頑張ってるか、分かってるよ」

ふたりの間に、しばらく静かな時間が流れた。

そして、夏梅は不器用に笑った。

「なんか不思議ね。あんたに教わるなんて」

「ふふん。合格したら、"thank you" って言いなさいよね」

そして、桜井は立ち止まった。

「じゃ、夏梅、わたしはここで」

「ええ、またね。あ、……えっとー、……サトシ先生によろしく」

「うん」

桜井は顔を赤く染めてうなずき、手を振った。
夏梅は、いつものように姿勢正しくお辞儀をしてから手を振り返した。

「ごきげんよう」

(なんだ、夏梅って、めっちゃいいやつじゃん!)
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