革命のエチュード

鳴真 のわか

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ふたりの愛憎編

04.陥落 ──秋人

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本当に悔しいけれど、東城の弾くショパンには勝てないなと思っている。ショパンは「ピアノの詩人」と称されることが多いのだが、上手く感情表現をしないと彼の美しい曲を表現できないのだ。
甘く繊細なメロディの数々は東城の性格や身のこなしによく似ていて、ショパンを弾くために生まれてきたのではないかと思うほど。
悔しいからそんなことは死んでも口に出してやるつもりはないが、俺を負かした男として一生ピアノを弾くぐらいのことはしてもらわなければ困る。

「……Der kleine Walzer」

ワルツ 第6番 変ニ長調 作品64-1。ショパンのピアノ独奏曲が聞こえてきて、ゆっくりと瞼を押し上げた。
机に向かっている東城の背中が見える。彼の指先が机を叩いていて、そばに置かれたスマートフォンからピアノの音が流れてきているようだった。
俺の呟いた声が聞こえたのか、椅子から立ち上がった東城がベッドの前までやってくる。
窓から差し込んでくる朝日に照らされて、東城の笑顔がいつにも増して輝いて見えた。……眩しい。

「月島、おはよう。起こしちゃった?」
「や……べつに。うるさかったわけじゃないし」

ベッドから起き上がると、ふいに東城の手が伸びてきて頬に触れる。触れられた瞬間、昨日のキスを思い出して顔に熱が集中してそれ隠すように俯いた。
恥ずかしい、東城の顔を直視できない。
愛してるって言われて、それからキスをされて…。俺と東城は恋人同士になったってことなんだろうか、これは。

「なぁ、さっきなんて言った? もっかい言って」

ベッドの上に膝をついて距離を詰められ、おずおずと顔を上げた。不思議と嫌な気持ちにならないのは、東城が相手だからだろうか。
昨日キスをされた時も思ったけど、東城のスキンシップのとり方は少し強引だ。あんなに優しいピアノを弾くくせに、土足のまま俺の心を踏み荒らしてくる。

「さっき?」
「起きた時になんか呟いてただろ?」

両手で頬を撫でながら、互いの額を優しく擦り合わせるようにくっつけてくる。
甘い、本当に甘い。その声も、仕草も、なにもかもが甘すぎる。

「え、っと……"Der kleine Walzer"?」
「あー、それだそれ。もしかして"子犬のワルツ"って意味? やっぱドイツ語は響きがごっついなぁ」
「んっ」

一瞬だけ唇が触れ合い、ますます昨日のことが鮮明に思い出されてしまった。
ぐっと体重をかけられ、さっき起き上がったばかりの俺の身体がふたたびベッドに沈みこむ。抵抗する暇もなくキスが深くなっていって背筋が震えた。

「やっ……とぅ、じょ…っ」
「いいだろ? 今日は学校休みなんだからさ。ピアノは午後にでも好きなだけ弾けばいいよ」
「んん…っ!」

必死で逃げていた舌をつかまえられ、勢いよく吸い上げられてしまった。
背筋がゾクゾクッと震える。こんな感覚、知らない。

「は、…っいいわけあるか! 逆だよ逆! せっかく授業がないんだぞ!? 朝から晩までピアノ弾かせろよ!」

なんとか東城のキスから逃げて主張するも、東城は楽しそうに笑っているだけだった。本当に俺の話を聞いているのかどうかも怪しい。

「大丈夫、少し休んだぐらいじゃ月島秋人のピアノは錆びつかないよ」
「んんっ…! ちょ、っと…! 東城っ!」

自分は早くから起きてクラシックに浸っていたというのに、ずいぶん適当なことを言うものだ。
額、鼻筋、頬、そして唇。東城のキスが顔中に降ってきて、甘すぎて目眩がするかと思った。
東城の右手はずっと俺の髪を撫でているし、これはいったい…?

「月島さ、放課後はほとんど毎日レッスン室に行ってるだろ? 最近は夜遅くまで譜読みもしてるし。だから大丈夫だよ、少しぐらいなら神様も目を瞑ってくれるって」
「神様とかじゃなくて、俺が許せないって話なんだけど…」
「大丈夫、俺が許してあげるから」

こいつは本当に俺の話を聞いてくれていないらしい。
でも東城のキスは気持ちいいし、抱きしめられたら安心するし。本当に少しだけ、すこーしだけなら…?
背中に腕を回して身体を寄せると、喉の奥で低く笑う気配がした。

「ありがとう、月島。大好きだよ」
「……Ich liebe dich?」

昨日東城に教えたばかりのドイツ語を口にすると、髪を撫でていた右手が動きを止めた。

「うん、そう。それだ。俺もちゃんと言えるようになるといいな」
「……なれるよ、きっと」

我ながら甘いことを言っていると思う。恋人ができるってこういうことなんだろうか。
甘い言葉を囁き合って、いちばん大切な言語で愛してるって交換して。
つい最近までドイツに帰りたいなんて思っていたのに、すっかり東城に絆されてしまっている。でもいいよな、幸せなんだから。

「月島、キスして。今度は月島の方から」
「…っ…!」

こうして俺は予期せぬ甘さに溺れていくことになったのである。
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