革命のエチュード

鳴真 のわか

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ラスボス対決編

27.父のこと ──秋人

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今夜も俺は陽介と同じベッドで眠る。

「はい、どうぞ」

ベッドに座った陽介が目を閉じ、両腕を広げて待っている。
陽介は決して自分から俺に触れようとしなかった。俺が好きなように、怖いと思わない触れ方をしてくれと訴えてくるのだ。

「……陽介、好き」

陽介が大きく開いた脚の間に膝を沈ませながら両肩を掴み、耳元に唇を寄せて愛の言葉を送る。
陽介は動かなかった。広げられた腕が僅かに震えている。

「Ich liebe dich, Mein süßer Liebhabe.(愛してるよ、俺の可愛い恋人)」

ドイツ語でも言葉を重ねると、陽介がわかりやすく喉を鳴らした。でもまだ動かない。
肩を掴んだ手に力を入れると、まったく抵抗することなく後ろに倒れた。

「キス、して。深いやつ」

頬に触れながら唇を寄せると、そこでやっと陽介が目を開いた。

「俺から?」
「してほしい……駄目?」
「……いいよ」
「ん…っ」

大丈夫、大丈夫。陽介はもう俺に痛いことなんてしない。酷いこともしない。
なるべく身体の力を抜いて陽介のキスを受け入れ、唇を薄く開く。後頭部を柔らかく撫でられて唇が深まった。

「…っぁ、……んん…っ」

上顎を擦り上げるように舌が這ってきて、恐怖からではない震えが背筋を駆け上がった。背中に触れる手が宥めるように動く。

「大丈夫? なぁ、これは気持ち良くて震えてる?」
「…っも…! なんでもかんでも聞いてくるなよぉ…っ」
「なんで? 聞かなきゃわからないだろ?」

いよいよ恥ずかしくなってきてしまって、肩口に顔を埋めて陽介の視線から外れる。
笑いを堪えているせいか、陽介まで震え始めた。なんだか悔しくて目の前にある肩を叩く。

「もう寝る! 今日は終わり! 寝る!」
「ふふっ、わかったよ。今日は終わり、な」

俺を抱きしめたまま陽介が身体を転がし、横向きで向かい合うような形にさせられる。
陽介の笑ってる顔、久し振りに見たかもしれない。理由はちょっと気に食わないけど楽しそうだ。
最近気付いたけど、陽介はちょっとだけツリ目だな。目尻がほんの少しだけつり上がってて、緩やかに細められると表情が柔らかくなって可愛い。
そう、アレだ。ちょっとだけアレみたいなんだよな。

「mein süßes Kätzchen?(俺の可愛い子猫ちゃん?)…っふ、ふふ…!」

なーんてな。そんなこと言ってみたりしてな!

「は? なに? なんて言った?」
「んー、内緒」

明日はいよいよ父さんに会う日だ。俺に会いたがってくれてるらしいけど、どんな話が聞けるんだろう?
たくさん話したいな。陽介が母さんと仲良くなってくれたみたいに、俺も父さんと仲良くなれるといいなぁ。
まだなにか言いたそうな陽介を無視して、胸に顔を埋めて目を閉じた。


***


父さんとは近所のファミレスで待ち合わせしている。

「秋人、ちょっといいか?」
「んー?」

寮の部屋を出る間際、陽介が真剣な顔をして声を掛けてきた。なにかあったのかと思って俺も表情を引き締める。
自分のベッドに腰を下ろす陽介の隣に座ると、ゆっくり深呼吸してから口を開いた。

「あの……一応。一応、な。父さんに会う前に伝えとこうと思って」
「うん…?」
「秋人は母さんと結構仲がいいと思うんだけど、俺と父さんはその……あんまり仲が良くなくて」
「……うん」

だいぶ言葉を選んでくれてるな、これは。隣で電話を聞いてる時もそれはちょっと思ってたけど…。
一瞬だけ視線を外してなにか考え込むような素振りを見せた陽介は、しかしすぐに意を決したように目を合わせてきた。

「音楽をやってる人でもないし、ハーフとかクォーターとかそういうのでもないし…。たぶん海外にも行ったことないんじゃないかな。いままで秋人が出会ったことがない人種だと思うんだよ」
「そんなこと…」
「あるんだよ。ほんとに音楽の素人だから何回も派手な喧嘩してさぁ」

陽介がいきなり遠い目をした。
喧嘩? 俺はあんまり母さんとしたことないかもな。

「たとえば……そうだな、結局うちには電子ピアノしか置いてなかったりするし」
「えぇっ!? ……っと、ごめん」

衝撃の事実すぎて、思わず反射で大きな声が出てしまった。
陽介が苦笑いする。傷付いてはいないようだったけど、どこか諦めているような顔だった。

「いい、いいよ。うちの学校でピアノやってる奴らの中でも俺の家ぐらいだと思うし」
「そんなことないんじゃ…」
「もちろん電子ピアノが悪いとは言わないよ。調律しなくてもいいっていうメリットはあるし、なにより安いしな。……よし、そろそろ出るか」

チラッとスマートフォンの画面を確認して時間を見た陽介が立ち上がる。
いよいよ、だ。やっと父さんに会えるんだ。

「でもさ、母さんが言ってたよ。父さんは母さんのピアノのことを世界一愛してくれたって」
「へぇ? そんなロマンチックなこと言うんだな、あの人」

部屋から出て鍵をかける陽介を見ながら、なんとかしてテンションを上げてみようと試みる。でも駄目だった、失敗した…。
密かに落ち込んでいると、俺の様子を見てなにかしら思ったらしい陽介が小さくため息をついた。

「まぁ、その…。秋人が母さんと仲良すぎるっていうのもあると思うけどな。もう高校生なんだし」
「そんなに仲良しなつもりないんだけど…」
「いいよ、微笑ましいから二人はぜひそのままでいてくれ」

微笑ましい…? それは褒められているんだろうか。ニュアンスがよくわからないな。
寮の廊下を二人で並んで歩き、寮務室の前にあるホワイトボードに貼られている自分の名札を裏返す。外出する時はこうする決まりなのだ。

「陽介、本当にありがとう。父さんに連絡とってくれて」

寮を出てすぐに件のファミレスが見えてくる。緊張を隠すように陽介に声を掛けると、なんとも複雑そうな顔をされた。

「いい、けど。……ほんとに、幻滅だけはしないでくれよ」
「しないってば! なんで自分の父親のことそんな言い方するんだよ、もうっ…」

俺はなんとなく、無意識に信じていたのだ。親は子どものことを絶対に愛してくれてるって。
母さんは仕事で忙しい人だったけど、俺のことを愛してくれているのは伝わってたからそういう意味で寂しい思いをしたことがなかったのだ。もう少しいっしょにいたかったな、とかそういう気持ちはもちろんあったけど。
だからまさか、陽介が本気で父さんのことをよく思っていないなんて思いもしなくて…。

「……それじゃあ、行こうか。大丈夫?」
「うん、俺はいつでも!」

俺の返事を聞いて、陽介が意を決したようにファミレスのドアを開けた。
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