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王都の喧騒が遠ざかり、馬車の中には心地よい揺れと、旅の途中で採取したハーブの香りが満ちていました。
「ふぅ。やっぱり王都の空気は、私の肺胞(はいほう)には刺激が強すぎましたわ。ゼノス様、見てください。この『月光草』、王都にいた間は少し元気がなかったのに、門を出た瞬間にシャキッとしましたわよ」
ユーリは膝の上の鉢植えを愛おしそうに撫で、上機嫌で鼻歌を歌っています。
しかし、隣に座るゼノスの様子がどこか変でした。
「……ゼノス様? どうされました? 顔色が、窒素過多で黒ずんだ葉っぱのようですわよ」
「……別に、なんでもない。……少し、考え事をしていただけだ」
ゼノスは窓の外を見つめたまま、ぶっきらぼうに答えました。その周囲には、無意識のうちに鋭い「茨の魔力」がチクチクと漂っています。
「嘘をおっしゃい。あなたのそのトゲ、今は『不審者への警戒』ではなく、『内側に籠もった熱を逃がせない』時の出方ですわ。……さては、王宮のキッチンで食べたパイが胃に凭(もた)れているのではありませんか?」
「違う。……あの男のことだ」
ゼノスは、不機嫌そうに唇を噛みました。
「あの男……? ああ、あの干からびたヒマワリ(元王太子)のことですか?」
「……そうだ。あんな無様に地面を這いずり回って、貴様に縋り付いて……。あんな男、私の茨で細切れにして肥溜めに放り込めばよかった」
ゼノスの声には、これまでにないほど強い拒絶の色が混じっていました。
「まあ! ゼノス様、そんな贅沢なことを。殿下の魔力は不純物が多いですから、肥溜めに入れたら発酵が止まってしまいますわ」
「そういう問題ではない! ……ユーリ、貴様は、あの男に復縁を迫られて……少しは心が揺れなかったのか?」
ゼノスがガバッとユーリの方を向き、彼女の肩を掴みました。
その瞳は、獲物を狙う猛禽類のような鋭さと、捨てられた子犬のような不安が同居しています。
「揺れる……? ええ、確かに揺れましたわ。あまりに情けない姿だったので、笑いすぎて横隔膜が激しく振動しましたわね」
「……それだけか?」
「それだけですわ。……ゼノス様、もしかして、私が王都に残るとでも思われました?」
ユーリはきょとんと目を丸くしました。
「……当たり前だろう。あちらは一国の王太子だ。私の領地は不毛な辺境で、住まいは岩山。貴様のような公爵令嬢には、王都の方がふさわしいのではないかと……」
ゼノスの手が、微かに震えていました。
「馬鹿なことを言わないでください、ゼノス様」
ユーリは、自分の肩に乗ったゼノスの大きな手に、そっと自分の手を重ねました。
「王都の土は、もう私には合いません。あそこは、表面だけを取り繕った『造花』が似合う場所です。私は……私の根っこは、もうあなたの隣にしか張れないようになっているんですのよ」
「ユーリ……」
「それに、思い出してくださいな。私たちの『茨の楽園』を。あのふかふかの堆肥、ゼノス様が一生懸命耕した畝(うね)、そして夜通し語り合った植物の未来……。あんなに栄養満点な場所を捨てて、わざわざ砂漠(王宮)に戻る植物がどこにいますか?」
ユーリは満面の笑みで、ゼノスの鼻先をツンと突きました。
「私は、ゼノス様という『最高の肥料』を独占したいのです。……あ、いえ、間違えました。最高の『パートナー』でしたわね」
「…………。今の言い直しは、わざとか?」
ゼノスは顔を真っ赤に染めましたが、掴んでいた手の力を少しだけ強め、そのままユーリを自分の方へと引き寄せました。
「……いいか、ユーリ。貴様は私の庭の主(あるじ)だ。他の誰にも、一輪の花さえ触らせるつもりはない」
「まあ、ゼノス様。独占欲の強いバラみたいで素敵ですわ」
「……ふん。これからはもっとトゲを鋭くしておく。……貴様に虫がつかないようにな」
ゼノスは満足げに鼻を鳴らし、ようやく魔力のトゲを引っ込めました。
そのまま、ユーリを抱き寄せたまま窓の外を眺めます。
「……ゼノス様、ちょっと心拍数が高すぎませんか? まるで成長期の竹のような、凄まじいエネルギーを感じますわ」
「……うるさい。黙っていろ」
二人の距離は、王都を出る前よりもずっと、密接に、そして深く「接ぎ木」されたのでした。
馬車は、夕闇に包まれ始めた街道を、二人の幸せな(そして少し植物臭い)空気を乗せて、辺境へと急ぎました。
「ふぅ。やっぱり王都の空気は、私の肺胞(はいほう)には刺激が強すぎましたわ。ゼノス様、見てください。この『月光草』、王都にいた間は少し元気がなかったのに、門を出た瞬間にシャキッとしましたわよ」
ユーリは膝の上の鉢植えを愛おしそうに撫で、上機嫌で鼻歌を歌っています。
しかし、隣に座るゼノスの様子がどこか変でした。
「……ゼノス様? どうされました? 顔色が、窒素過多で黒ずんだ葉っぱのようですわよ」
「……別に、なんでもない。……少し、考え事をしていただけだ」
ゼノスは窓の外を見つめたまま、ぶっきらぼうに答えました。その周囲には、無意識のうちに鋭い「茨の魔力」がチクチクと漂っています。
「嘘をおっしゃい。あなたのそのトゲ、今は『不審者への警戒』ではなく、『内側に籠もった熱を逃がせない』時の出方ですわ。……さては、王宮のキッチンで食べたパイが胃に凭(もた)れているのではありませんか?」
「違う。……あの男のことだ」
ゼノスは、不機嫌そうに唇を噛みました。
「あの男……? ああ、あの干からびたヒマワリ(元王太子)のことですか?」
「……そうだ。あんな無様に地面を這いずり回って、貴様に縋り付いて……。あんな男、私の茨で細切れにして肥溜めに放り込めばよかった」
ゼノスの声には、これまでにないほど強い拒絶の色が混じっていました。
「まあ! ゼノス様、そんな贅沢なことを。殿下の魔力は不純物が多いですから、肥溜めに入れたら発酵が止まってしまいますわ」
「そういう問題ではない! ……ユーリ、貴様は、あの男に復縁を迫られて……少しは心が揺れなかったのか?」
ゼノスがガバッとユーリの方を向き、彼女の肩を掴みました。
その瞳は、獲物を狙う猛禽類のような鋭さと、捨てられた子犬のような不安が同居しています。
「揺れる……? ええ、確かに揺れましたわ。あまりに情けない姿だったので、笑いすぎて横隔膜が激しく振動しましたわね」
「……それだけか?」
「それだけですわ。……ゼノス様、もしかして、私が王都に残るとでも思われました?」
ユーリはきょとんと目を丸くしました。
「……当たり前だろう。あちらは一国の王太子だ。私の領地は不毛な辺境で、住まいは岩山。貴様のような公爵令嬢には、王都の方がふさわしいのではないかと……」
ゼノスの手が、微かに震えていました。
「馬鹿なことを言わないでください、ゼノス様」
ユーリは、自分の肩に乗ったゼノスの大きな手に、そっと自分の手を重ねました。
「王都の土は、もう私には合いません。あそこは、表面だけを取り繕った『造花』が似合う場所です。私は……私の根っこは、もうあなたの隣にしか張れないようになっているんですのよ」
「ユーリ……」
「それに、思い出してくださいな。私たちの『茨の楽園』を。あのふかふかの堆肥、ゼノス様が一生懸命耕した畝(うね)、そして夜通し語り合った植物の未来……。あんなに栄養満点な場所を捨てて、わざわざ砂漠(王宮)に戻る植物がどこにいますか?」
ユーリは満面の笑みで、ゼノスの鼻先をツンと突きました。
「私は、ゼノス様という『最高の肥料』を独占したいのです。……あ、いえ、間違えました。最高の『パートナー』でしたわね」
「…………。今の言い直しは、わざとか?」
ゼノスは顔を真っ赤に染めましたが、掴んでいた手の力を少しだけ強め、そのままユーリを自分の方へと引き寄せました。
「……いいか、ユーリ。貴様は私の庭の主(あるじ)だ。他の誰にも、一輪の花さえ触らせるつもりはない」
「まあ、ゼノス様。独占欲の強いバラみたいで素敵ですわ」
「……ふん。これからはもっとトゲを鋭くしておく。……貴様に虫がつかないようにな」
ゼノスは満足げに鼻を鳴らし、ようやく魔力のトゲを引っ込めました。
そのまま、ユーリを抱き寄せたまま窓の外を眺めます。
「……ゼノス様、ちょっと心拍数が高すぎませんか? まるで成長期の竹のような、凄まじいエネルギーを感じますわ」
「……うるさい。黙っていろ」
二人の距離は、王都を出る前よりもずっと、密接に、そして深く「接ぎ木」されたのでした。
馬車は、夕闇に包まれ始めた街道を、二人の幸せな(そして少し植物臭い)空気を乗せて、辺境へと急ぎました。
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