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王都、シュタイゼン王宮。
かつては美食の香りが漂っていたその場所は、今や「見た目だけは美しいが、味の薄い何か」に支配されようとしていました。
「……マリア。今日のこのスープだが。……なんだか、バラの香りはするが、肝心の出汁の味が全くしないのは気のせいか?」
ジュリアン王子が、豪華な金縁の皿を前に、困惑した表情でスプーンを止めました。
彼の目の前に座るマリアは、ふわふわとしたドレスを揺らし、聖女のような微笑みを浮かべています。
「まあ、ジュリアン様。味なんて野蛮なことを仰るなんて。これからは『映え』の時代ですわ。このスープには、一滴で金貨一枚もする最高級のローズオイルをたっぷり垂らしてありますの。……その代わり、お肉の予算はドレスの刺繍代に回しましたけれど」
「……肉の予算を、刺繍に? だが、私は最近、ずっとこの『バラ味のお湯』ばかり飲んでいる気がするのだが」
「あら、我慢してくださいませ。真実の愛があれば、お腹なんて空かないはずでしょう?」
マリアが首を傾げると、ジュリアン王子は力なく「……そうだな」と頷くしかありませんでした。
しかし、彼の腹虫は、空気を読まずに「ぐぅぅ」と情けない音を立てます。
王宮の厨房では、料理長が頭を抱えて座り込んでいました。
「……もう限界だ。マリア様の命令で、栄養価の高い地味な食材はすべて『美しくない』という理由で廃棄された。代わりに届くのは、食べられもしない装飾用の青い花ばかり……!」
「料理長、衛兵たちも暴動寸前です! 『バラの香りのするパンなんて食えるか! ラテ様がいた頃の、あのギトギトした、でも旨い肉を食わせろ!』と叫んでいます!」
見習い料理人が泣きそうな顔で報告に走ってきます。
かつてラテは、その食い意地の張った情熱ゆえに、厨房の予算管理には異常に厳しかったのです。
彼女は自分が美味しいものを食べるために、最高級の食材を安く仕入れるルートを独自に開拓し、無駄な装飾費を削ってでも「味」を最優先させていました。
「……ああ、ラテ様。あなたのあの『昨日の余った肉を最高に旨いソースで煮込みなさい!』という怒号が懐かしい……。あなたは強欲だったが、決して食を蔑ろにはしなかった……」
料理長が涙を流している一方で、王宮の財政担当者もまた、胃に穴が開く思いをしていました。
「……担当官! マリア様がまた、『宝石を散りばめた特製マカロン』を三千個発注しました! すべて彼女のSNS(社会的評判)を上げるための、配り物にするそうです!」
「……馬鹿な! その予算は、冬に備えた小麦の備蓄金だぞ! このままでは、王都の民が飢えてしまう!」
マリアの「贅沢」は、単なる浪費ではありませんでした。
彼女は「美しさ」と「清らかさ」をアピールするために、食べられもしない豪華な装飾品に国の食糧予算を注ぎ込み、実質的な食糧危機を引き起こし始めていたのです。
「……ねえ、ジュリアン様。なんだか最近、街の人たちの顔色が悪いようですわ。きっと、私たちの愛が眩しすぎるんですのね」
マリアは、窓の外で痩せ細った顔をして歩く領民たちを見ながら、能天気にそう言いました。
「……ああ、そうかもしれないな。……。……はあ、なんだか少し、頭がふらふらする。マリア、昨日の夜食の残りは……」
「ありませんわよ。昨日の残りは、『美しくない』ので全部捨てさせましたわ。食べ物を使い回すなんて、愛に対する冒涜ですもの!」
ジュリアン王子は、その瞬間、脳裏に一人の女の顔が浮かびました。
泥だらけになりながら、焼きたてのローストビーフを「一切れでいいから!」と叫んでいた、あの強欲な婚約者の姿が。
(……ラテ。お前、あんなに肉が好きだったのに、どうして一度も『バラの香り』の料理なんて欲しがらなかったんだ……?)
今さらながら、彼は気づき始めていました。
食とは、愛や理想だけで満たされるものではないという、あまりにも当たり前の事実に。
一方、その頃。
ヴォルフ領では、ラテが巨大な木桶に入った「自家製味噌」の熟成をチェックしながら、高笑いをしていました。
「ふふふ、見てください、カシアン様! この芳醇な香り! これを猪の脂と合わせれば、もう王都なんて戻りたくなくなりますわよ!」
「……ああ。お前が来てから、我が領の食糧自給率は爆上がりだ。……王都で何が起きているかは知らんが、お前を追い出した報いを、彼らは胃袋で受けているようだな」
カシアン様が、ホクホクのご飯を片手に、満足そうに頷きました。
王都を襲う、華やかな飢餓。
そして、辺境を包む、泥臭いまでの豊穣。
婚約破棄から始まった二人の運命は、食卓の上で、決定的な差をつけようとしていたのです。
かつては美食の香りが漂っていたその場所は、今や「見た目だけは美しいが、味の薄い何か」に支配されようとしていました。
「……マリア。今日のこのスープだが。……なんだか、バラの香りはするが、肝心の出汁の味が全くしないのは気のせいか?」
ジュリアン王子が、豪華な金縁の皿を前に、困惑した表情でスプーンを止めました。
彼の目の前に座るマリアは、ふわふわとしたドレスを揺らし、聖女のような微笑みを浮かべています。
「まあ、ジュリアン様。味なんて野蛮なことを仰るなんて。これからは『映え』の時代ですわ。このスープには、一滴で金貨一枚もする最高級のローズオイルをたっぷり垂らしてありますの。……その代わり、お肉の予算はドレスの刺繍代に回しましたけれど」
「……肉の予算を、刺繍に? だが、私は最近、ずっとこの『バラ味のお湯』ばかり飲んでいる気がするのだが」
「あら、我慢してくださいませ。真実の愛があれば、お腹なんて空かないはずでしょう?」
マリアが首を傾げると、ジュリアン王子は力なく「……そうだな」と頷くしかありませんでした。
しかし、彼の腹虫は、空気を読まずに「ぐぅぅ」と情けない音を立てます。
王宮の厨房では、料理長が頭を抱えて座り込んでいました。
「……もう限界だ。マリア様の命令で、栄養価の高い地味な食材はすべて『美しくない』という理由で廃棄された。代わりに届くのは、食べられもしない装飾用の青い花ばかり……!」
「料理長、衛兵たちも暴動寸前です! 『バラの香りのするパンなんて食えるか! ラテ様がいた頃の、あのギトギトした、でも旨い肉を食わせろ!』と叫んでいます!」
見習い料理人が泣きそうな顔で報告に走ってきます。
かつてラテは、その食い意地の張った情熱ゆえに、厨房の予算管理には異常に厳しかったのです。
彼女は自分が美味しいものを食べるために、最高級の食材を安く仕入れるルートを独自に開拓し、無駄な装飾費を削ってでも「味」を最優先させていました。
「……ああ、ラテ様。あなたのあの『昨日の余った肉を最高に旨いソースで煮込みなさい!』という怒号が懐かしい……。あなたは強欲だったが、決して食を蔑ろにはしなかった……」
料理長が涙を流している一方で、王宮の財政担当者もまた、胃に穴が開く思いをしていました。
「……担当官! マリア様がまた、『宝石を散りばめた特製マカロン』を三千個発注しました! すべて彼女のSNS(社会的評判)を上げるための、配り物にするそうです!」
「……馬鹿な! その予算は、冬に備えた小麦の備蓄金だぞ! このままでは、王都の民が飢えてしまう!」
マリアの「贅沢」は、単なる浪費ではありませんでした。
彼女は「美しさ」と「清らかさ」をアピールするために、食べられもしない豪華な装飾品に国の食糧予算を注ぎ込み、実質的な食糧危機を引き起こし始めていたのです。
「……ねえ、ジュリアン様。なんだか最近、街の人たちの顔色が悪いようですわ。きっと、私たちの愛が眩しすぎるんですのね」
マリアは、窓の外で痩せ細った顔をして歩く領民たちを見ながら、能天気にそう言いました。
「……ああ、そうかもしれないな。……。……はあ、なんだか少し、頭がふらふらする。マリア、昨日の夜食の残りは……」
「ありませんわよ。昨日の残りは、『美しくない』ので全部捨てさせましたわ。食べ物を使い回すなんて、愛に対する冒涜ですもの!」
ジュリアン王子は、その瞬間、脳裏に一人の女の顔が浮かびました。
泥だらけになりながら、焼きたてのローストビーフを「一切れでいいから!」と叫んでいた、あの強欲な婚約者の姿が。
(……ラテ。お前、あんなに肉が好きだったのに、どうして一度も『バラの香り』の料理なんて欲しがらなかったんだ……?)
今さらながら、彼は気づき始めていました。
食とは、愛や理想だけで満たされるものではないという、あまりにも当たり前の事実に。
一方、その頃。
ヴォルフ領では、ラテが巨大な木桶に入った「自家製味噌」の熟成をチェックしながら、高笑いをしていました。
「ふふふ、見てください、カシアン様! この芳醇な香り! これを猪の脂と合わせれば、もう王都なんて戻りたくなくなりますわよ!」
「……ああ。お前が来てから、我が領の食糧自給率は爆上がりだ。……王都で何が起きているかは知らんが、お前を追い出した報いを、彼らは胃袋で受けているようだな」
カシアン様が、ホクホクのご飯を片手に、満足そうに頷きました。
王都を襲う、華やかな飢餓。
そして、辺境を包む、泥臭いまでの豊穣。
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