婚約破棄のショックで食欲が……倍増しました!

鏡おもち

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「ラテ・ベルモンド! 喜ぶがいい、ジュリアン王子殿下からの慈悲深いお言葉である!」

黒狼城の重厚な門の前に、キンキラキンの甲冑を着た、いかにも「王都の貴族です」と言わんばかりの使者が現れました。
彼は鼻持ちならない態度で羊皮紙を広げ、朗々と読み上げ始めます。

「『ラテよ。お前がいなくなってから、王宮の厨房は混乱を極めている。マリアも、お前のあのがめついまでの食材管理能力だけは認めているようだ。特別に罪を許してやる。今すぐ戻り、以前のように私のために……いや、王宮のために腕を振るえ』とのことだ!」

私は、ちょうどカシアン様と一緒に「干し肉の旨味を凝縮させた特製ポタージュ」を試飲していたところでした。
使者の言葉を聞いた瞬間、私の喉を通りかけようとしていた絶品のスープが、盛大に逆流しそうになりましたわ。

「……ゲホッ、ゴホッ! な、なんですって? 今、なんて仰いましたの?」

「聞こえなかったのか? 王子殿下が、わざわざお前を呼び戻してやると仰っているのだ! 感謝して、今すぐ荷物をまとめろ」

私は、口元をハンカチで拭い、ゆっくりと立ち上がりました。
隣では、カシアン様が氷のような冷気を放ちながら、腰の剣に手をかけています。
……いけませんわカシアン様。こんな「頭にバラの蕾でも詰まっていそうな使者」を斬って、あなたの剣を汚す必要はありません。

「使者の方。一つ、確認させてくださいまし。王子は私に『戻ってきて料理を作れ』と仰ったのですわね?」

「そうだ。光栄に思え!」

「ふ……ふふふ。あーっはっはっはっは!」

私は、ヴォルフ領の山々に響き渡るような、高笑いを上げました。
あまりの可笑しさに、お腹の皮が捩れそうですわ。

「笑っている場合か! これは王命に等しいのだぞ!」

「いいえ、笑わずにはいられませんわ! 使者さん、あなた、王子のあの言葉を翻訳して差し上げましょうか? あれは『マリアの贅沢で食費が底をつき、不味いバラ味の食事に飽きたから、都合の良い飯炊き女として戻ってこい』と言っているに過ぎませんわよ!」

「なっ……不敬であるぞ!」

「不敬? 本当の不敬は、一度私を捨てた分際で、お腹が空いたからと呼び戻そうとする、あの王子の浅ましさのことですわ! いいですか、私の料理は、私の料理を心から待ち望み、一滴のソースまで愛してくれる人のためにあるのです!」

私は一歩、使者の方へ詰め寄りました。
私の気迫に、使者が思わず後ずさりします。

「今の私には、この地で共に汗を流し、獲物を狩り、『美味しい!』と顔を輝かせてくれる騎士たちがいます。そして、私のわがままを渋々聞きながらも、最高の火加減で肉を焼いてくれる旦那様(予定)がいるのです!」

「だ、旦那様だと!? カシアン・ヴォルフ、貴様、この悪女を誑かしたのか!」

「……言葉を慎め」

カシアン様が、地を這うような低い声で遮りました。
彼の周りの空気が、一瞬で凍りつきます。

「ラテは、この地の宝だ。彼女がいなければ、我が領の民は冬を越す楽しみを失う。……ましてや、彼女を『都合の良い料理番』として連れ戻そうなどという無礼、この騎士団長カシアンが許さない」

カシアン様が私の肩に手を置き、力強く引き寄せました。
あら……。なんだか、今日のカシアン様は、いつもの三倍は格好良く見えますわね。
まるで、霜降りの極上和牛を見た時のようなときめきを感じますわ!

「……聞こえましたか、使者さん。私の答えは『ノー』ですわ。いえ、『永久不滅のノー』です! 王子にはこう伝えなさいな」

私は使者の鼻先に指を突きつけ、最高に意地悪な笑みを浮かべました。

「『バラの香りのスープでも飲んで、お腹を凹ませていなさい。私は、カシアン様が焼いてくれたジューシーな猪のステーキを、今からお代わりしなければなりませんので、忙しいのです!』……とね!」

「そ、そんなことを言えば、ただでは済まないぞ! 公爵家も、お前のこの不遜な態度を知れば……!」

「父なら、既に『肉が美味いので帰りません』という手紙に、ご丁寧に『送料着払い』で干し肉を添えて送ってありますわよ。……さあ、帰りなさい! これ以上長居するなら、今夜のメインディッシュの『隠し味』にして差し上げますわ!」

「ひ、ひぃぃぃーっ! 覚えていろ!」

使者は、尻尾を巻いて逃げ出して行きました。
キンキラキンの甲冑がガシャガシャと音を立てて遠ざかるのを、私は清々しい気持ちで見送りました。

「……ふう。お腹が空きましたわね、カシアン様。不愉快なものを見ると、エネルギーの消耗が激しいですわ」

「……ラテ。お前、本当にいいのか? 王都へ戻れば、再び公爵令嬢としての地位も、贅沢な暮らしも手に入ったはずだぞ」

カシアン様が、不安そうに私を覗き込んできました。
……もう。この方は、どうしてこう自分に自信がありませんの。

「地位? 贅沢? そんなもの、炊き立てのご飯とお味噌汁のセットに比べれば、ゴミ同然ですわ。それに……」

私はカシアン様の胸板に、ぽんと手を当てました。

「私は、あなたという『最高のメインディッシュ』を見つけてしまったのですもの。今さら、味のしない王子の相手なんて、御免被りますわよ」

「………メインディッシュか。……お前らしい、最高の愛の言葉だな」

カシアン様は、今度は本当に嬉しそうに笑い、私の手をギュッと握りしめました。

「よし。今夜は、お前の好きなあの『お米』を山ほど炊こう。……王都の奴らには、一生味わえない至福の時間を過ごさせてやる」

「楽しみですわ、カシアン様! あ、でも、お代わりは三杯までですよ?」

「………そこは四杯にしてくれないか?」

私たちは、肩を並べて厨房へと向かいました。
王都の喧騒なんて、今の私たちには無縁の出来事。
美味しい食事と、愛する人。
それさえあれば、この辺境の地こそが、世界で一番の楽園なのですわ!
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