婚約破棄、ありがとう!二度近づかないでください!

鏡おもち

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「さあ、両者! 位置につきなさい! これより『アシュクロフト温泉郷建設記念・第一回ロイヤル・デスマッチ……風・資産価値証明会』を執り行いますわ!」


リリアンの高らかな宣言が、特設リングに響き渡った。
周囲を囲む領民たちは、マリアから購入した「爆裂玉蜀黍(ポップコーン)」を頬張りながら、物珍しそうにリングを見つめている。


リングの上では、豪華な装飾を施されたレンタル衣装に身を包んだセドリックが、額に汗を浮かべて剣を構えていた。
対するギルバートは、上半身裸のまま、右手に巨大なスパナ、左手に計量器という、もはや騎士とは呼べない出で立ちで立っている。


「ギルバート・レインワース! 覚悟しろ! この剣で、君の不敬を……そしてリリアンへの不当な拘束を断ち切ってやる!」


「ですから殿下。俺は別に不敬を働いているわけじゃなくて、ただの……」


ギルバートが説明を諦めて溜息をついた、その時。
リリアンが銀の笛を鋭く吹き鳴らした。


「お待ちなさい! 誰が『剣』で戦うと言いましたの? そんな前時代的な、エネルギー消費量の多い野蛮な解決策、私の領地では認められませんわ。血を流せば清掃コストがかかり、怪我人が出れば医療費という名の損失が発生します。非合理的ですわ!」


「な、何だと!? 決闘と言えば剣に決まっているだろう!」


セドリックが呆然と叫ぶ。
リリアンは、マリアが差し出したシルクハットを受け取り、そこから一枚のカードを取り出した。


「これより行われるのは、三段階の『合理的生存能力・検証試験』ですわ。勝者は、私の経営パートナーとしての優先権を得られます。……まあ、敗者には『無能な通行人』というレッテルと、多額の観戦料請求が待っているだけですけれど」


マリアが横で、シュバッ!とホワイトボード(木板に白粉を塗ったもの)を回転させた。


「第一種目! 『暗算・在庫管理スピード対決』ですわ! お姉様、ルール説明を!」


「簡単ですわ。私が今から読み上げる、アシュクロフト領の向こう三ヶ月の予想収益および、減価償却費を考慮した純利益の計算。これをより早く、正確に算出した方が勝ちです。……あ、殿下。指を使ってもよろしいですわよ? 時間は三分差し上げます」


「…………は?」


セドリックの思考が、完全にフリーズした。
彼は王都で最高の教育を受けてきたはずだった。
だが、それは「高潔なポエム」や「複雑なダンスのステップ」を覚えるためのものであり、ましてや「減価償却」などという、リリアン独自の造語のような経済用語を扱うためのものではなかった。


「さあ、第一問! 初期投資金貨五百枚、年利五パーセント、十年の定額法を用いた場合の、初年度の経費算入額を答えなさい! ……スタート!」


リリアンがストップウォッチ(魔導計時器)を叩いた。


ギルバートは、手にした計量器を地面に置き、指をパチリと鳴らした。


「……金貨五十枚。端数は予備費に回すのがお嬢様の流儀だな」


「正解ですわ、ギルバート! さすが私の重機、演算回路の同期率も完璧ですわね!」


一方のセドリックは、剣を持ったままプルプルと震えていた。


「げ、げんか……? じゅ、純利益……? 待て! 計算など、会計係にやらせればいいだろう! 王子たる私が、なぜ金計算などしなくてはならないんだ!」


「殿下。自分の動かしている予算の額も把握できない者に、私の領地の一ミリの土を触る資格もありませんわ。経営者とは、数字を愛し、数字に愛される者のことです。……マリア様、殿下の第一種目の得点を記録して」


「はい、お姉様! セドリック殿下、零点。いえ、時間の損失を考慮してマイナス五十点ですわ!」


「マ、マリア……君までそんな冷酷な……」


「第二種目! 『物理的障害・排除効率テスト』ですわ!」


リリアンが笛を吹くと、リングの中央に、巨大な岩と、一本の細い杭が置かれた。


「ルールは明快。その杭一本を使って、テコの原理を用いてその岩を十メートル先まで運ぶ最短ルートを構築してください。最も少ないエネルギー消費で移動させた方が勝ちですわ。……さあ、どうぞ!」


セドリックは、ここぞとばかりに剣を振り上げた。


「ふん! そんなもの、力で押し通すまでだ! 私の高貴な筋肉を見せてやる!」


彼は岩に体当たりをかましたが、岩は一ミリも動かず、代わりに彼の華奢な肩からボキリと嫌な音が響いた。


「あだぁぁぁ! 痛い! 岩が、岩が私を拒絶している!」


「……殿下、それは拒絶ではなく重力です。ギルバート、見本を見せて差し上げなさい」


ギルバートは、手にしたスパナと杭を巧みに組み合わせ、岩の重心を正確に捉えた。
そして、片手でひょいと力を込めるだけで、岩は滑るように移動を始めた。


「作用点、力点。お嬢様に叩き込まれた通りだ」


「素晴らしいわ、ギルバート! その無駄のない動き、まさに私の理想とする『高出力モーター』ですわね!」


「……モーターって何だか知りませんけど、褒め言葉として受け取っておきます」


マリアが再びホワイトボードに「完勝」と書き殴る。


「殿下、もう終わりかしら? 第三種目は『愛の言葉の費用対効果(コストパフォーマンス)検証』を行う予定でしたけれど、この様子ではあなたの言葉はすべて『営業利益ゼロ』の赤字案件になりそうですわね」


「……リリアン。君は、君は本当に、あの可愛らしかったリリアンなのか……?」


セドリックは、痛む肩を押さえながら、涙目でリリアンを見上げた。


「ええ。今の私は、無駄な贅肉(しじょう)を削ぎ落とし、効率という名の鋼鉄の鎧を纏った、新生リリアンですわ。……殿下。あなたは、決闘に負けました。そして、私の貴重な興行時間を三十分も浪費させた罪を負いました。……マリア様、最終的な請求額を」


「はい! 特別観覧席代、レンタル衣装破損費、精神的ノイズ補填費……合わせて金貨五十枚となりますわ!」


「ご、五十枚……! そんな、今の私には……」


「あら、お困りでしたら、その代金分、私の宿の『掃除係』として働いていただいてもよろしいのですよ? 時給は……そうね、あなたの演算能力の低さを考慮して、通常の三割引きで」


リリアンは、筒の中に残っていた最後のポップコーンを口に放り込み、冷たく微笑んだ。


「さあ、選択なさい。おバカな王子のままで帰るか、私の下で『効率』の基礎を学ぶ、一人の労働者になるかを!」


アシュクロフト領の広場に、リリアンの冷酷で、かつ慈愛(?)に満ちた宣告が響き渡った。
セドリック王子は、折れた剣を握りしめたまま、かつてない人生の岐路に立たされていた。
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