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聖花乱舞

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 結界が解除され、周りに蠢いていた黒い蛇たちがこちらに向かって動き出した。

 それと同時に土偶がバッと前に出た。

「先手必勝」

 土偶は両手を前に突き出し、目をカッと開いた。

 黒い蛇目がけて、空中から小砂利がパラパラと落ちてくる。

 倒しているのかいないのか定かではないが、みるみる黒い蛇たちは小砂利に埋まってゆく。

 こういう時の行動の速いこと。

 術を使える土偶のほうが有利なのかもしれない。

 でも、私も負けてらんない。

 天の美月に力を通し、鞭へと変形させると走り出した。

 鞭を振りまわし黒い蛇たちの中に突っ込んで行く。
 飛びかかる蛇を回避しなら、バシバシと蛇を倒す。

 鞭の当たった蛇はぱあっと輝き、光になって消えてゆく。

 大地に光が広まる様は大変美しい。

 暗い闇の中で、ホタルが舞っているようでもある。

 なんて、始めのうちは思っていたんだけどね。

 一体、どの位の間私は鞭を振り回しているんだろう?

 いつもよりもスピードを上げ、蛇に相対しているんだけど、何しろ蛇の数が多すぎる。

 倒しても倒しても、増殖して行く黒い蛇たち。

 額から汗は流れ、息遣いも荒くなってきた。

 流石に疲労が蓄積して、スピードも落ちてきた。

 このまま普通に戦っていも、一向にヘビの数は減らず、埒が明かない。

 土偶の方をちらりと見ると、こちらもずっと術を使い続けているらしく、ハァハァと息が上がっている。

 小砂利の山はあちこちにうず高く積まれている。
 これだけ術を使い続ければ、霊力が保たないのだろう。

 土偶は額の汗を拭うと、ぎりりと歯噛みし叫んだ。

「ぐぬぬ、しつこい奴らめ」

 土偶は戦い方を切り替え、何処からか太刀を取り出して蛇に襲いかかった。

 次々と黒い蛇たちを倒していく土偶。

 戦い慣れてはいるようだけど、疲れのためか徐々に黒い蛇に押されてきている。

 このまま戦い続けたら、蛇の餌食になってしまう。
 悠長に賭けとか言ってられない。

「土偶、無理しちゃ駄目よ。ここは一旦引きなさい」

 私は心配で叫んだけれど、土偶は戦いながらも首を横に振った。

「祝言がかかってるんだ。放っといてくれ」

 ああ。
 この人はまた言うことを聞かない。

 賭けをしているからといって、殺られたらなんにもならないのに。

 嫌な予感しかしない。

 土偶を放って置くわけにもいかず、私は彼の近くへと駆け出した。

 間に合ってと願う間もなく、土偶は黒い蛇たちに取り囲まれてしまった。

 ゼイゼイと荒く息を吐く土偶に、黒い蛇たちは一斉に飛びかかった。

「土偶!」

 土偶は黒い蛇たちの中に姿を消した。

 次々に襲いかかる蛇たち。
 黒ぐろとした蛇の塊の中心に土偶がいる。

 私は悲鳴を上げた。
 震えが走る手足をどうにか抑えて鞭を振り回し、土偶の周りの蛇たちを取り除いた。

 土偶はあちこちを蛇に噛まれ、黒く闇に覆われている。

 もう、賭けとか言っている場合ではない。

 黒い闇に覆われた土偶を助けなければならない。

 しかし、これだけの蛇が蠢く中、一体どうしたらいいの?
 土偶を守りながら戦うだけで精一杯なのに!

 私は必死になって辺りを見回すと、空から援護していたアマテラスと目が合った。

 彼女は凛と澄んだ眼差しで、指さした。

「深月、神器を使うのよ」

「えっ、神器?」

 使うって、普通に戦う他に神器を使う方法があるの?

 よくわからないけれど、この状況を打開するには、それしかないみたい。

 意識を神器に集中させると、それは通常の扇に戻り淡く輝き出した。

 私はありったけの力を神器に注ぎ込む。 
 神器から力が循環し私の中を巡る。
 身体から霊力が放射され、足元から風が舞い上がる。
 風に髪が靡き、神器が熱を帯びてきた。

 神器に嵌め込まれた一つの勾玉が、強い光を放っている。 

 そして、それと同じ光を放つ式神が一人。

 青色の光を大きく放ち、空を駆ける青龍·ソウシが私の真上で咆哮を上げた。

 天の美月を高く掲げると、一陣の風が吹き私とソウシを柔らかく包みこんだ。

 ソウシから青い閃光が迸り、天の美月に流れ込む。

 私の力とソウシの力が同調し、それは大きな力となって神器から溢れる。


 頭にある言葉が浮かんできた。

 この言葉はなんだろう?

 もしかして、技の名前なのかな?

 私は神器を前方に突き出して叫んだ。


「聖花乱舞!」


 神器から青い閃光が放射され、大地一面に広がる。

 ゴゴゴっと大地が震えだした。

 大地を覆っていた黒い蛇の合間から、植物が芽吹き天に向けて駆け登るように大きくなった。

 それは短時間で急成長を遂げた。
 幹は太く枝葉を大きく繁らせ、沢山の蕾をつけている。

 蕾は色づき膨れ、パッと花開いた。
 黄金色の小さな花弁は、清らかで清楚だ。
 美しくて、目を奪われる。

 聖なる花の開花を喜ぶように風が舞う。

 黄金色の花弁がその風とともに舞い踊りながら、大地へと降り始めた。

 黒い蛇たちに触れた花弁は、弾けてぱっと輝き黒い蛇を包み込む。

 黒い蛇に覆われていた大地は、一瞬にして聖なる光に覆われ、浄化されて行く。

 黒い蛇は輝きながら空へと舞い上がり、全て消え去り、その場は聖域と化した。

 そして、土偶にもふわふわと花弁が舞い降り包みこむ。

 黒い闇に覆われた土偶は、花弁が触れた途端にキラキラと輝き、闇は取り除かれ本来の姿へ戻った。

 静寂が辺りを覆う。

 花弁によって土偶の闇は全て祓われた。

 だけど、蛇たちに噛まれた痕はそのまま残り、土偶は今だに倒れたまま目を覚まさない。

 「土偶···」

 土偶は祝言を上げることに必死になり、無茶をしすぎた。
 こんな状態になるまで無茶をするなんて、ホントに馬鹿よ。

 私はため息をついて神器を土偶の額にあてがうと、力を注ぎ込んだ。
 
 力が土偶の隅々まで行き渡ると、傷はすぐさま癒やされてゆく。


「うっ···」

 意識を取り戻した土偶は、ゆっくり目を開いた。

「土偶、無理して喋らなくていいの」

 私の言葉に土偶は顔をしかめた。

「···祝言を、上げたかった···」

 呆れた、まだ言ってるし。

「土偶、とにかく今は休みなさい。話は後よ」

 土偶は残念そうに目を細めると言った。

「···嫁よ、迷惑をかけてすまない」

「へっ?」

 なんだって!?

 今、土偶が謝ったの?!

 一体全体どうしちゃったの?

 よく見れば、すっかり毒っけが抜けたような穏やかな表情をしている。

 あわわ!!

 土偶の謝罪に驚きすぎて、腰が抜けそうになっちゃったよ。

 明日は槍でも降るんじゃないだろうか。

 もしくは天変地異の前触れだとか!

 これは早々に休んでもらうに限る。

「土偶、迷惑とか思ってないから。心配しないで神器に戻りなさい」

 私が恐る恐る土偶の頭を撫でながら言うと、土偶はにこりと微笑んで頷いた。

 土偶が素直に言う事を聞くなんて!

 元の土偶より断然良いんだけどねぇ。
 なんだか調子が狂うなぁ。

 そして土偶は安心したのか、大人しく神器へと戻っていった。
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