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勝負だ!

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「嫁よ。なぜ逃げる?」

 そう言って、土偶はジリジリと間合いを詰めてくる。

 土偶は甘くとろけるような表情で、私に迫ってくるんだけど。

 今までと態度が違いすぎて、怖いったらない。

「土偶、ちょっと止まって」

 土偶は不思議なものでも見るように、私の顔を覗き込むと言った。
 
「なにを照れている?」
 
「いやいや、別に照れてないから」

 私は顔を引きつらせながら、間合いを詰められないように後退する。

 おかしい。

 さっきから土偶を調べてるんだけど、やっぱり闇は全て祓われている。

 と言うことは、土偶は今、素の状態なのだ。

 なのに、なぜ土偶はこんな奇妙な態度を取っているのか、分からない。


「土偶、あなた一体どうしちゃったの?」

 土偶は「どうしちゃった?俺はいつも通りだが」と言いながら、私に急接近する。

 ひぃ、近すぎるよ!

 土偶は私の式神になったのだから、主の不利になることは一切できないはずだ。

 そんな事は百も承知なんだけど、今までの土偶の行動パターンから、これから何かをやらかすんじゃないかと警戒してしまう。

 私は焦りながら、土偶と距離を取るため再び後退する。

「嫁よ、俺の話を聞け」

 尚も接近してくる土偶。
 全く引く気はないらしい。
 どうも話を聞かないと、納得しないようだ。

「わ、わかったから」

 しょうがない。
 ここは腹をくくって土偶の話を聞くしかない。

 周りには黒い蛇も近づいて来ている。
 このまま土偶の話を聞くんなら、自衛しとかないとね。

 私はササッと結界を張った。

 よし。

 これで黒い蛇を気にせず、土偶の話を聞ける。

 ただ、私の逃げ場もなくなったんだけどね。

 土偶は私の張った結界を見て「ほう···」と呟き、話し始めた。

「正直に言うとな。俺はお前の事を信じていなかった」

「はあ」

 あま、そんな事だろうとは思っていたけどね。

「窮地に陥った俺のことをお前が助けてくれるなんて、思いもしなかった」

 うんうん。

 土偶は今まで、人を陥れる事しかしてこなかったからね。
 誰かを助けたり、誰かに助けられたり。
 そんな世界とは無縁で生きてきたんだろう。

「土偶は私の式神だもの。あたり前のことをしたまでよ」

「あたり前、か···」

 土偶はしばらく私を凝視していたかと思うと、その瞳にうっすらと涙を浮かべている。

 うわぁっ。

 キャラが崩壊している。

 私は驚きすぎて息を呑んだ。

「今まで散々な目に合わせてきたのに、それにもめけず、俺を救ってくれるなんてな。お人好しが過ぎるとは思うが、俺は感動した」

 お人好しとか、余計なお世話なんですけど。

 褒めてるんだか、けなしてるんだか。

 釈然としないものはあるけれど、私が土偶を助けたことで、彼の中に変化が起こったようだ。

 それは、とても嬉しいんだけどね。

 土偶は私の手をガシッと掴んだ。

 うわっ、なにすんの?!

「土偶、あなたの気持ちは良くわかったから、もうその手を離しなさいよ」

「離すわけ無いだろう。嫁よ、今すぐ祝言を上げよう」

「はぁ?」

 祝言って結婚のこと?

 うわあぁぁ!!土偶と結婚って!

 なに言ってんのー?!

「ちょっと、イヤよ。離して」

「なんでだ?」

 うわ!
 目が本気だ。

 これは逃げなきゃヤバい。

 あ、だめだ。
 結界張ったから逃げ場なんてない。

 己の行動を後悔しつつため息をつく。

 こうなったら本当のことを言って納得してもらうしかない。

「土偶。私、好きな人がいるからあなたとは結婚できないよ」

「なんだと?!それは何処のどいつだ?」

 私の話に焦った土偶は、掴んでいた私の手を離してにじり寄った。

「えーと、それはこの子です」

 私は足元にピタリと張り付いていたユキちゃんをひょいと抱き上げた。

 それを見た土偶は、カッと顔を赤くしてわなわなと震えだした。

「ふざけるな。こいつはただの猫じゃないか」

 私はぶんぶんと首を横に振った。

「ふざけてなんていない。ユキちゃんはただの猫じゃないのよ!」

 土偶は目を細め、小馬鹿にしたような表情で見下してくる。

「断るのなら、もうちょっとマシな嘘をつけ」

 嘘じゃないのにっ!  

 もう、何なのよ。

「ねぇ、どうしてあなたに嘘をつかなきゃいけないの?私がユキちゃんを愛しているのは事実だし、今の戦いだって彼をを元に戻すのが目的なの」

「おい、猫を好きなのはわかったが、好きの次元が違うだろ?愛玩動物を連れてきたって俺は騙されないからな」

 駄目だ、話にならない。

 しかも、人の話をちっとも聞いてないし。

 今の土偶に何を言っても信じないし、一歩も引こうとしない。

 腕の中のユキちゃんは「うにゃにゃん」と、私に加勢するように声を上げ、飛び降りた。
 そして低い声で唸った後、土偶に飛びつきシャっと引っ掻いた。

「ぐぬぬー!猫のくせに生意気だ」

 腕から血を流した土偶は、怒り心頭で腕を振り上げた。

 あ、ユキちゃんが危ない!

 私は慌ててユキちゃんを守るため前に立った。

「嫁よ、こうなったら勝負だ!」

「はあ?」

 何よ勝負って?

「勝負に負けたら勝った者の言う事を一つ聞くってのでどうだ!」

 それって、私が負けたら土偶と結婚ってことでしょ。
 それだけは絶対に駄目よ。

 それに、たとえ私が勝ったとしても、土偶に要求するものなんて何もないし。

 この勝負、なんの魅力もないように感じる。

 だけどここで勝負を断ると、土偶はずっとうるさいままで、私はいつまでも彼に振り回されることになる。

 それだけは阻止したい。

 この際、土偶のプライドを完膚なきまでに叩き潰しておいたほうが、今後の動きがスムーズになるのではないか?

 そうだよ。
 負けなければいいんだからね。

 私はほくそ笑み、土偶を指さして宣言した。

「わかった。この勝負受けて立つわ!」

 土偶はニヤリと笑い腕を組んだ。

「ははっ!そうこなくては。迅速に勝負して、祝言を上げるぞ」

「言っとくけど、私負けないから。それで、勝負の方法は?」

 土偶は辺りをぐるっと見回し、小さく頷いた。

「俺達の周りに蠢いてるあの黒い蛇!あいつら邪魔だ。あの蛇をどちらが多く倒せるかで勝敗を決めよう」

 なるほど。
 土偶にしてはいい考えだ。

 いつの間にか黒い蛇は増え続け、もうどうにもならない所まで来ていたから。

 黒い蛇の数を減らせれば、一石二鳥になる。

「わかった。アマテラス、ツクヨミ。勝負の審判をお願い」

 空にいた二人は、楽しそうに片手を上げた。

「あら、面白そうね。いいわよ」

「任せておけ!」

 アマテラスとツクヨミは配置につき、土偶と私は並び立った。

「土偶、三つ数えたら結界を解除するよ。それが勝負開始の合図になる。用意はできた?」

「そうか、俺はいつでもいいぞ」

 準備は整った。

 私は右手に持つ神器に力を込めて叫んだ。

「さん、に、いち。結界解除!」
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