【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode3:崇弥の気持ち

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 マンションへと到着する頃には、雨はいよいよ本降りになっていた。
 パンプスで地面を踏みしめるたびに、ぱしゃりと水が跳ねる。すれ違う車のライトが濡れた路面に反射し、たびたび視界が遮られた。
 眩しさから視線を逸らしつつ、ようやくたどり着いたマンションの敷地。
 不意に。
「何しに来たんだ」
 瑛茉の足が止まった。
 エントランスへと向かう舗道、そのかたわらに、仕事から帰宅したばかりの崇弥の姿があった。
 低く冷たい声だった。まるで、氷柱のような。
 こんなにも怒気をはらんだ彼の声を聞いたのは初めてだ。
「いい加減会社のために身を固めろ」
 険しい顔つきで崇弥と対峙する、ひとりの男性。六十前後だろうか。髪をセットし、高級スーツを身にまとったその容姿は、どことなく崇弥に似ていた。
「先日の見合いの件、先方は気にしないと言ってくれた。こちらの都合で構わないから、改めて日を設けてほしいと。……お前は次期社長なんだぞ。いつまでも私情に振り回されるな」
「しつこい人だな。仕事はきっちりやってるだろ。結果も出してる。それ以上に大事なことなんて、あなたにはないはずだ」
 瑛茉は気づいた。気づいてしまった。……気づいて、ずきりと胸が痛んだ。
 この人は、崇弥の実の父親だ。
 以前、月尾から、少しだけ聞いたことがある。崇弥と崇弥の父である匡士郎きょうしろうとの関係。
 崇弥は、家柄と会社を何よりも——文字どおり何よりも——重んじる匡士郎に反発し、ことごとく異議を唱えてきたのだと。
「あ、瑛茉ちゃん。おかえり」
「……え? あっ! ただいま、です」
 佇んだままの瑛茉を見つけた崇弥が、声をかけてきた。思わず背筋がぴっとなる。
 いつもの優しい声音にほっとしつつも、なかなか歩みを進めることができなかった。
「荷物持つよ。重かったでしょ? ありがとう」
 すると、崇弥のほうから瑛茉に歩み寄ってくれた。食材の入ったエコバッグを、瑛茉の肩から自身の肩へと移す。
「雨が降り出したから迎えに行こうと思ってたんだけど……ごめんね」
「い、いえ! 大丈夫です」
「風邪ひくといけないから、中入ろうか」
「えっ、でも……」
 何事もなかったかのように、崇弥はその場を離れようとした。そんな彼と匡士郎とを、おろおろしながら交互に見やる。
 案の定、匡士郎は、訝しげな表情でじっと瑛茉を見ていた。
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