【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode5:花火の下で

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 ぱっと灯った提灯のあかりが、石畳をほのかに照らす。
 風に漂う鈴の音。涼やかでどこか切ないそれは、まるでさざ波のように狭い路地を渡っていった。
 花火大会当日。西の空が茜色に染まる、夕暮れ時。
 下町の老舗呉服店、その軒先に、崇弥は立っていた。今しがた仕事を終えて到着した旨を、スマホで伝える。
 数分後。女将に付き添われた瑛茉が、店の外に出てきた。
「おつかれさまです、九条さん」
「……——」
 白地に藍色の花を散らした、綿紅梅の浴衣。
 薄紫色の帯が優美さをよりいっそう引き立て、水色の飾り紐が歩くたび可憐に揺れ動く。
 丁寧に編み込んだ髪。うっすらと差した紅。
 普段のカジュアルなスタイルとは異なる瑛茉の姿に、崇弥は思わず言葉を失った。
「……九条さん?」
 なにやら固まった様子の崇弥に、瑛茉が首を傾ぐ。
 いったいどうしてしまったのか。不思議に思い彼のほうを見上げるも、視線が合わない。
 ひょっとして……と、瑛茉は不安になった。ひょっとして、彼が浴衣を用意してくれると知って浮かれていたけれど、自分には似合わなかったのだろうか。
 だが、やっと目が触れた崇弥から告げられた言葉に、瑛茉の顔はぼひゅんと煙を上げた。
「すごく似合ってる。……可愛い」
「!!」
 瑛茉に気持ちを伝えてからというもの、崇弥の瑛茉に対する甘い発言はとどまるところを知らない。遠慮がなくなったと言うべきか。事あるごとに「可愛い」を浴びせまくり、隙あらば「好き」をさらりと投げてくる。
 そのたびに、瑛茉の心臓は、激しく跳ねまわるのだった。
 終始にこにこしていた女将に見送られ、下町をあとにする。聞けば、あの呉服店は古くから九条家と懇意にしているらしく、女将とは幼少期からの知り合いとのこと。道理で、と瑛茉は得心した。女将の崇弥に向ける眼差しは、さながら親が子に向けるそれに似ている気がした。
「あ、あのっ」
「ん?」
「女将さんから、その、この浴衣、レンタルじゃないってお聞きして……すみません。髪飾りやバッグまで、こんなにたくさん……」
「気にしないで。瑛茉ちゃんに着てもらいたいっていう俺のわがままだから。それに、もし喜んでもらえてるなら、違う言葉のほうが嬉しいな」
 崇弥の言葉が、じわりと胸奥に沁み渡る。
 夕日に照らされた彼の顔は、どこまでも優しかった。
「あ……っ、ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
 からんころんと、慣れない下駄を鳴らしながら歩く。夕風が、頬を撫でるように泳いでいく。
 会場となる湾岸までは崇弥の運転で向かうとのことで、車を停めている店近くの駐車場を目指した。
 駐車場に到着し、再度はたと首を傾ぐ。崇弥の愛車である黒のスポーツカーが見当たらない。
「あ、瑛茉ちゃん。こっちこっち」
 彼が手招きしたそこには、見慣れない白のセダンが停まっていた。
「この車は……?」
「これね、社用車。いつもの車じゃなくてごめんね」
 さすがに仕事先にあっちは乗って行けないからと、崇弥は言っていた。乗り心地はこっちのほうがいいかも、と。
 走り出した窓の外。移ろう黄金色の町並み。
 空には、一番星が、静かに輝いていた。
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