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Episode5:花火の下で
⑥
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二時間ほどで、花火大会はその行程のすべてを完了した。
雄大な音楽に合わせて夜空を彩る数種の花火。音と光が降り注ぐ、壮大で幻想的な光景は、まさに夢のようだった。
「どうだった?」
観客がまばらになるなか、今なおじっと余韻に浸っている瑛茉に、崇弥が話しかける。
「す、ごかったです……色がとてもきれいで、物語性があって……すごく感動しました」
とくに最後のしだれ柳が最高だったと興奮気味に話す瑛茉に、崇弥は目を細めて微笑んだ。
この子のこんな顔が見られるなんて……。
瑛茉を同伴して本当によかったと、あの日誘った自分を心底褒めてやりたい気分だ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
人の波が落ち着いた頃合いを見計らって、崇弥が立ち上がる。一般客を含め、ほとんどの人がすでに会場をあとにしていた。
「何か食べて帰る?」
「あー……え、と、浴衣汚しちゃうといけないので、帰ってからでもいいですか? わたし作ります」
「いいの? 俺はそっちのほうが嬉しいけど……疲れてない?」
「大丈夫です。昨日トマトが安くてたくさん買っちゃったので、冷製パスタとカプレーゼ作ろうかなって」
「……すごい。俺もう外食できる気しないんだけど」
崇弥のこの返答に瑛茉が大袈裟だと告げれば、そんなことは断じてないと頑なな返答がかえってきた。嬉しそうな崇弥の様子に、つられて瑛茉も笑みをこぼす。
遠くで船の汽笛が聞こえる。夜風が、磯の香りを運んでくる。
駐車場へと向かうため、瑛茉は崇弥と並んで歩き始めた。
そのときだった。
「崇弥さん」
突如。背後から、崇弥を呼び止める声がした。
崇弥と瑛茉が揃って振り返ると、そこには、浴衣姿の麗しい女性が立っていた。
「……これは姫華さん。いらっしゃってたんですか」
「ええ、プライベートで。……先日はどうも。もう少しお話したかったのに、残念ですわ」
どくんと、瑛茉の心臓が、鈍く大きく脈打った。
すらりと伸びた背筋に、均整のとれた優美な肢体。淡い髪をひとつに結い上げ、見る者を魅了するその容姿は、まさしく令嬢。
まちがいない。
この女性が、崇弥の見合い相手——西園寺姫華だ。
「ずいぶん可愛らしいお連れ様ですね。日本語はお話になるのかしら」
「……っ」
向けられた姫華の視線に、ぞくりと悪寒が走る。
口角は上がっている。けれど、明らかに目は笑っていなかった。丁寧な言葉の裏側にある無数の棘。思わず目を逸らしそうになるも、質問に答えなければと全身に力を込める。
だが。
「可愛いでしょう? 私の、最愛の人です」
発しかけた瑛茉の言葉は、崇弥のこの言葉によって遮られた。整った姫華の顔が、わずかに歪む。
「日本語も話せますよ。とても流暢に。……どうぞ帰ってお父上によろしくお伝えください。『次はありません』と」
貼り付けた笑顔と冷淡な口調でこう言い放つと、崇弥は瑛茉の手を引き、踵を返した。からんころんと、崇弥の歩速で下駄の音が鳴り渡る。
まもなく、ふたりの姿は見えなくなった。
岸で砕ける波の音。
高く響く汽笛の音。
「……、認めない……っ、絶対に認めない……!」
怒りにわななく姫華の声が、ふたりに届くことはなかった。
雄大な音楽に合わせて夜空を彩る数種の花火。音と光が降り注ぐ、壮大で幻想的な光景は、まさに夢のようだった。
「どうだった?」
観客がまばらになるなか、今なおじっと余韻に浸っている瑛茉に、崇弥が話しかける。
「す、ごかったです……色がとてもきれいで、物語性があって……すごく感動しました」
とくに最後のしだれ柳が最高だったと興奮気味に話す瑛茉に、崇弥は目を細めて微笑んだ。
この子のこんな顔が見られるなんて……。
瑛茉を同伴して本当によかったと、あの日誘った自分を心底褒めてやりたい気分だ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
人の波が落ち着いた頃合いを見計らって、崇弥が立ち上がる。一般客を含め、ほとんどの人がすでに会場をあとにしていた。
「何か食べて帰る?」
「あー……え、と、浴衣汚しちゃうといけないので、帰ってからでもいいですか? わたし作ります」
「いいの? 俺はそっちのほうが嬉しいけど……疲れてない?」
「大丈夫です。昨日トマトが安くてたくさん買っちゃったので、冷製パスタとカプレーゼ作ろうかなって」
「……すごい。俺もう外食できる気しないんだけど」
崇弥のこの返答に瑛茉が大袈裟だと告げれば、そんなことは断じてないと頑なな返答がかえってきた。嬉しそうな崇弥の様子に、つられて瑛茉も笑みをこぼす。
遠くで船の汽笛が聞こえる。夜風が、磯の香りを運んでくる。
駐車場へと向かうため、瑛茉は崇弥と並んで歩き始めた。
そのときだった。
「崇弥さん」
突如。背後から、崇弥を呼び止める声がした。
崇弥と瑛茉が揃って振り返ると、そこには、浴衣姿の麗しい女性が立っていた。
「……これは姫華さん。いらっしゃってたんですか」
「ええ、プライベートで。……先日はどうも。もう少しお話したかったのに、残念ですわ」
どくんと、瑛茉の心臓が、鈍く大きく脈打った。
すらりと伸びた背筋に、均整のとれた優美な肢体。淡い髪をひとつに結い上げ、見る者を魅了するその容姿は、まさしく令嬢。
まちがいない。
この女性が、崇弥の見合い相手——西園寺姫華だ。
「ずいぶん可愛らしいお連れ様ですね。日本語はお話になるのかしら」
「……っ」
向けられた姫華の視線に、ぞくりと悪寒が走る。
口角は上がっている。けれど、明らかに目は笑っていなかった。丁寧な言葉の裏側にある無数の棘。思わず目を逸らしそうになるも、質問に答えなければと全身に力を込める。
だが。
「可愛いでしょう? 私の、最愛の人です」
発しかけた瑛茉の言葉は、崇弥のこの言葉によって遮られた。整った姫華の顔が、わずかに歪む。
「日本語も話せますよ。とても流暢に。……どうぞ帰ってお父上によろしくお伝えください。『次はありません』と」
貼り付けた笑顔と冷淡な口調でこう言い放つと、崇弥は瑛茉の手を引き、踵を返した。からんころんと、崇弥の歩速で下駄の音が鳴り渡る。
まもなく、ふたりの姿は見えなくなった。
岸で砕ける波の音。
高く響く汽笛の音。
「……、認めない……っ、絶対に認めない……!」
怒りにわななく姫華の声が、ふたりに届くことはなかった。
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