【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode5:花火の下で

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 バタンッと、車のドアが閉められた。湿気た空気が、やけに肌に障る。
 道中、崇弥はずっと無言だった。運転席に乗り込んだ今も、ハンドルに上体を凭せかけたまま。シートベルトを手に取る気配もない。
 理由は明白。
 姫華に、会ったからだ。
 先ほどの彼女の言動を思い返し、瑛茉はなんとも言えない複雑な心境に陥った。
 身を刺すほどの嫌悪感だった。まるで、異物でも見るかのような。
 あんなふうに、誰かからはっきりと敵意を向けられたのは、初めてだった。
「……」
 感情が整理できず、なんだかもやもやする。怖いのか、つらいのか、はたまた腹が立っているのか……。上手く言語化できないことが、このもやもやをさらに増幅させた。
 と、それまで溜息ひとつつかなかった崇弥が、短く息を吐いた。右手で頭を抱えながら、瑛茉のほうに顔を向ける。
「ごめんね、瑛茉ちゃん。ほんとごめん。俺のせいで……せっかくの花火、台無しにした」
 匡士郎に続き、姫華にまで。
 自分といることで、瑛茉は嫌な思いをしてしまう。自分といるだけで、心無い言葉を浴びせられてしまう。そのことが、ひどく崇弥の心を傷つけた。
 重く冷たい空気が、車内に垂れこめる。
 長い長い沈黙の果て。
 その空気を取り払ったのは、瑛茉だった。
「九条さんが謝る必要なんてありません。花火だって、台無しになんかなってないです」
 目を見開いた崇弥に対し、力強く澄んだ眼差しで淡々と語る。
 苦しいのは、自分じゃない。たとえ敵意を向けられようと、いくら心無い言葉を浴びせられようと、自分は痛くもなんともない。
 本当に苦しんでいるのは……耐えているのは、彼のほうだ。
「こんなにすてきな浴衣を着せてもらえて、あんなにきれいな花火が見られて、すごく嬉しかったです。……今日の花火、絶対に忘れません」
 瑛茉は思い至った。そうだったのかと、得心した。
 瑛茉の心に、ある感情が、すとんと落ちてきた。
「今日、やっと気づいたんです」
 もやもやの正体が判明した。
 想像してしまったからだ。彼の隣に、あの人が並んでいるところを。
 改めて意識した。崇弥の見合い相手。……嫌だと思ってしまった。彼にこんな顔をさせてしまう人が、彼の隣を歩くだなんて。
 彼と、結婚するだなんて。
 体を右にずらし、崇弥のほうへと向き直る。彼は、不思議そうな面持ちで、瑛茉の口から継がれる二の句を待っていた。
 暗い車内でもわかる。彼のきらめく黒い瞳。
 その光をしっかりと見据えながら、静かに、されど凛とした声で、瑛茉が言う。
「わたし、九条さんのことが好きです」
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