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第3話
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どんどん、嫌われるしか、ないのか。
見ないようにしてきた現実を押し付けられるようだった。
身を起したローレンに気づく。帰ってしまうのか、と咄嗟に湧き起こった感情は、寂しさだった。もっとここにいてほしい。
杞憂でしかなくて、ローレンは、重いジャケットを脱いで、ベッドの上に放り投げた。
「い、今、ハンガーに…」
主人の衣服に皺がよらないようにするのは、せめてもの妻としての役目だと手を伸ばしたのに、ぐ、と強い力にベッドに押さえつけられる。見上げたローレンの瞳は、ぐつ、と何かが煮込まれるような熱さがあって、その真意を探ろうと見つめていると次第に身体は勘違いをしているようで、下腹部が重くなる。抱えていたシーツを思い切りはぎ取られると、ひんやりとした外気が布越しにやってきて、それだけでぞくり、と肌がざわめく。きゅ、と内腿を閉じて身体が緊張すると、それを煩わしそうに両手でこじ開けられて、その間にローレンの大きな身体が入り込んでくる。
「お前のこれを収められるのは俺しかいないのだから、早くしろ」
ローレンは身にまとっているシャツ類を一気に脱ぎ捨てる。露わになる素肌の姿は、衣類を颯爽に着こなす青年とは違う、筋肉の隆起がはっきりとした色香の強いものなのだ。三か月に一度は必ず目にしているのに、何度だって、胸は高鳴り、それに思い切り抱きしめられたいと欲が溢れでて、目の前の視界が歪んでいく。
パンツのウエストに手をかける。紐を縛っていたのだと思い出して、それを指先でつまむが、うまくほどけなかった。意識がぼんやりとしてきて、熱がどんどん湧き上がってくる。目の前からは惜しみない暴力的なまでの甘いフェロモンが身体に流れ込んでくる。
(やめて…)
これ以上、フェロモンを出さないで。
けれど、それは彼が意図して出しているものではない。僕が過剰に反応しているだけなのだ。発情期なのだから。
甘美な熱を持つ香りに耳の奥がじくじくと疼く。それは、背中を降りて、腰元で溜まるものだった。
「っ…!」
もたついた指先の上から、ひやり、とする、爪の短く切りそろえられた几帳面な彼らしい指先が触れる。それだけで、身体はおおげさに跳ねて、声まで漏れてしまいそうになった。その大げさで鬱陶しい反応に、案の定彼は、小さく舌を打つ。それから、長い指は器用にあっという間に紐をほどく。
礼を言う前に、彼が、下着ごと僕の足から脱ぎ落す。それから、腿を担ぎ上げるように持ち上げられて、すべてを彼にさらけ出す体勢になる。
色を含まない眼差しが、す、と細くなる。品定めされる物品になった気持ちになって、居た堪れなさに涙が滲んで誤魔化すために横を向いた。
「ん、ぅあ…っ、っ…」
丸い指先が、ぬぷり、とすっかり濡れた孔に挿入される。愛しい人の指先を自分の愛液が、とぷとぷと溢れて汚していることの後ろめたさに涙が零れて、それを悟られたくないのと、声をあげて嫌われたくなくて、必死に枕にしがみついて、声を殺す。
それでも、やっぱり愛する人に触れてもらえる喜びにオメガが乱れていく。きゅ、きゅ、とナカが驚くほど彼の指に歓喜して吸い付いて、逃がさないとでも言っているようだった。これは、自分ではコントロールできないのだ。
「も、…いれて、くださ…」
何本かの指が挿入されて、ばらばらと蠢いているのがわかっていた。それに彼の溜め息が漏れているのも聞こえていた。
こんな面倒のかかることをさせて申し訳ないと心が硬くなる。枕から視線をあげると、ちら、と僕を見てから、彼は他所を向いて舌打ちをした。
いきなり身体を反転させられ、腰を引き寄せられる。四つん這いの形になると、指がずるり、といなくなり、ぱっくりとナカが寂しさを訴える。振り向いて強請ってしまおうとするが、その前に頭を枕に押し付けられる。小さい低音が何かをつぶやいた気がしたけれど、それを気にする前に、大きな熱が身体を割り入り込んでくる。
「あ、ぅ…んう、う…っ、っ!」
待ちに待ったアルファの登場に身体は簡単に絶頂を迎えて、びくん、びくん、と身体が跳ねて、前から勢いよく白濁がシーツにぱたぱた、と散る。快楽のさざ波と共に、ナカもきゅ、きゅ、と彼を絞めつける。ちゃんと、ローレンがいるのだと実感すると、さらに強い電流が僕の頭へと駆け巡る。
「ん、…ん、んう…、ぁ…」
シーツをぐしゃぐしゃに握りしめる自分の手を見つめながら、必死に呼吸を整えて、少しでも早く快感が外へと逃げていくように努める。何度目かの深呼吸でようやく身体に馴染んできて、零れた唾液を拭おうとしたとき、目の前に大きな骨ばった手のひらがシーツを握った。あ、と脳が処理した瞬間には、ぱちゅん、と水音と肌を叩いた音と共に、奥底に彼の頭がやってきたことがわかった。
咄嗟に高い声が零れてしまう。急いで唇を噛み締めて堪えようとするのに、その前に、彼が強く責め立ててきてしまった。
「ひゃ、あっ…、う、うっ、ゃ、ん、んあっ…!」
内腿がびりびりと痺れて、細かく震えている。シーツに踏ん張っていた足の指先は彼の強い力によってどんどんずり上がってきて、力が入らなくなって、されるがままになる。
ぐ、ぐ、と身体の奥底に擦りつけるように深く深く挿入される。人よりも柔らかい臀部に彼の硬い骨が当たって、破裂音がする。卑しいオメガの体液が、彼のものと混ざって濁った音を立てる。押さえたいのに、僕の聞き苦しい声が漏れてしまう。
それを堪えたくて、手で押さえる。けれど、彼の腕が邪魔で、すがるようにその手首に擦り寄って、声を噛み締める。反対側から僕の手を巻き付けて、僕の指先を噛む。彼の手首の筋肉が、むくり、と何か反応するように固くなる。
「チッ…」
たくさんの音がする中で、いきなり周囲が静まり返ったかのように、彼の強い舌打ちだけがはっきりと聞こえた。それと同時に、彼の手首は僕の間から抜けていって、腰を両手でつかみ、打ちつける速度を上げた。
(しまった…)
また嫌なことをしてしまった。余計に身体に触れられて、彼は不快だったのだ。
悦楽に溺れてしまえばいいのに、こんな時だけ、頭は冴えていた。鼻の奥がつんと痛んで、ぐしゃり、と顔がゆがむ。それに気づかれないように、彼の貴重な時間を、今だけは独占したくて、枕に顔を押し付けて必死に隠した。
(彼の精をもらえるまで…)
それまでは、僕だけのローレンになる。
だから、この時を、少しでも長くあってほしいのだ。
できるだけ、ナカをゆるめて、長くそこに出し入れしてほしい。それなのに、愛するアルファの熱に身体は悦んで、抱きしめて、たまらない、もっと、と強く強請ってしまう。
(だめ、だめ…それじゃ、すぐ終わってしまう…)
だめ、と首を横に振って、少しでも理性が戻ってくるように身体に言い聞かせる。それなのに、口からは相変わらず嬌声が漏れてしまうし、ナカにいる彼は硬さを増している気がするし、視界が揺れる速度も上がっていく。
「や…、あっ、っ、だ、めえ…っ!」
声を殺しながらも、発情期で朦朧としている意識は、願いを隠しきれなかった。後ろに手を伸ばして、速度を緩めて、もっと長くここにいて、と訴えかけるのに、彼は真逆に、さっさと作業を終わらせようと速度を上げていく。
「は…っ」
ローレンの鋭くも熱い吐息が聞こえて、汗がぽたり、と腰元に落ちる。それだけなのに、じりり、と神経が焦がれて、背筋を強い電流がかけ上がる。
ぐり、とナカの行き止まりを強くこすられると、熱いほとばしりが勢いよく壁を叩く。それと同時に、僕のオメガが悦楽に堕ち、前から思い切り、要のない精子が溢れ出す。
力強いナカの射精に合わせて、腰は緩慢にゆすられて、時にこすりつけるようにナカに強くねじ込まれる。敏感になった身体は、それを強い快楽と満足感に変えて、奥を震わす。
「あ…、ゃ…や、…あ…ぅ…」
うなじが痺れる。唇の上を唾液が撫でる。それでいて、もうこれで終わりなのかと思うと、終わってほしくなくて、嫌だと首を横に振る。
(もっといて…)
差し伸ばした手は宙を切り、ベッドの上に虚しく落ちる。ひどく冷たいシーツだった。
「ん、…っ」
僕のナカにいた彼が、簡単に抜けていなくなってしまう。抜けた瞬間に、ナカに注いでもらった精液が内腿に零れ落ちていってしまう。力が抜けて、ぱたり、とベッドに倒れ込んでしまう。伝っていく感覚ですら、僕にはかけがえのない、彼から与えてもらった快感に思えるのだ。
息を整えながら、視線をあげると、彼はもう僕に背中を見せて、服を着こんでいた。
(ローレン…)
心の中で名前を唱える。手を差し伸ばすが、その背中が僕に振り返ることはない。長く美しい銀色の髪の毛を一本に縛り直して、彼は一歩一歩と遠のいていく。
業務を終わらせた彼は、さっさと帰ってしまう。僕に何を言うでも、どんな表情をしているのかも知らせないで。
僕が与えられたのは、ナカに残る温かな彼の遺伝子と、先ほど見た冷たい眼差しだけなのだ。
ばたん、とドアが閉まる音が聞こえて、僕は広いベッドの上で、一人身体を丸めて抱えて、今日も涙が止まらなくなる。
(ごめんなさい…)
忙しい合間に、哀れなオメガに施しをくれた優しさが苦しかった。
僕は、自らの意思で避妊薬を飲んでいる。これ以上、彼に迷惑をかけないために。
それは、ローレンに対しての裏切りだ。
(ごめんなさい…)
だけど、僕は、愛する人の子を身ごもったところで、育てられる自信がなかった。
ローレンに愛されることのない自分が産んだ子を、ローレンは愛してくれるのだろうか。
むしろ、忌み嫌うのではないか。彼が愛するのは、アルファなのだから。彼との子ではない、それ以外の子。ましてや、僕のような迷惑ばかりかける、愚かなオメガの子なのだ。
(子どもも、可哀そうだ…)
その一言に、僕は僕自身を可哀そうなのだと肯定していることに気づいてしまう。
今まで、目にしてこないようにしてきたのに。
(ごめんなさい…)
僕が嫁いできてしまって、ごめんなさい。
それでいて、この家から出ていくこともできなくて、ごめんなさい。
もしかしたら、明日、ローレンが僕を、ちょっとでも好きになってくれるかもしれない。
ありえない明日を捨てられなくて、ずっとこの場にのこのこと居座っているのだ。
本来の役目であることも放棄して。
それでも、愛してもいない僕に時間を割いてくれて、肌を重ねてくれる。その一瞬に、一生分の喜びを感じてしまうのだ。
(このわがままが聞いてもらえる間だけは…)
ごめんなさい、僕の愛するローレン。
ごめんなさい、ともう一度つぶやいて、涙が一筋こぼれていく。
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