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本編
第二十七話 これが噂に聞く九大将
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ヌージィガの精鋭部隊「紅月隊」一番隊から三番隊までの合同部隊はティガシンファとエンディアの国境に広がる峡谷に展開している。
エンディア軍伏兵による先制攻撃を許した紅月隊は、敵影すら捕捉できないまま死地のただ中にいた。
「各隊は班に分かれ、遮蔽物を背に前進。戦闘能力保持者は遊撃」
三番隊長ルマンの命令に従い、各班は崖沿いに峡谷のエンディア側出口を目指す。
この峡谷は砂岩が長い期間を経て風化して生まれたもので、迷路のように複雑な地形をしている。
高い崖の上は平坦な台地となっており、網目状に下層の砂地がある。
紅月隊はその下層の砂地を行軍している。
時折吹く渇いた風が進むべき方角を示す。風の吹く方角に出口があるはずだ。
部隊は縦隊となってゆっくりと前進を続ける。
戦闘能力保持者は敵を探り、部隊を先行して進んでいた。
最前はルマン、キリーク、ターニャの三隊長だ。
将が先頭を移動するという陣形は士気をあげることを目的とする場合が多いが、この紅月隊において隊長が先行することは士気の向上を目的とはしていない。
紅月隊の全九隊の隊長、通称「九大将」は一人あたりの戦闘能力が数十から数百の兵に匹敵する。つまりはコミュニケーションによるロスの無い分、中隊以上の脅威を持った個人ということになる。
彼ら九大将が部隊を先行するということは、無駄な犠牲を避けるために大きな意味を持つのだ。
かすかな敵の気配を見逃さないようにルマンたちは無言で峡谷を進む。
やがて人一人が通れる程度の細い道に差し掛かった。
ルマンは左手を横にしターニャとキリークを制止する。
「この地形、厄介だな」
ルマンが呟く。彼は、自分であればこの細道で相手を狙撃するだろうと思った。
どこから狙撃するか……おそらくは崖上。あるいは細道の出口。
ルマンは背負っていた長弓を構え、一本の矢をつがえると崖上に向けた。
「矢の豪雨!」
ルマンが矢を放った矢は瞬く間に無数の矢に分裂した。
矢自体が分裂したのではない。矢の持つエネルギーが拡散し、無数の矢のように見えるのだ。
これこそが彼の能力「超弓」だ。
矢の豪雨が崖上を襲う。
崖上から叫び声が聞こえ、やがてクロスボウを腕に取り付けた敵弓兵が次々に転落してきた。
「やったな兄者!」
ターニャが喜びの声をあげるが、ルマンもキリークも表情ひとつ変えない。
とりあえず崖上の弓兵は殲滅したが油断は出来ない。まだ敵は残っていると考えるのが自然だ。
細道を注意深く進む。
おそらくこの細道を抜けた地点は狙撃兵の的となるだろう。
ルマンは細道を抜けきる前にターニャに言った。
「ターニャ、お前は崖上から行け。俺とキリークでこの細道の先にいる敵を叩く」
「了解!」
ターニャは元気よく返事をすると、「ジャンプ」の能力を使い両側の崖壁を蹴って崖上まで飛んだ。
その様子を確認してルマンはキリークに声を掛ける。
「キリーク、一気に行くぞ」
「了解したよ兄さん」
ルマンとキリークの二人は一気に細道を駆ける。
同時にターニャも崖上を走った。
細道をおおよそ五分程度で走り抜ける。
ルマンたちは円形の広場状の場所に出た。
眼前には数百名の歩兵部隊、そして広場を囲む崖上にもびっしりとクロスボウ部隊がいた。
崖上に展開している数百の敵クロスボウ部隊がルマンたちに向かって一斉に矢を放つ。
「想定通りだねぇ」
クロスボウの矢の速度は長弓のそれよりも速く、直線的な軌道を描く。
そのため練度の低い兵でも容易に標的を狙うことができる。
長弓を愛用するルマンは常々「なんて単純な攻撃なのか」と思うのだ。
長弓であれば雨のように降らせることで敵の逃げ場をなくすこともできるだろう。
速度において超人的な彼らにとっては、直線的な攻撃は避けやすい。
細道の出口一点をめがけて放たれた攻撃はその地点を一気に駆け抜けた二人にはカスりもしなかった。
そしてクロスボウの弱点は装填の遅さだ。
クロスボウを一回装填する間に長弓であれば数回射出可能だ。
そして、今ここにいるのは「超弓」の能力を持つルマンであり、当然のように前方に展開した部隊に対して矢の豪雨を放つ。
前方に展開した部隊はルマンの放つ矢で壊滅した。
ルマンが矢を放つのと同時にキリークも動いていた。
キリークは右側に展開している部隊を狙った。
念動力でソフトボール大の鉄球八個を宙に浮かせると、鋼鉄の棍棒で野球の打撃のように打ち出す。
時速にして二百キロをゆうに超える鉄球が敵を襲う。触れるだけで骨肉が吹き飛ぶ一打だ。
敵に当たった鉄球は念動力で再びキリークの元へ戻り、キリークはそれを再度打ち出す。
さながら早打ちティーバッティングのようだ。
ターニャも負けてはいない。
崖上を走っていたターニャは二人よりも早く敵と接触していた。
敵が飛び道具の場合、垂直方向へのジャンプは命取りだ。水平方向にジャンプを繰り出す。
敵はターニャの動きに照準を合わせることが出来ない。
彼女は敵の間を縫うように飛び回り、手にした槍で相手の喉笛を撫でるように切り裂く。
その優しい斬撃は、斬られたことに気付かないまま息絶える者もいるほどだ。
かくして兄妹はものの数十秒で数百のクロスボウ部隊を殲滅したのだった。
「……流石だ。これが噂に聞く九大将か」
敵の大将が感心するとともにルマン達を指さして部下の数班に攻撃を指示した。
「かかれ!」
数十名の歩兵が一斉に槍を構えて突進してくる。
一方敵本隊は峡谷の奥深くに後退した。
「誘い込んでいるようだね……兄さんここは僕が相手をするからターニャと先に行ってくれないか」
「キリーク、後ろは預けたぞ」
ルマンは突進してくる敵を迂回しつつ、敵本隊を追う。
歩兵隊はその突進の矛先をキリークに向けた。
「覚悟ォォォ!」
キリークは敵との距離が近いため鉄球打撃による攻撃ではなく、棍棒による直接打撃にて戦うことにした。
敵の槍は長槍、キリークの武器は鋼鉄製の棍棒。リーチが倍以上違う。
敵の槍衾がキリークを襲う。キリークは槍の間を最小限の動作ですり抜け、敵の中に潜り込むと棍棒を一気に振り切った。
鉄の竜巻のような攻撃だ。それに触れるものは例外なく肉片となる。
運よく槍を当てる事ができた者もいるが、刃は彼の肉体を傷つけることは出来ない。なぜならキリークの鎧は厚さ三センチもある超重厚な鋼鉄製の鎧なのだ。並みの人間であれば動くことすらままならない代物だ。
「すまないね。見ればわかると思うけど重いものでね。手加減なんてできゃしないのさ」
数十名の槍兵は鉄の竜巻の餌食となった。
ルマンとターニャは敵本隊を追う。先に敵に追いついたのはターニャだ。
敵軍の陣形を見下ろし、敵大将の位置を確認する。
陣形の前方気味中央にいる大男がおそらく敵の大将であろう。
青と白を基調とした輝く甲冑は見るからに質の良いものだ。
ターニャは崖上から十文字槍を構えて直接大将へと飛び込む。一撃で勝敗を決するつもりだ。
その気配に気づいた敵兵は大将の前で槍の壁を作り、自分の将を守った。
「ちっ! 無理かっ」
ターニャは敵の槍の柄を足場に逆方向へジャンプする。
ジャンプした先にいた敵兵の頭を足場にさらにジャンプし、敵軍と間合いを取る。
「ゴッツ様! ここは我らにお任せを!」
槍兵たちがターニャの前にズラリと並ぶ。
「うむ、ここはお前たちに任せる」
「はっ!」
敵将はマントを翻すと峡谷の奥へと部隊を移動し始めた。
「ゴッツ……? あの『アート・オブ・ウォー』のゴッツ?」
ターニャの頭の中に一人の男が浮かんだ。
この世界で軍属の者であれば誰しも知っている名前だ。
エンディアのゴッツ。この世界でも有数の猛将だ。
用兵に長けるとともに自身も相当の使い手として名を馳せている。
その高名は配下の士気を奮い立たせ、エンディアの兵は恐れを知らぬと言われている。
ゴッツの挙げた戦果は数知れず、小国であるエンディアが隣国ギガンに飲み込まれず生き残っているのは、この男の存在によるところが大きい。
特に有名な逸話は、隣国ギガンとの戦闘における「雨中の千人斬り」だ。
しかし……その話は今から五〇年前の出来事だ。
先程ターニャが見た男の姿はどう見ても二〇代から三〇代前半といった風貌だった。
その去ってゆく背中を追おうと試みるターニャの前にエンディア兵が立ちふさがった。
ルマンが到着する。
「兄者! 敵はあのゴッツだよ」
「そうか」
ルマンは驚く風もなく一言そういうと、ターニャに訊ねた。
「ここを預けても大丈夫か?」
「もちろん!」
ルマンはその場をターニャに預け、ゴッツ本隊の後を追う。
ルマンはターニャと別れるとすぐにゴッツ本隊に追いついた。
敵部隊を射程距離におさめ、長弓を構える。
その瞬間ルマンは異常な風の流れを感じた。すぐさま構えを解き横に飛ぶ。
彼の立っていた地面に斬撃のような切れ目ができていた。
――かまいたちか。
恐らくネミィを仕留めたであろう攻撃だ。
切れ目の向きからその攻撃はゴッツの部隊から放たれたものと分かる。
ルマンは敵部隊に目をやった。
敵部隊は中央から二つに分かれ、その中央に大将ゴッツが立っている。
ルマンとゴッツの視線がぶつかる。
どちらが宣言したわけでもないが、その場にいた兵たちはこれから一騎打ちが始まることを予感した。
歩み寄る両者。距離にして百メートルほどの場所で二人は足を止めた。
「私はエンディア軍大将ゴッツ。その長弓は九大将のルマンだな」
ルマンは答えない。相手の能力が不明である時点では迂闊な言動に出るべきではないからだ。
答えの代わりにルマンはさっと弓を構えると力を込めて引き絞った。ゴッツは刀を構える。
ルマンが矢を放つのとゴッツが刀を振り下ろすのは同時だった。
矢とかまいたちが放たれる。
両者の攻撃は空中で衝突。衝撃波が生じ周囲の地面から砂煙が上がる。
砂煙の中からゴッツが飛び出してくる。
ルマンの想定どおりの攻撃。ルマンは落ち着いてゴッツめがけ次の矢を放つ。
矢はゴッツの眉間に命中した。
矢が命中した衝撃でゴッツは大きく後方に回転しながら吹き飛ぶ。
ルマンは違和感を覚えた。
これではまるで「死を恐れない」ような攻撃ではないか。
後方に吹き飛ばされたゴッツは倒れることなく足から地面に着地した。眉間には矢が刺さったままだ。
その表情は頭を貫かれたにもかかわらず意識がはっきりして見える。
ルマンは理解した。
「なるほど、不死能力者か」
「その通り」
そう言うとゴッツは大きく刀を振りかぶり水平方向に振った。
かまいたちがルマンを襲う。
「風防御魔法!」
ルマンの周辺空間に空気の壁が現れかまいたちをかき消した。
「ほぉ。風魔法の使い手とはな」
「少々はかじっているのさ」
ルマンは弓を置き剣を抜いた。
「こちらの方が性にはあっているんだがね」
睨み合う両者。エンディア兵は手が出せない。
少しの間をおいて両者は互いに切りかかった。
ルマンは右斜め上からの斬り払い、ゴッツは上段からの斬り下ろしだ。
峡谷に激しく金属のぶつかる音が響く。初撃は刃同士が直撃した。
初撃のぶつかった衝撃を利用しルマンは回転しながら敵の足に追撃をかける。
ゴッツはバックステップでそれを避けるが剣先が腹部をかすめた。
甲冑の表面に切れ目が入り、そこから内臓の一部がはみ出る。
「確かに。良い腕だ」
再度二人の気が張り詰める。
剣の腕においてはルマンの方が上ではある。
しかし不死能力者は死を恐れない分、捨て身の攻撃が可能だ。
もっとも、腕なり足なりを落とすことができれば決着はつく。
今回のような戦いでは突きよりも、体の部分を欠損させる大振りな攻撃を出す必要がある。
大振りな攻撃は隙を生みやすく、体力を失いやすい。
勝負を長引かせると不利だ。それは相手も気づいていることだろう。
「でやぁっ!」
先に動いたのはルマンだ。
左からの大きな横薙ぎの一撃で相手の右腕、あるいは胴体を両断する攻撃だ。
その斬撃に対しゴッツは右腕をかばい体の前面で剣を受けた。
ゴッツの胸部に深々と剣が刺さる。
剣を止めたゴッツはそのままルマンの剣を掴んだ。
「私の勝ちだな」
ゴッツは大きく右手の刀を振り上げる。
「そうでもないさ……風刃魔法!」
ルマンの呪文とともに、ゴッツの胸に刺さった剣を中心として無数のかまいたちが生じる。
かまいたちはゴッツの目を、指を、耳を削いだ。
全身から血を吹き出すゴッツ。
指が削がれた事で構えていた刀も地面に落ちる。
「兄者! 無事かい!」
そこへターニャとキリークも合流した。
三対一、ゴッツの負けが見えた。
「覚悟しな、ゴッツ」
キリークが棍棒を肩に担ぎゴッツに突っ込む。
棍棒の一撃はゴッツの左肩を砕いた。
「むぅぅぅ!」
唸るゴッツ。
その時、突如上空に魔法陣が現れた。
そしてその中から巨大な手が降ってくる。
ルマンらはその手から逃れるように散った。
「うぅむ‥…ここまでか……」
ゴッツは観念したかのように瞼を閉じる。
天から伸びた手はゴッツを掴んだ。
「ルマンよ……また会おう」
ゴッツを掴んだ腕はそのまま天に昇っていき、魔法陣は消えた。
「逃したか……」
いつの間にか敵本隊もその姿を消していた。
ルマンらはエンディアを目指し進軍を再開した。
エンディア軍伏兵による先制攻撃を許した紅月隊は、敵影すら捕捉できないまま死地のただ中にいた。
「各隊は班に分かれ、遮蔽物を背に前進。戦闘能力保持者は遊撃」
三番隊長ルマンの命令に従い、各班は崖沿いに峡谷のエンディア側出口を目指す。
この峡谷は砂岩が長い期間を経て風化して生まれたもので、迷路のように複雑な地形をしている。
高い崖の上は平坦な台地となっており、網目状に下層の砂地がある。
紅月隊はその下層の砂地を行軍している。
時折吹く渇いた風が進むべき方角を示す。風の吹く方角に出口があるはずだ。
部隊は縦隊となってゆっくりと前進を続ける。
戦闘能力保持者は敵を探り、部隊を先行して進んでいた。
最前はルマン、キリーク、ターニャの三隊長だ。
将が先頭を移動するという陣形は士気をあげることを目的とする場合が多いが、この紅月隊において隊長が先行することは士気の向上を目的とはしていない。
紅月隊の全九隊の隊長、通称「九大将」は一人あたりの戦闘能力が数十から数百の兵に匹敵する。つまりはコミュニケーションによるロスの無い分、中隊以上の脅威を持った個人ということになる。
彼ら九大将が部隊を先行するということは、無駄な犠牲を避けるために大きな意味を持つのだ。
かすかな敵の気配を見逃さないようにルマンたちは無言で峡谷を進む。
やがて人一人が通れる程度の細い道に差し掛かった。
ルマンは左手を横にしターニャとキリークを制止する。
「この地形、厄介だな」
ルマンが呟く。彼は、自分であればこの細道で相手を狙撃するだろうと思った。
どこから狙撃するか……おそらくは崖上。あるいは細道の出口。
ルマンは背負っていた長弓を構え、一本の矢をつがえると崖上に向けた。
「矢の豪雨!」
ルマンが矢を放った矢は瞬く間に無数の矢に分裂した。
矢自体が分裂したのではない。矢の持つエネルギーが拡散し、無数の矢のように見えるのだ。
これこそが彼の能力「超弓」だ。
矢の豪雨が崖上を襲う。
崖上から叫び声が聞こえ、やがてクロスボウを腕に取り付けた敵弓兵が次々に転落してきた。
「やったな兄者!」
ターニャが喜びの声をあげるが、ルマンもキリークも表情ひとつ変えない。
とりあえず崖上の弓兵は殲滅したが油断は出来ない。まだ敵は残っていると考えるのが自然だ。
細道を注意深く進む。
おそらくこの細道を抜けた地点は狙撃兵の的となるだろう。
ルマンは細道を抜けきる前にターニャに言った。
「ターニャ、お前は崖上から行け。俺とキリークでこの細道の先にいる敵を叩く」
「了解!」
ターニャは元気よく返事をすると、「ジャンプ」の能力を使い両側の崖壁を蹴って崖上まで飛んだ。
その様子を確認してルマンはキリークに声を掛ける。
「キリーク、一気に行くぞ」
「了解したよ兄さん」
ルマンとキリークの二人は一気に細道を駆ける。
同時にターニャも崖上を走った。
細道をおおよそ五分程度で走り抜ける。
ルマンたちは円形の広場状の場所に出た。
眼前には数百名の歩兵部隊、そして広場を囲む崖上にもびっしりとクロスボウ部隊がいた。
崖上に展開している数百の敵クロスボウ部隊がルマンたちに向かって一斉に矢を放つ。
「想定通りだねぇ」
クロスボウの矢の速度は長弓のそれよりも速く、直線的な軌道を描く。
そのため練度の低い兵でも容易に標的を狙うことができる。
長弓を愛用するルマンは常々「なんて単純な攻撃なのか」と思うのだ。
長弓であれば雨のように降らせることで敵の逃げ場をなくすこともできるだろう。
速度において超人的な彼らにとっては、直線的な攻撃は避けやすい。
細道の出口一点をめがけて放たれた攻撃はその地点を一気に駆け抜けた二人にはカスりもしなかった。
そしてクロスボウの弱点は装填の遅さだ。
クロスボウを一回装填する間に長弓であれば数回射出可能だ。
そして、今ここにいるのは「超弓」の能力を持つルマンであり、当然のように前方に展開した部隊に対して矢の豪雨を放つ。
前方に展開した部隊はルマンの放つ矢で壊滅した。
ルマンが矢を放つのと同時にキリークも動いていた。
キリークは右側に展開している部隊を狙った。
念動力でソフトボール大の鉄球八個を宙に浮かせると、鋼鉄の棍棒で野球の打撃のように打ち出す。
時速にして二百キロをゆうに超える鉄球が敵を襲う。触れるだけで骨肉が吹き飛ぶ一打だ。
敵に当たった鉄球は念動力で再びキリークの元へ戻り、キリークはそれを再度打ち出す。
さながら早打ちティーバッティングのようだ。
ターニャも負けてはいない。
崖上を走っていたターニャは二人よりも早く敵と接触していた。
敵が飛び道具の場合、垂直方向へのジャンプは命取りだ。水平方向にジャンプを繰り出す。
敵はターニャの動きに照準を合わせることが出来ない。
彼女は敵の間を縫うように飛び回り、手にした槍で相手の喉笛を撫でるように切り裂く。
その優しい斬撃は、斬られたことに気付かないまま息絶える者もいるほどだ。
かくして兄妹はものの数十秒で数百のクロスボウ部隊を殲滅したのだった。
「……流石だ。これが噂に聞く九大将か」
敵の大将が感心するとともにルマン達を指さして部下の数班に攻撃を指示した。
「かかれ!」
数十名の歩兵が一斉に槍を構えて突進してくる。
一方敵本隊は峡谷の奥深くに後退した。
「誘い込んでいるようだね……兄さんここは僕が相手をするからターニャと先に行ってくれないか」
「キリーク、後ろは預けたぞ」
ルマンは突進してくる敵を迂回しつつ、敵本隊を追う。
歩兵隊はその突進の矛先をキリークに向けた。
「覚悟ォォォ!」
キリークは敵との距離が近いため鉄球打撃による攻撃ではなく、棍棒による直接打撃にて戦うことにした。
敵の槍は長槍、キリークの武器は鋼鉄製の棍棒。リーチが倍以上違う。
敵の槍衾がキリークを襲う。キリークは槍の間を最小限の動作ですり抜け、敵の中に潜り込むと棍棒を一気に振り切った。
鉄の竜巻のような攻撃だ。それに触れるものは例外なく肉片となる。
運よく槍を当てる事ができた者もいるが、刃は彼の肉体を傷つけることは出来ない。なぜならキリークの鎧は厚さ三センチもある超重厚な鋼鉄製の鎧なのだ。並みの人間であれば動くことすらままならない代物だ。
「すまないね。見ればわかると思うけど重いものでね。手加減なんてできゃしないのさ」
数十名の槍兵は鉄の竜巻の餌食となった。
ルマンとターニャは敵本隊を追う。先に敵に追いついたのはターニャだ。
敵軍の陣形を見下ろし、敵大将の位置を確認する。
陣形の前方気味中央にいる大男がおそらく敵の大将であろう。
青と白を基調とした輝く甲冑は見るからに質の良いものだ。
ターニャは崖上から十文字槍を構えて直接大将へと飛び込む。一撃で勝敗を決するつもりだ。
その気配に気づいた敵兵は大将の前で槍の壁を作り、自分の将を守った。
「ちっ! 無理かっ」
ターニャは敵の槍の柄を足場に逆方向へジャンプする。
ジャンプした先にいた敵兵の頭を足場にさらにジャンプし、敵軍と間合いを取る。
「ゴッツ様! ここは我らにお任せを!」
槍兵たちがターニャの前にズラリと並ぶ。
「うむ、ここはお前たちに任せる」
「はっ!」
敵将はマントを翻すと峡谷の奥へと部隊を移動し始めた。
「ゴッツ……? あの『アート・オブ・ウォー』のゴッツ?」
ターニャの頭の中に一人の男が浮かんだ。
この世界で軍属の者であれば誰しも知っている名前だ。
エンディアのゴッツ。この世界でも有数の猛将だ。
用兵に長けるとともに自身も相当の使い手として名を馳せている。
その高名は配下の士気を奮い立たせ、エンディアの兵は恐れを知らぬと言われている。
ゴッツの挙げた戦果は数知れず、小国であるエンディアが隣国ギガンに飲み込まれず生き残っているのは、この男の存在によるところが大きい。
特に有名な逸話は、隣国ギガンとの戦闘における「雨中の千人斬り」だ。
しかし……その話は今から五〇年前の出来事だ。
先程ターニャが見た男の姿はどう見ても二〇代から三〇代前半といった風貌だった。
その去ってゆく背中を追おうと試みるターニャの前にエンディア兵が立ちふさがった。
ルマンが到着する。
「兄者! 敵はあのゴッツだよ」
「そうか」
ルマンは驚く風もなく一言そういうと、ターニャに訊ねた。
「ここを預けても大丈夫か?」
「もちろん!」
ルマンはその場をターニャに預け、ゴッツ本隊の後を追う。
ルマンはターニャと別れるとすぐにゴッツ本隊に追いついた。
敵部隊を射程距離におさめ、長弓を構える。
その瞬間ルマンは異常な風の流れを感じた。すぐさま構えを解き横に飛ぶ。
彼の立っていた地面に斬撃のような切れ目ができていた。
――かまいたちか。
恐らくネミィを仕留めたであろう攻撃だ。
切れ目の向きからその攻撃はゴッツの部隊から放たれたものと分かる。
ルマンは敵部隊に目をやった。
敵部隊は中央から二つに分かれ、その中央に大将ゴッツが立っている。
ルマンとゴッツの視線がぶつかる。
どちらが宣言したわけでもないが、その場にいた兵たちはこれから一騎打ちが始まることを予感した。
歩み寄る両者。距離にして百メートルほどの場所で二人は足を止めた。
「私はエンディア軍大将ゴッツ。その長弓は九大将のルマンだな」
ルマンは答えない。相手の能力が不明である時点では迂闊な言動に出るべきではないからだ。
答えの代わりにルマンはさっと弓を構えると力を込めて引き絞った。ゴッツは刀を構える。
ルマンが矢を放つのとゴッツが刀を振り下ろすのは同時だった。
矢とかまいたちが放たれる。
両者の攻撃は空中で衝突。衝撃波が生じ周囲の地面から砂煙が上がる。
砂煙の中からゴッツが飛び出してくる。
ルマンの想定どおりの攻撃。ルマンは落ち着いてゴッツめがけ次の矢を放つ。
矢はゴッツの眉間に命中した。
矢が命中した衝撃でゴッツは大きく後方に回転しながら吹き飛ぶ。
ルマンは違和感を覚えた。
これではまるで「死を恐れない」ような攻撃ではないか。
後方に吹き飛ばされたゴッツは倒れることなく足から地面に着地した。眉間には矢が刺さったままだ。
その表情は頭を貫かれたにもかかわらず意識がはっきりして見える。
ルマンは理解した。
「なるほど、不死能力者か」
「その通り」
そう言うとゴッツは大きく刀を振りかぶり水平方向に振った。
かまいたちがルマンを襲う。
「風防御魔法!」
ルマンの周辺空間に空気の壁が現れかまいたちをかき消した。
「ほぉ。風魔法の使い手とはな」
「少々はかじっているのさ」
ルマンは弓を置き剣を抜いた。
「こちらの方が性にはあっているんだがね」
睨み合う両者。エンディア兵は手が出せない。
少しの間をおいて両者は互いに切りかかった。
ルマンは右斜め上からの斬り払い、ゴッツは上段からの斬り下ろしだ。
峡谷に激しく金属のぶつかる音が響く。初撃は刃同士が直撃した。
初撃のぶつかった衝撃を利用しルマンは回転しながら敵の足に追撃をかける。
ゴッツはバックステップでそれを避けるが剣先が腹部をかすめた。
甲冑の表面に切れ目が入り、そこから内臓の一部がはみ出る。
「確かに。良い腕だ」
再度二人の気が張り詰める。
剣の腕においてはルマンの方が上ではある。
しかし不死能力者は死を恐れない分、捨て身の攻撃が可能だ。
もっとも、腕なり足なりを落とすことができれば決着はつく。
今回のような戦いでは突きよりも、体の部分を欠損させる大振りな攻撃を出す必要がある。
大振りな攻撃は隙を生みやすく、体力を失いやすい。
勝負を長引かせると不利だ。それは相手も気づいていることだろう。
「でやぁっ!」
先に動いたのはルマンだ。
左からの大きな横薙ぎの一撃で相手の右腕、あるいは胴体を両断する攻撃だ。
その斬撃に対しゴッツは右腕をかばい体の前面で剣を受けた。
ゴッツの胸部に深々と剣が刺さる。
剣を止めたゴッツはそのままルマンの剣を掴んだ。
「私の勝ちだな」
ゴッツは大きく右手の刀を振り上げる。
「そうでもないさ……風刃魔法!」
ルマンの呪文とともに、ゴッツの胸に刺さった剣を中心として無数のかまいたちが生じる。
かまいたちはゴッツの目を、指を、耳を削いだ。
全身から血を吹き出すゴッツ。
指が削がれた事で構えていた刀も地面に落ちる。
「兄者! 無事かい!」
そこへターニャとキリークも合流した。
三対一、ゴッツの負けが見えた。
「覚悟しな、ゴッツ」
キリークが棍棒を肩に担ぎゴッツに突っ込む。
棍棒の一撃はゴッツの左肩を砕いた。
「むぅぅぅ!」
唸るゴッツ。
その時、突如上空に魔法陣が現れた。
そしてその中から巨大な手が降ってくる。
ルマンらはその手から逃れるように散った。
「うぅむ‥…ここまでか……」
ゴッツは観念したかのように瞼を閉じる。
天から伸びた手はゴッツを掴んだ。
「ルマンよ……また会おう」
ゴッツを掴んだ腕はそのまま天に昇っていき、魔法陣は消えた。
「逃したか……」
いつの間にか敵本隊もその姿を消していた。
ルマンらはエンディアを目指し進軍を再開した。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
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40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
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容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
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連載時、HOT 1位ありがとうございました!
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クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
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