あなたが遺した花の名は

きまま

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言葉をなくした私を見て、グレイブはゆっくりと微笑んだ。
その笑みは沈黙を好むように優しくて、どこか儚くて、目を離してしまえば、そのまま消えてしまいそうだった。だったら、彼と近くにいたい。そう思ってしまった。

気づけば、私は靴音さえ忍ばせるように、彼のいるベッドへと歩み寄っていた。
部屋の空気がゆっくりと変わっていく。
近づくたびに彼の呼吸が聞こえ、その弱さに胸を締めつけた。

「……リシェル?」

呼びかけられた声に私は答えず、そっと彼の隣に腰を下ろした。
沈み込むベッドが、彼の体温と呼吸の気配を伝えてきて、沈黙。
言葉を交わしてしまえば壊れてしまうような、その静寂の中、ただ同じ場所に座っただけだ。それなのに、胸の奥で何かがゆっくり溶けていく気がした。
私は何を言えばいいのだろうか。それすらも分からない。けれど、たしかに彼のそばにいたかった。

「……リシェル。窓の外を見て」

促されて外を見れば、庭の一角に白い花々が揺れていた。
弱々しい陽の光を受けて、ひとつひとつの花弁がきらきらと瞬いている。

「あれは、私が作ったんだ」

言葉があまりにも自然すぎて、最初は意味を飲み込めなかった。

「まだ少しだけ身体が動いた頃に、執事に頼んで、無理をしてね。毎日、この景色を見るのが好きだったんだ」

彼は静かに息を吐いた。
その吐息が少し震えていることに、私はようやく気づく。

「君が来ない日も……あの花があるだけで、安心できたんだ。きっと、君にも見せたかったんだろうね、私は」

まるで独り言のような、淡くほどける声だった。

私はただ彼を見つめることしかできなかった。
何を言おうとしても、喉がきゅっと痛くなり、言葉が消えていく。
その沈黙が、彼を責めるものではなく、ただの苦しさだと分かっているのか、グレイブはやわらかく首を傾けた。

「泣かないでくれ、リシェル。そんな顔をされると……、頑張って嫌われた意味がなくなってしまう」

そう言いながら、彼はそっと手を伸ばした。
その指先は、触れることもできないほど力がなかった。

「これを君に渡したかったんだ」

彼の手の中には、小さな布袋が握られていた。
白い花の種がいくつも入っているらしい。

「庭の花と同じものだ。君の好きな場所に、ひとつだけでもいい……まいておくれ」

乾いた音を立てて、種の袋が私の手に落ちる。
その重みが妙に生々しくて、胸の奥を突いた。

「私と会う……いや、話すのはこれが最後になると思うんだ」

淡い声が部屋に落ちた瞬間、時間が止まったように感じた。

「だから……ひとつだけ、言わせてほしい」

静まり返った部屋の中、彼の瞳がまっすぐにこちらを射抜く。
その澄んだ色は、まるで私の未来をそっと押し出すような優しさだった。

「——どうか、お幸せに」

その一言が胸の奥で鈍く響いた瞬間、
私はようやく気づいた。
彼が今日、こんなにも饒舌なのは——これが本当に最後だからだ、と。

部屋の空気がひどく冷たくなった。
喉の奥がつまって、何も言えない。
ただ、涙だけが静かにこぼれ落ちた。

——これがグレイブとの最後の会話だった。
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