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グレイブの死を告げる鐘の音が、まだ朝靄の残る空気を震わせていた。——それは彼との会話から数週間後のことだった。
葬儀は王城の奥にある小さな礼拝堂でひっそりと執り行われた。
ひとつ歩くたびに石畳が冷たく響き、胸の奥まで硬くなっていくようだった。
礼拝堂の扉が重く開き、中では香の匂いが静かに満ちている。
参列者たちは皆が皆声を潜め、誰も彼もが沈黙だけを共有していた。
棺は白い布に包まれていた。
その白さが、まるであの日の花々の色と重なって見えてしまい、胸がきゅっと締めつけられる。
私はゆっくりと近づき、棺の側に立ち、それに触れようとした指先が震えた。
ほんの数週間前、あの弱い手が私に花の種を渡した時の温度が、まだ指に残っている気がして。——それを失うのが酷く怖かった。
神官の祈りの声が流れる。
単調で静かで、冷たい石壁に吸い込まれていく声。その中で私はただひたすらに彼の横顔を見つめていた。
眠るような穏やかさ。
でも、そこにはもうあの日の言葉の温度も、あの優しい笑みも存在してはいなかった。
「……せめて、安らかに」
胸の奥のどこかがかすかに砕けるような声が、自分の口から漏れた。
葬儀は静かに進み、静かに終わった。
誰かの悲しみが響くでもなく、華美な飾りもなく、ただ花が花弁を舞わせるように儚いまま。
礼拝堂を出ると、冷たい風が頬を撫でていった。その風だけが、まるで「前へ進め」と急かしてくるようだった。
——でも、気持ちはまだ、あの日の部屋に置き去りのまま。
沈んだ気持ちのまま、グレイブの邸宅へと訪れる。
庭にはあの日、彼が見せてくれた白い花と同じものが咲き誇っていた。
ひとつ、またひとつと光を受けて白く浮かび上がり、まるで彼の代わりに微笑んでいるかのように見えた。
それでも、この花々が咲く庭は次期跡取りの意向で撤去されるらしい。
父が病弱な兄の面倒ばかりみていたその嫉妬から、という噂が出回っているらしいが、その真偽は定かではない。けれど、この白い花が居なくなってしまうというのは、確かなことらしい。
彼は愛されていたのだろうか、とふと揺れる白い花を眺めながら、考える。
茶会では、彼は跡取りとしての噂として語られ、弟はいつも凍りついたような視線を向けていた。白い花の庭さえ、彼が遺したものだというだけで、その名もまるでなかったことのように消されようとしている。
これが、彼が受けてきた愛なのだろうか。
それらを愛と呼ぶには、彼が私にあげた愛とは随分と形が違うような気がした。
私はどうだろうか。他の人とは違うと胸を張って言えるだろうか。
——きっと言えない。一度、彼を嫌ってしまったから。
けれど、その弱さも後悔も、胸の痛みも、すべて抱えたままでいいのだと思った。
彼が最後に託した白い花は、彼が誰にも見せられなかった優しさであり、誰にも届かなかった祈りであり、何より、彼自身の証そのものなのだから。
そして、それがこのまま消えてしまうのは、どうにも私の執着が嫌がっている。
私はそっと手の中の種を見つめた。
その小さな重みが、彼の最後の言葉を語っているような気がする。
私が彼に寄り添い続けた理由が愛ならば。
私は彼の幸せを願うのみだ
涙を拭いて、顔を上げる。
私は一歩、前へ踏み出した。
彼の花を、この世界に残すために。
「まずはどこに植えようかな」
白い花は風に揺れ、微笑み、頷くようにきらめいた。
––完––
葬儀は王城の奥にある小さな礼拝堂でひっそりと執り行われた。
ひとつ歩くたびに石畳が冷たく響き、胸の奥まで硬くなっていくようだった。
礼拝堂の扉が重く開き、中では香の匂いが静かに満ちている。
参列者たちは皆が皆声を潜め、誰も彼もが沈黙だけを共有していた。
棺は白い布に包まれていた。
その白さが、まるであの日の花々の色と重なって見えてしまい、胸がきゅっと締めつけられる。
私はゆっくりと近づき、棺の側に立ち、それに触れようとした指先が震えた。
ほんの数週間前、あの弱い手が私に花の種を渡した時の温度が、まだ指に残っている気がして。——それを失うのが酷く怖かった。
神官の祈りの声が流れる。
単調で静かで、冷たい石壁に吸い込まれていく声。その中で私はただひたすらに彼の横顔を見つめていた。
眠るような穏やかさ。
でも、そこにはもうあの日の言葉の温度も、あの優しい笑みも存在してはいなかった。
「……せめて、安らかに」
胸の奥のどこかがかすかに砕けるような声が、自分の口から漏れた。
葬儀は静かに進み、静かに終わった。
誰かの悲しみが響くでもなく、華美な飾りもなく、ただ花が花弁を舞わせるように儚いまま。
礼拝堂を出ると、冷たい風が頬を撫でていった。その風だけが、まるで「前へ進め」と急かしてくるようだった。
——でも、気持ちはまだ、あの日の部屋に置き去りのまま。
沈んだ気持ちのまま、グレイブの邸宅へと訪れる。
庭にはあの日、彼が見せてくれた白い花と同じものが咲き誇っていた。
ひとつ、またひとつと光を受けて白く浮かび上がり、まるで彼の代わりに微笑んでいるかのように見えた。
それでも、この花々が咲く庭は次期跡取りの意向で撤去されるらしい。
父が病弱な兄の面倒ばかりみていたその嫉妬から、という噂が出回っているらしいが、その真偽は定かではない。けれど、この白い花が居なくなってしまうというのは、確かなことらしい。
彼は愛されていたのだろうか、とふと揺れる白い花を眺めながら、考える。
茶会では、彼は跡取りとしての噂として語られ、弟はいつも凍りついたような視線を向けていた。白い花の庭さえ、彼が遺したものだというだけで、その名もまるでなかったことのように消されようとしている。
これが、彼が受けてきた愛なのだろうか。
それらを愛と呼ぶには、彼が私にあげた愛とは随分と形が違うような気がした。
私はどうだろうか。他の人とは違うと胸を張って言えるだろうか。
——きっと言えない。一度、彼を嫌ってしまったから。
けれど、その弱さも後悔も、胸の痛みも、すべて抱えたままでいいのだと思った。
彼が最後に託した白い花は、彼が誰にも見せられなかった優しさであり、誰にも届かなかった祈りであり、何より、彼自身の証そのものなのだから。
そして、それがこのまま消えてしまうのは、どうにも私の執着が嫌がっている。
私はそっと手の中の種を見つめた。
その小さな重みが、彼の最後の言葉を語っているような気がする。
私が彼に寄り添い続けた理由が愛ならば。
私は彼の幸せを願うのみだ
涙を拭いて、顔を上げる。
私は一歩、前へ踏み出した。
彼の花を、この世界に残すために。
「まずはどこに植えようかな」
白い花は風に揺れ、微笑み、頷くようにきらめいた。
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