あなたが遺した花の名は

きまま

文字の大きさ
14 / 14

14.

しおりを挟む
グレイブの死を告げる鐘の音が、まだ朝靄の残る空気を震わせていた。——それは彼との会話から数週間後のことだった。

葬儀は王城の奥にある小さな礼拝堂でひっそりと執り行われた。
ひとつ歩くたびに石畳が冷たく響き、胸の奥まで硬くなっていくようだった。
礼拝堂の扉が重く開き、中では香の匂いが静かに満ちている。
参列者たちは皆が皆声を潜め、誰も彼もが沈黙だけを共有していた。

棺は白い布に包まれていた。
その白さが、まるであの日の花々の色と重なって見えてしまい、胸がきゅっと締めつけられる。

私はゆっくりと近づき、棺の側に立ち、それに触れようとした指先が震えた。
ほんの数週間前、あの弱い手が私に花の種を渡した時の温度が、まだ指に残っている気がして。——それを失うのが酷く怖かった。

神官の祈りの声が流れる。
単調で静かで、冷たい石壁に吸い込まれていく声。その中で私はただひたすらに彼の横顔を見つめていた。

眠るような穏やかさ。
でも、そこにはもうあの日の言葉の温度も、あの優しい笑みも存在してはいなかった。

「……せめて、安らかに」

胸の奥のどこかがかすかに砕けるような声が、自分の口から漏れた。

葬儀は静かに進み、静かに終わった。
誰かの悲しみが響くでもなく、華美な飾りもなく、ただ花が花弁を舞わせるように儚いまま。

礼拝堂を出ると、冷たい風が頬を撫でていった。その風だけが、まるで「前へ進め」と急かしてくるようだった。

——でも、気持ちはまだ、あの日の部屋に置き去りのまま。

沈んだ気持ちのまま、グレイブの邸宅へと訪れる。
庭にはあの日、彼が見せてくれた白い花と同じものが咲き誇っていた。
ひとつ、またひとつと光を受けて白く浮かび上がり、まるで彼の代わりに微笑んでいるかのように見えた。

それでも、この花々が咲く庭は次期跡取りの意向で撤去されるらしい。
父が病弱な兄の面倒ばかりみていたその嫉妬から、という噂が出回っているらしいが、その真偽は定かではない。けれど、この白い花が居なくなってしまうというのは、確かなことらしい。

彼は愛されていたのだろうか、とふと揺れる白い花を眺めながら、考える。
茶会では、彼は跡取りとしての噂として語られ、弟はいつも凍りついたような視線を向けていた。白い花の庭さえ、彼が遺したものだというだけで、その名もまるでなかったことのように消されようとしている。
これが、彼が受けてきた愛なのだろうか。
それらを愛と呼ぶには、彼が私にあげた愛とは随分と形が違うような気がした。

私はどうだろうか。他の人とは違うと胸を張って言えるだろうか。
——きっと言えない。一度、彼を嫌ってしまったから。

けれど、その弱さも後悔も、胸の痛みも、すべて抱えたままでいいのだと思った。
彼が最後に託した白い花は、彼が誰にも見せられなかった優しさであり、誰にも届かなかった祈りであり、何より、彼自身の証そのものなのだから。
そして、それがこのまま消えてしまうのは、どうにも私の執着が嫌がっている。

私はそっと手の中の種を見つめた。
その小さな重みが、彼の最後の言葉を語っているような気がする。

私が彼に寄り添い続けた理由が愛ならば。
私は彼の幸せを願うのみだ

涙を拭いて、顔を上げる。
私は一歩、前へ踏み出した。
彼の花を、この世界に残すために。

「まずはどこに植えようかな」

白い花は風に揺れ、微笑み、頷くようにきらめいた。

––完––
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

【完結】理想の人に恋をするとは限らない

miniko
恋愛
ナディアは、婚約者との初顔合わせの際に「容姿が好みじゃない」と明言されてしまう。 ほほぅ、そうですか。 「私も貴方は好みではありません」と言い返すと、この言い争いが逆に良かったのか、変な遠慮が無くなって、政略のパートナーとしては意外と良好な関係となる。 しかし、共に過ごす内に、少しづつ互いを異性として意識し始めた二人。 相手にとって自分が〝理想とは違う〟という事実が重くのしかかって・・・ (彼は私を好きにはならない) (彼女は僕を好きにはならない) そう思い込んでいる二人の仲はどう変化するのか。 ※最後が男性側の視点で終わる、少し変則的な形式です。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

完結 愛される自信を失ったのは私の罪

音爽(ネソウ)
恋愛
顔も知らないまま婚約した二人。貴族では当たり前の出会いだった。 それでも互いを尊重して歩み寄るのである。幸いにも両人とも一目で気に入ってしまう。 ところが「従妹」称する少女が現れて「私が婚約するはずだった返せ」と宣戦布告してきた。

処理中です...