95 / 119
第八章 浮遊霊の抱える不安
95.眠気
しおりを挟む
食事を済ませ部屋に戻ってきた胡桃はすっかり機嫌も直っていた。そしていつもと同じように机に向かい一時間の勉強をこなした。勉強を終えて大きく背伸びした胡桃は思い出したようにバッグから何かを取り出した。それは先ほど喫茶店で出してもらったチョコレートだ。
「頭を使うとエネルギーを消費するから甘いもの食べたくなるのよ」
誰にも咎められていないのに唐突な説明をするあたり、同い年とはいえやはり一人の女性なのだなと感じる。そんな時部屋の外から声がかかった。
「胡桃さん、いいかしら?」
「はーい、なにかしら? 康子さん」
胡桃が部屋の戸を開けるとパジャマ姿の康子が立っていた。
「先ほど言い忘れてしまったのだけれど、明日は出かける予定なんです。矢島まで行くのだけれど一緒に行くかしら?」
「矢島とはずいぶん遠いわね」
矢島は隣の県にある大きな都市だ。僕は行ったことないのでどういうところか知らないが、見聞きする話だとこの近隣とは比べ物にならない大都市らしい。
「そんな遠くまで何しに行くの?電車だと三時間くらいかかるのかしらね」
「そうね、でも真子さんに誘われていて、朝日さんが車を出してくださるそうなの。でも目的は、国内外の有名メーカーが出店する食器類の展示販売なので、胡桃さんは興味持てないかもしれないわねぇ」
「確かに退屈そうね、私は遠慮させていただくわ。明日もまたぶらり旅へ行こうかしら」
「朝早く向かうのだけれど起こした方がいいかしら?それともゆっくり寝ていますか?」
「うーん、起きると言うと起きられないし、起きないと宣言するのもなにか負けた気がするわね。とりあえず、明日には明日の風が吹く、ということにしておくわ」
「あらあら、では朝食とお弁当を用意しておきますね。おにぎりとサンドウィッチとどちらがいいかしら?」
「ありがとう、サンドウィッチをお願いするわ。BLTできる?」
「はい、できますよ、ベーコンはカリっと、ですね」
「ええ、塩味強めでお願いね」
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
康子は自分の部屋に戻ったようだ。それを見て胡桃も扉を閉める。
「明日も絹原まで行くんでしょう?」
「はい、一応毎日見に行かないと不安ですし。先週の月曜に出掛けてもう一週間になるので、いくらなんでも明日には戻ってくると思うんですよね」
「まったく、帰りの予定も伝えないなんて心配になるのも当たり前だわ。もしもがあってからじゃ遅いでしょうにね」
「そのもしもの期限も伝聞でしかすぎませんから、実際にどのくらいの日数なのかわからないんですよね。なので余計に心配なんです」
「明日には帰ってきているといいわね。さあ、明日はお弁当もお願いしてしまったし、早めに起きて出かけることにしましょう。千代ちゃん、今日も一緒に寝ましょうか?」
「うん、千代もおやすみするー」
「英介君ももっと近くに来たら?」
「い、いえ、僕はここで平気です。それじゃおやすみなさい」
「えいにいちゃんもいっしょにねたらいいのにねー」
「そうよねー」
胡桃が千代の話し方を真似しながら僕の方を見て微笑んでくれる。それだけで僕は十分幸せな気分だ。ほんの数秒後には胡桃も千代も目を閉じて眠りにつく。僕は壁にもたれかかりそんな二人をじっと見ていた。
数分後には千代の寝息が聞こえてきた。どうやら完全に寝てしまったようだ。胡桃も今日は話しかけてこないので眠っているのだろう。
ここからは何もしない、何もできない一人の時間となる。こうやって膝を抱えて座っているだけで何時間も過ごさなければいけないのは少々退屈だが、この先何年も続くのだからいい加減慣れておかないといけないだろう。
一応目を閉じて寝る振りをしてみても眠気なんてものは全くやってこない。きっと眠るという行為は、生き物が疲労を回復することや成長するために必要なものであって、成長が止まり疲労することのない僕達幽霊にはその機能が必要なくなっているのだろう。
しかし千代はすぐそばで寝ているという矛盾。これも胡桃の持つ能力の一つなのだとして、そこに何かしらのメリット、デメリットがあるのだろうか。
たとえば、千代の成長がいきなり再開したとしたらきっと驚くだろう。
そうだ、千代と言えばあの石碑だ。苗字がわからなかったので千代の身内が、特に兄の名前が書かれているのかはわからないが気になることではある。今すぐにと言うわけではないが、折を見て千代の本名を聞くことを覚えておこう。
ただ、もし兄の名がそこにあったとしたら、千代がこの世にとどまっている理由が無くなってしまうことになる。そうしたら千代は僕達の前から消えてしまうだろう。それを考えると知らないほうがいい気もする。
そんなことを考えながら、僕は時間が過ぎるのを待っていた。
「頭を使うとエネルギーを消費するから甘いもの食べたくなるのよ」
誰にも咎められていないのに唐突な説明をするあたり、同い年とはいえやはり一人の女性なのだなと感じる。そんな時部屋の外から声がかかった。
「胡桃さん、いいかしら?」
「はーい、なにかしら? 康子さん」
胡桃が部屋の戸を開けるとパジャマ姿の康子が立っていた。
「先ほど言い忘れてしまったのだけれど、明日は出かける予定なんです。矢島まで行くのだけれど一緒に行くかしら?」
「矢島とはずいぶん遠いわね」
矢島は隣の県にある大きな都市だ。僕は行ったことないのでどういうところか知らないが、見聞きする話だとこの近隣とは比べ物にならない大都市らしい。
「そんな遠くまで何しに行くの?電車だと三時間くらいかかるのかしらね」
「そうね、でも真子さんに誘われていて、朝日さんが車を出してくださるそうなの。でも目的は、国内外の有名メーカーが出店する食器類の展示販売なので、胡桃さんは興味持てないかもしれないわねぇ」
「確かに退屈そうね、私は遠慮させていただくわ。明日もまたぶらり旅へ行こうかしら」
「朝早く向かうのだけれど起こした方がいいかしら?それともゆっくり寝ていますか?」
「うーん、起きると言うと起きられないし、起きないと宣言するのもなにか負けた気がするわね。とりあえず、明日には明日の風が吹く、ということにしておくわ」
「あらあら、では朝食とお弁当を用意しておきますね。おにぎりとサンドウィッチとどちらがいいかしら?」
「ありがとう、サンドウィッチをお願いするわ。BLTできる?」
「はい、できますよ、ベーコンはカリっと、ですね」
「ええ、塩味強めでお願いね」
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
康子は自分の部屋に戻ったようだ。それを見て胡桃も扉を閉める。
「明日も絹原まで行くんでしょう?」
「はい、一応毎日見に行かないと不安ですし。先週の月曜に出掛けてもう一週間になるので、いくらなんでも明日には戻ってくると思うんですよね」
「まったく、帰りの予定も伝えないなんて心配になるのも当たり前だわ。もしもがあってからじゃ遅いでしょうにね」
「そのもしもの期限も伝聞でしかすぎませんから、実際にどのくらいの日数なのかわからないんですよね。なので余計に心配なんです」
「明日には帰ってきているといいわね。さあ、明日はお弁当もお願いしてしまったし、早めに起きて出かけることにしましょう。千代ちゃん、今日も一緒に寝ましょうか?」
「うん、千代もおやすみするー」
「英介君ももっと近くに来たら?」
「い、いえ、僕はここで平気です。それじゃおやすみなさい」
「えいにいちゃんもいっしょにねたらいいのにねー」
「そうよねー」
胡桃が千代の話し方を真似しながら僕の方を見て微笑んでくれる。それだけで僕は十分幸せな気分だ。ほんの数秒後には胡桃も千代も目を閉じて眠りにつく。僕は壁にもたれかかりそんな二人をじっと見ていた。
数分後には千代の寝息が聞こえてきた。どうやら完全に寝てしまったようだ。胡桃も今日は話しかけてこないので眠っているのだろう。
ここからは何もしない、何もできない一人の時間となる。こうやって膝を抱えて座っているだけで何時間も過ごさなければいけないのは少々退屈だが、この先何年も続くのだからいい加減慣れておかないといけないだろう。
一応目を閉じて寝る振りをしてみても眠気なんてものは全くやってこない。きっと眠るという行為は、生き物が疲労を回復することや成長するために必要なものであって、成長が止まり疲労することのない僕達幽霊にはその機能が必要なくなっているのだろう。
しかし千代はすぐそばで寝ているという矛盾。これも胡桃の持つ能力の一つなのだとして、そこに何かしらのメリット、デメリットがあるのだろうか。
たとえば、千代の成長がいきなり再開したとしたらきっと驚くだろう。
そうだ、千代と言えばあの石碑だ。苗字がわからなかったので千代の身内が、特に兄の名前が書かれているのかはわからないが気になることではある。今すぐにと言うわけではないが、折を見て千代の本名を聞くことを覚えておこう。
ただ、もし兄の名がそこにあったとしたら、千代がこの世にとどまっている理由が無くなってしまうことになる。そうしたら千代は僕達の前から消えてしまうだろう。それを考えると知らないほうがいい気もする。
そんなことを考えながら、僕は時間が過ぎるのを待っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる