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第十章 二人の王子
41.二粒の母
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王の頭の中にある構想とどちらが大きいだろうか。もうそれくらい大きくなっているのがクラウディアのお腹である。孕んだのが判ってから半年以上たつが、それにしても大きすぎると医師は言っていた。これは相当の難産が予想されるし、出産があまりに重いと母体が危険に陥ることもある。そう言われながら日々の診察を受けていると、もういつ生まれてもおかしくないと宣告を受けた。
「もう準備が始まっております。
今日からはこちらへお泊り下さい。
もちろん伽は禁止ですので陛下も無理はおっしゃらないようお願いいたします」
「わかっておる、わかっておるとも。
物事の優先順位くらい言われなくとも承知しておるわ。
まったく医者と言うのは口うるさくて敵わん」
この国の学術水準からすると非常に高度な知識と技術を身に着けているのが王城付きの国王直属医師である。海外への留学で学んでいることはもちろん、元々の頭脳が優れていると言われている。勉学のために国を跨ぐなどと言うのは高度な医療技術を習得する時くらいで、優秀な貴族の子女でも認められることはほとんどない。実質王の娘たちだけに与えられた特権と言えよう。しかしそれは広く明かされていることでは無く、本人たちと王以外には奥御殿の女達くらいしか知らないことだ。
クラウディアが治療室で寝泊まりを始めてから一週間ほど経ったある夜、それは唐突に始まった。激しい陣痛、尋常でないほどに苦しがる母の姿はいつも冷静な医師をも動揺させた。やがて夜が明け日が高くなってもまだ母の道は広がらない。
「ぎぎぎぃいいぃい、いだい、いたい、うううぅううぅぅぐぐ――
んぐぅうううぐぐふうぎぎぎ、たただだいいたただぃいいいい――」
そして次の夜が訪れた頃、とうとう道が開き始めたのだった。昼のうちに、睡眠が不足していた医師の代わりに見習いが面倒を見ていたため万全の体制で迎えることが出来た。ようやく見えてきた小さな頭、しかしなかなか出て来てくれない。
「さああいきんで! すってーはいてー、ゆっくり、おおきく
はい吸ってー、息んで! 吸ってー、はい、息んで!!
えっ? ええっ!? あああ!!」
「んぎゃ、ぉぎゃぁ、んぎゃあ」
「おぎゃあ、おぎゃあぁ、おぎゃあ」
赤子の声が聞こえたことで、いても経っても居られなくなった役立たずの老体は、医師見習いの制止を振り切りベッドの腋までやってきてしまった。今まさに取り上げられ桶の中で身をきれいにしている最中だと言うのに。
「陛下、母体が衰弱していますので一目だけですぐに退出を。
それと、赤子は男女の双子でございました!
おめでとうございます。」
「なんと! まさか二人も授かることが出来るとは!
それで腹が異常に大きかったのだな。
おおお、クラウディアよ、大儀だ、大儀であった!」
「へ、陛下…… ありがとうございます……
無事に産まれてなに、より…… 嬉しゅう…… ござ」
息も絶え絶えに苦しげな表情を示している母に変わり、医師が間に入って国王(やくたたず)を部屋の外へ押しやった。残された医師と見習い、そして手伝いの女たちは改めて拍手をしてクラウディアを称えた。
「本当にご苦労様でした、しばらくは安静に休んでくださいませ。
数日はもう男は入れませんから安心してください」
「ありがとうございます…… 本当に疲れました……
皆さまもしっかりとお休みくださいね……」
そこまで言うとクラウディアは砂のようにベッドへ溶けて行き寝息をたてはじめた。明らかな消耗と疲労、これを回復させるために栄養価の高いものを食べさせる必要がある。そう考えた医師たちは、今後のメニューについてや、誰が面倒見るのか順番や担当を決めるので忙しそうにしている。そして治療室の外には張り紙がされたのである。
『男性立ち入り禁止、むやみに近づかないこと
しばらくは医療は出来ないので病や怪我をしないこと
これは身分、立場には関係なく適用される』
こと医療行為に関しては医師の言うことが絶対である。どう見ても個人へ宛てたものにも見えるし実際そうではあるのだが、浮かれた雰囲気が漂うことで副次的な事故が起こることも多い。そのために医師が対応できないことを事前に知らせておくことにしたのだった。
こうして万全な準備、そして事後の手際よい対応と日々の世話により、クラウディアは命の危険に陥ることなく回復へと向かった。一週間もすると王も出入りを許されたのだが、あまりにも出入りが多くやかましくするため三日で出入り禁止へ逆戻りとなった。
「もう準備が始まっております。
今日からはこちらへお泊り下さい。
もちろん伽は禁止ですので陛下も無理はおっしゃらないようお願いいたします」
「わかっておる、わかっておるとも。
物事の優先順位くらい言われなくとも承知しておるわ。
まったく医者と言うのは口うるさくて敵わん」
この国の学術水準からすると非常に高度な知識と技術を身に着けているのが王城付きの国王直属医師である。海外への留学で学んでいることはもちろん、元々の頭脳が優れていると言われている。勉学のために国を跨ぐなどと言うのは高度な医療技術を習得する時くらいで、優秀な貴族の子女でも認められることはほとんどない。実質王の娘たちだけに与えられた特権と言えよう。しかしそれは広く明かされていることでは無く、本人たちと王以外には奥御殿の女達くらいしか知らないことだ。
クラウディアが治療室で寝泊まりを始めてから一週間ほど経ったある夜、それは唐突に始まった。激しい陣痛、尋常でないほどに苦しがる母の姿はいつも冷静な医師をも動揺させた。やがて夜が明け日が高くなってもまだ母の道は広がらない。
「ぎぎぎぃいいぃい、いだい、いたい、うううぅううぅぅぐぐ――
んぐぅうううぐぐふうぎぎぎ、たただだいいたただぃいいいい――」
そして次の夜が訪れた頃、とうとう道が開き始めたのだった。昼のうちに、睡眠が不足していた医師の代わりに見習いが面倒を見ていたため万全の体制で迎えることが出来た。ようやく見えてきた小さな頭、しかしなかなか出て来てくれない。
「さああいきんで! すってーはいてー、ゆっくり、おおきく
はい吸ってー、息んで! 吸ってー、はい、息んで!!
えっ? ええっ!? あああ!!」
「んぎゃ、ぉぎゃぁ、んぎゃあ」
「おぎゃあ、おぎゃあぁ、おぎゃあ」
赤子の声が聞こえたことで、いても経っても居られなくなった役立たずの老体は、医師見習いの制止を振り切りベッドの腋までやってきてしまった。今まさに取り上げられ桶の中で身をきれいにしている最中だと言うのに。
「陛下、母体が衰弱していますので一目だけですぐに退出を。
それと、赤子は男女の双子でございました!
おめでとうございます。」
「なんと! まさか二人も授かることが出来るとは!
それで腹が異常に大きかったのだな。
おおお、クラウディアよ、大儀だ、大儀であった!」
「へ、陛下…… ありがとうございます……
無事に産まれてなに、より…… 嬉しゅう…… ござ」
息も絶え絶えに苦しげな表情を示している母に変わり、医師が間に入って国王(やくたたず)を部屋の外へ押しやった。残された医師と見習い、そして手伝いの女たちは改めて拍手をしてクラウディアを称えた。
「本当にご苦労様でした、しばらくは安静に休んでくださいませ。
数日はもう男は入れませんから安心してください」
「ありがとうございます…… 本当に疲れました……
皆さまもしっかりとお休みくださいね……」
そこまで言うとクラウディアは砂のようにベッドへ溶けて行き寝息をたてはじめた。明らかな消耗と疲労、これを回復させるために栄養価の高いものを食べさせる必要がある。そう考えた医師たちは、今後のメニューについてや、誰が面倒見るのか順番や担当を決めるので忙しそうにしている。そして治療室の外には張り紙がされたのである。
『男性立ち入り禁止、むやみに近づかないこと
しばらくは医療は出来ないので病や怪我をしないこと
これは身分、立場には関係なく適用される』
こと医療行為に関しては医師の言うことが絶対である。どう見ても個人へ宛てたものにも見えるし実際そうではあるのだが、浮かれた雰囲気が漂うことで副次的な事故が起こることも多い。そのために医師が対応できないことを事前に知らせておくことにしたのだった。
こうして万全な準備、そして事後の手際よい対応と日々の世話により、クラウディアは命の危険に陥ることなく回復へと向かった。一週間もすると王も出入りを許されたのだが、あまりにも出入りが多くやかましくするため三日で出入り禁止へ逆戻りとなった。
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