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第十章 二人の王子

42.蜜と闇

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 寒い冬が来る直前に厳しい出産を終えることが出来た若き母は、しっかりと栄養を蓄え健康的な年明けを迎えた。王もようやく落ち着きを取戻し二人の寝室には小さめだが赤子用のそれにしては大きなベッドが加えられた。小さなベッドには当然王とクラウディアが授かった双子が寝かせられている。

 新たな王子は『ギルガメス・クラウ・オウン・ダマエライト』と名付けられ王の後継を担い大切に育てられることになるが、双子のもう一人は『フローリア・クラウ・ダマエライト』と名付けらた。こちらは伸び伸びと自由に育てられ、いずれは医療が学術の道へと進むことになるだろう。

 側室が生んだ王族の子は、慣例からすると二歳を過ぎれば母親から引き離され、王城と離れた場所で教育係と乳母の元で育つことになる。女子も似たようなものだが、こちらは奥御殿隣接のため母親の行き来は自由である。この決まりを回避して子らを手元へ残すための方法がただ一つあり、それは一見すると容易で何の障害もなく、王の望むまま正室になるだけで良かった。だが妃になるにはクラウディアが抱える三つの心配事があった。

 一つはは自分が奴隷印を持っている事。いくら特例で新たな身分を貰えた今でも、その背には醜く肌を焼いた瘢痕(ケロイド)が残されており、かつての立場、かつての悲劇を記憶から消すことを許さない。これが近しいもの以外に明らかになってしまったら、王と王子の立場が悪くなるのは明白だ。医師のパリーニが焼印を消すか、せめて目立たなくする方法を探すと言ってくれた時には、彼女へ縋(すが)りながら泣き崩れたものだ。

 もう一つはアーゲンハイムの元で王族と告げられずに育てられているもう一人の我が子『フラムス・アリア・イレウ・アーゲンハイム』のことだ。現在フラムスには王位継承権がないが、歳上で同じ母を持つため、この先身分が明かされた時どうなるかはわからない。一体あの子にはいつまで王族であることを隠しておくのだろうか。もし将来そのことを知り妬みや恨みを持ったらどうなるか。アルベルト同様、何かの切っ掛けで狂気に染まり、子らや王への暴虐が起こることだけは避けなければならない。

 そして最後の一つ、それはタクローシュの存在である。あの激高型でクラウディアを憎んでいる暴徒が今の今まで何もしてこないのはどういうことなのか。もう一年以上も自室へ幽閉され子作りに励んでいるようだが、最近その話は噂程度にも聞かれなくなった。先々子を作ることを諦め表へ出て来た場合には、真っ先に王やクラウディア、そして子らに刃を向けるかもしれない。

 すでに王位継承権一位である王子が、もうすでにこの世で暴虐を働くことは出来ない身であることを知らないクラウディアは、いつも頭の片隅で警戒し怯えていた。王がすぐそばにいる時には安心できるのだが、少しでも離れてしまったらあの男を止められるものはいない。彼の奥御殿にいる女達へ毒を盛ることを依頼しようかと考えたことも一度や二度ではないが、王族には毒など効かないと知り諦めた。

 そんな暗い心を表には出さず新年の儀へと参列し、年が明け一歳になった貴族の子らへ王が祝福を授けているのを神妙な面持ちで見つめていた。もちろんその中にはアーゲンハイム伯爵がその手に抱(いだ)くフラムスがおり、その顔がきれいな赤子のものであったことを確認し安堵する。なにせ一年以上見ていなかったので、その間にアルベルトのような醜い顔になっていたらと心配だったのだ。

 だがクラウディアは、安堵した同じ心で殺意を持っていることに気付き激しい動機に襲われた。自分はいつからこんなにも醜い心を持ってしまったのだ。タクローシュが、フラムスがいなければ我が子ギルガメスは安泰なのに。その心配事の火種をなんとか消すことが出来ないかと考えてしまう自分が恐ろしかった。

 思い返せばアルベルトと最後に分かれたあの日、正真正銘本心で激高しながら彼に向かって声を荒げたその時、心の中の冷静な自分が囁(ささや)いた恨みを晴らす最高の方法。それが王城へ侵入させ賊として始末させることだった。クラウディアはあの醜男(しこお)さえ罰を受ければそれでいいと考えていたのに、その母親である王妃スーデリカと自分を城から追いやったアンミラまで巻き添えにしてくれたのだから笑いが止まらなかった。そしてその甘い蜜の味は、知らずのうちにクラウディアの心に巣食ったどす黒い成功体験なのである。

 華やかな宴席の中でこのような闇を抱えている者がどれだけいるのだろうか。王を良く思わない貴族たちや、今よりも多くの冨と地位を得たいと考える令嬢たち、もしかしたら兄弟を出し抜いて家督を継ごうと策を巡らす次男、三男もいるかもしれない。だがそれらのどれよりもクラウディアの闇は濃く、欲は深く、念は強いと自負していた。

 たかが齢十四にして降りかかった厄災と恥辱、掴んでしまった幸福と悦びは、世を知らぬ一人の幼子(おぼこ)を狂わせるには十分であった。それでも少女はすでに三児の母であり強い女性でもある。全ての欲を満たしたわけでも全ての恨みを晴らしたわけでもない。クラウディアが呑みこみひっそりと心の中へと沈んだ闇は、今はまだ静かにその時を待つのだった。
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