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告白

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「恋ってなんだろうね。
 僕にはそれがわからなかった、いや今でもわからないままなんだ。
 でもね、その昔、僕に恋心を寄せてくれた人がいたんだ。
 しばらくお付き合いした後、その人が僕に向かって結婚を申し出てくれた時は、素直にうれしかったことを今も覚えているよ」

 ナギサが静かに語りだした。なるほど、ナギサからではなく、相手からの求愛によって結ばれた仲だったのか。まあナギサきっと昔からカッコよかっただろうし、不思議なことではないだろう。

「その頃、僕は精神的に不安定な時期でね。
 誰かに支えてほしかったのかもしれない。
 こんなこと言うと失礼だけど、つまりは相手の好意に付け込んで肩を貸してもらったってところかな」

「そんなこと…… 誰でも良かったってわけじゃないでしょ?」

「もちろんそうだね。
 その人は優しくて、僕の気持ちをよく理解しようとしてくれた。
 そうだなあ、二人でいるときには安らぎがあったというとキザだけど、まあそんな具合さ。
 このままこの時間が永遠に続いてもいい、そんな風にも思っていたよ」

 素敵な話ではあるが、言い回しに少し違和感を覚えた。続けばいい、ではなく続いてもいいとは、いったいどういう意味だろう。続かない方がいいけど、続いてもいいって意味だろうか。

「その時の僕にはどうしても果たしたい願望があったんだ。
 それを考えると、日々とても苦しく、辛く、どうにもできない自分を呪うことしかできなかった。
 僕はなぜか出会って早々に、その秘めた願望をその人へ打ち明けてしまっていた。
 だけど、どんなに寄り添っていてくれたとしても、その願望をかなえてもらうことはできないし、そんなこと期待してはいけないことだった」

 どんな願望でどんなに悩んでいたのかまったく想像ができないけど、愛だの恋だのでは乗り越えられないような障害だったのか。それともナギサが恋をしたことがないってこととなにか関係があるのだろうか。

「だって、その僕の願望は、彼にとっていいことなんて一つもない、むしろ障害でしかない。
 僕が諦めれば、二人の安らぎは永遠だったのかもしれなかったんだ。
 だけど僕は諦めることができなかったんだ」

「えっ、今…… 彼って……」

「そうだね、その時の僕のお相手は十以上年上の三十台中盤だったかな。
 僕が十九だったから、ちょっと離れ過ぎていたかもしれないね。
 高校三年の後半、精神的にも肉体的にも完全に体調を崩していた僕は、大学受験に失敗した。
 勉強はきっちりしていたつもりだったけど、受験することができなかったんだ」

 ナギサは淡々と話を続けていくが、私はすでに大分混乱していて、どういう顔で聞いていたらいいのかわからなくなっていた。

「両親は進学に否定的どころか、僕の存在自体を否定するような暴言を浴びせるひどい親だった。
 今ではDVなんて言葉が当たり前だけど、当時はまだそれほど一般的では無かったな。
 そんな時代だから逃げ出し方もわからなければ、頼れる相手や行政、団体もわからず逃げ場のない毎日だった」

 重い…… いくらなんでも重すぎる話になってきてしまった。私みたいなことも出受け止めきれるのだろうか。でもせっかく誰にでもできないような話をしてくれているナギサのためにも、出来る限り真剣に聞くべきだと考えていた。

「ちょっと重い話になってしまって悪いね。
 でも今となっては大したことじゃないから気にしないで」

 私の心を知ってか知らずか、ナギサが気を使ってくれている。でも気にしないでと言われて割り切れるような内容ではなかった。

「そんな時期に、たまたま百貨店の中で出会ったのが彼だったっんだ。
 僕は当てもなく店内を歩いていたんだけど、とある商品棚の前でたちどまっていた。
 商品に興味を引いたとかそういうことじゃなくて、たまたま、まあ歩き疲れてたのかな。
 立ち止ってからどのくらいの時間が経った頃かわからないけど、目の前に一枚のハンカチが差し出されたんだ」

「それがその男性…… ですか?」

「そう、差し出された相手を見ると、どこにでもいるような普通のサラリーマン風。
 でもとても優しく微笑んでくれている彼がそこにいた。
 なんでハンカチを差し出しているのかと思ったら、いつの間にか僕は、声も出さずに涙をぼろぼろとこぼしていたんだ」

 自分でもわからずに泣いてしまうことって確かにあると思う。中学受験直前の模試がうまくいかなかったときは、お父さんが帰ってきて玄関で顔を合わせた瞬間に泣き出してしまったっけ。

「自分でも訳が分からずにビックリしつつ、その時はのハンカチを借りてしまった。
 もちろん自分でもハンカチくらい持ってはいたんだけどね。
 その後、悲しい時には甘いものでも食べた方がいい、なんて言われて喫茶店へ連れて行かれてさ。
 僕の分だけ注文を済ませて仕事へ戻っていってしまったんだ。」

「喫茶店では一緒じゃなかったんだ?
 なんか変な感じの男性ですね」

「僕が鳴いてしまったお店へ商品を卸しに来てたらしく、まだ仕事途中だったんだってさ。
 だから僕はケーキを食べ終わってからお礼に行ったんだ。
 そうしたら彼は、お礼に戻ってこなくなって良かったのに、泣いていた原因を取り除けなくてごめん、なんて言ってね」

「随分優しい人だったんですね。
 なんだかステキです」

「なんであんなに優しくしてくれたのかはわからないけど、ただ単に優しい人なのかもしれない。
 相談したいことがあったらなんでも言ってくれって名刺くれてね。
 それから週に数回会ってお茶するだけ、恋愛感情なんてかけらもなくて、ただ甘えるだけだったな」

 少し話疲れたのか、ナギサはコーヒーに口をつけ大き目に呼吸をした。それを見て私は、話はこれからが本番なのかもしれないと、そんな予感を感じていた。
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