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第一章 卯月(四月)
12.四月二十九 夜 五日市邸にて
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つい先ほどまで初崎宿の訪問を受けていた五日市中は憤りを感じ、そして悩んでいた。
『まったく、神事をなんと考えているのか。
櫛田家や七草家の小娘はともかく、初崎の宿兄までスポーツ感覚では困る。
そりゃ織贄の儀を受ける家は不参加だから気楽なもんだが……』
八家五番手の分家、五日市家の当主である中はもう何十分も頭を抱えている。彼の頭を悩ましているのは八家筆頭である櫛田家当主、櫛田八早月が提案した内容についてだった。
後継者である次期当主たちが現段階での力量を披露し、さらに力を高める儀式を受ける場である織贄の儀、すでに当主である者たちはそれを見守り評価するのが役目である。それをただ見ているだけでは暇を持て余すため、現当主だけで同じように仕合おうと言いだしたのだ。
中はそんなことには反対だった。まず、本家櫛田家の力は別格であり分家の序列も絶対的で、過去をできる限り遡っても呼士同士の戦いで序列がくつがえされた例は無く、やる前から結果は見えている。
次に、全員が参加するようなことになれば、負けた側は丸一日以上に渡り呼士を使うことが出来なくなる。そうなれば勝った側に見回り当番のしわ寄せが来る。
最後に、織贄の儀は神事なのだから、時間を持て余すなどと言う理由で見世物にしてはならないと考えていた。加えて言うなら、櫛田の当主が、自分がまだ幼いから侮られないよう、その力を誇示するために言いだしたのではないかとも考えていた。
それほど本家現当主である八早月の力は絶大だ。本来であれば年に一度の織贄の儀を何年も繰り返し受けることで徐々に力をつけていき、鍛錬を十分に積んだことを他の当主全員に示し認められることでようやく当主を継げるもののはず。
しかし櫛田の童が女贄になったその日に初めて披露した呼士は、八家当主全ての呼士を圧倒してしまい、その力を誰もが認めることとなった。
中はおよそ三十年前、自分が男贄になった時のことを思い出していた。八歳になった年に次期当主となる覚悟を問われる大蛇舞祭での儀式はとても恐ろしく、泣き虫だった中は大泣きした。
そこから年月が過ぎていき、三神、双宗、六田、四宮の継承者が儀式を受けるところを見てきたが、中ほど大泣きしないにせよ、儀式が終わるまで平然でいられた童は一人もおらず、程度はさまざまなれど誰もが泣き喚き奇声を上げて助けを求めた。なんなら特例の十六歳で儀式を受けた七草の娘ですら大泣きしたほどである。
しかし櫛田の童女は違っていた。白装束が自ら流した血で真っ赤に染まっても表情一つ変えず、供物である八匹の蛇に刃を立て尾を斬り落としていく際も、大人の手助け無く最後まで一人でやりきっていた。
前当主の櫛田道八に聞いたところ、特別な鍛錬はしておらず大蛇舞祭までは当たり前の修行のみであると言う。だが産まれた時以来一度も鳴き声を上げたことが無いことは間違いないらしい。
かと言って冷酷と言うわけではなく、童らしくよく遊び良く笑い、それでいて周囲への気遣いや労わりはきちんとできる良く出来た娘だ。
「あれを格が違うと言うのだろうな。
我々八岐贄の頂点に立つために産まれてきたに違いない。
勝つとか負けるとかそう言う次元の話をしても仕方がないのだ。
器が違う、立場が違う、素質が違う、なにより覚悟が違う!」
「俺もあまり言いたくはねえが、あそこの娘にはかなり分が悪いぜ。
ハッキリ言って勝てる見込みはチリ一つ分もねえだろうな。
どんな場面であろうとやりあいたくない相手さ、情けねぇ」
中の傍らにはいつの間にか浪人風の男が立っていた。髪は整得られておらず無造作に縛られ、あごには無精ひげが目立つ。着物の汚れ具合も、鍛冶仕事で鉄粉が大量に付着している中の作務衣といい勝負だろう。
この男の名は元恵、五日市家が継承してきた神器の神刃、柔宙剣を用いて中が顕現させた呼士である。尻の上に背中からぶら下げ吊っている大太刀は、根元が大きく湾曲していることから日本刀としては古い時代のものだとわかる。
そんな強者風の男でも勝負を避けたいと言いきってしまうのが、櫛田八早月の呼士である剣客乙女の真宵なのだ。彼女は反りの少ない小太刀を用いて戦う小兵だが、呼士には体格と筋力の相関関係は無く、身体能力の差は序列次第であり、付け加えるなら剣技もそれに比例する。
それは力と技だけに限らず、さらに当主の資質、経験を加えた力量が掛け合わされて最終的に呼士の能力となるわけだ。つまり――
「つまりお前はこう言いたいのだろう?
自分とあの剣客乙女では主の力量差が大きすぎ勝負にすらならない、と。
良い良い、わかっておるよ、私は自分の弱さを理解しているのだ」
「いや主殿、俺はなにも言っちゃいねえ。
アンタは十分よくやってるよ。
あのお嬢ちゃんたちが飛びぬけすぎてるんだから気にするこたぁねえさ」
「そうか? それなら慰めではなく励ましと受け取っておこう。
では今日も参るかな、北の方角に気配があるようだ。
今晩はまずそちらへ行ってみることにしよう」
そう言って五日市中は、襷のように元恵の背に掛かっている帯革に手をやる。しっかりと掴まれていることを確認した無精ひげの侍は、勢いよく宙へ駆け上って行った。
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櫛田家や七草家の小娘はともかく、初崎の宿兄までスポーツ感覚では困る。
そりゃ織贄の儀を受ける家は不参加だから気楽なもんだが……』
八家五番手の分家、五日市家の当主である中はもう何十分も頭を抱えている。彼の頭を悩ましているのは八家筆頭である櫛田家当主、櫛田八早月が提案した内容についてだった。
後継者である次期当主たちが現段階での力量を披露し、さらに力を高める儀式を受ける場である織贄の儀、すでに当主である者たちはそれを見守り評価するのが役目である。それをただ見ているだけでは暇を持て余すため、現当主だけで同じように仕合おうと言いだしたのだ。
中はそんなことには反対だった。まず、本家櫛田家の力は別格であり分家の序列も絶対的で、過去をできる限り遡っても呼士同士の戦いで序列がくつがえされた例は無く、やる前から結果は見えている。
次に、全員が参加するようなことになれば、負けた側は丸一日以上に渡り呼士を使うことが出来なくなる。そうなれば勝った側に見回り当番のしわ寄せが来る。
最後に、織贄の儀は神事なのだから、時間を持て余すなどと言う理由で見世物にしてはならないと考えていた。加えて言うなら、櫛田の当主が、自分がまだ幼いから侮られないよう、その力を誇示するために言いだしたのではないかとも考えていた。
それほど本家現当主である八早月の力は絶大だ。本来であれば年に一度の織贄の儀を何年も繰り返し受けることで徐々に力をつけていき、鍛錬を十分に積んだことを他の当主全員に示し認められることでようやく当主を継げるもののはず。
しかし櫛田の童が女贄になったその日に初めて披露した呼士は、八家当主全ての呼士を圧倒してしまい、その力を誰もが認めることとなった。
中はおよそ三十年前、自分が男贄になった時のことを思い出していた。八歳になった年に次期当主となる覚悟を問われる大蛇舞祭での儀式はとても恐ろしく、泣き虫だった中は大泣きした。
そこから年月が過ぎていき、三神、双宗、六田、四宮の継承者が儀式を受けるところを見てきたが、中ほど大泣きしないにせよ、儀式が終わるまで平然でいられた童は一人もおらず、程度はさまざまなれど誰もが泣き喚き奇声を上げて助けを求めた。なんなら特例の十六歳で儀式を受けた七草の娘ですら大泣きしたほどである。
しかし櫛田の童女は違っていた。白装束が自ら流した血で真っ赤に染まっても表情一つ変えず、供物である八匹の蛇に刃を立て尾を斬り落としていく際も、大人の手助け無く最後まで一人でやりきっていた。
前当主の櫛田道八に聞いたところ、特別な鍛錬はしておらず大蛇舞祭までは当たり前の修行のみであると言う。だが産まれた時以来一度も鳴き声を上げたことが無いことは間違いないらしい。
かと言って冷酷と言うわけではなく、童らしくよく遊び良く笑い、それでいて周囲への気遣いや労わりはきちんとできる良く出来た娘だ。
「あれを格が違うと言うのだろうな。
我々八岐贄の頂点に立つために産まれてきたに違いない。
勝つとか負けるとかそう言う次元の話をしても仕方がないのだ。
器が違う、立場が違う、素質が違う、なにより覚悟が違う!」
「俺もあまり言いたくはねえが、あそこの娘にはかなり分が悪いぜ。
ハッキリ言って勝てる見込みはチリ一つ分もねえだろうな。
どんな場面であろうとやりあいたくない相手さ、情けねぇ」
中の傍らにはいつの間にか浪人風の男が立っていた。髪は整得られておらず無造作に縛られ、あごには無精ひげが目立つ。着物の汚れ具合も、鍛冶仕事で鉄粉が大量に付着している中の作務衣といい勝負だろう。
この男の名は元恵、五日市家が継承してきた神器の神刃、柔宙剣を用いて中が顕現させた呼士である。尻の上に背中からぶら下げ吊っている大太刀は、根元が大きく湾曲していることから日本刀としては古い時代のものだとわかる。
そんな強者風の男でも勝負を避けたいと言いきってしまうのが、櫛田八早月の呼士である剣客乙女の真宵なのだ。彼女は反りの少ない小太刀を用いて戦う小兵だが、呼士には体格と筋力の相関関係は無く、身体能力の差は序列次第であり、付け加えるなら剣技もそれに比例する。
それは力と技だけに限らず、さらに当主の資質、経験を加えた力量が掛け合わされて最終的に呼士の能力となるわけだ。つまり――
「つまりお前はこう言いたいのだろう?
自分とあの剣客乙女では主の力量差が大きすぎ勝負にすらならない、と。
良い良い、わかっておるよ、私は自分の弱さを理解しているのだ」
「いや主殿、俺はなにも言っちゃいねえ。
アンタは十分よくやってるよ。
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そう言って五日市中は、襷のように元恵の背に掛かっている帯革に手をやる。しっかりと掴まれていることを確認した無精ひげの侍は、勢いよく宙へ駆け上って行った。
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