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第二章 皐月(五月)
14.五月一日 夜 四宮直臣 対 六田楓
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呼び出しがかかるといよいよ儀式の始まりが近いと言うことで、場の雰囲気は張りつめた物へと変わっていく。八岐神社から見て本家のある方向が真南と言うことも有りここ八畑村では南側が上座とされている。そのため演舞場で各家の当主が座るのも南側に設けられた席だ。
まず本家当主の八早月が中央に座り、分家の序列順に右左右と交互に座っていくのが習わしである。ちなみに八早月の椅子はいわゆる子供用の椅子なので大分かさ上げされており、周囲と比べてこじんまりしていると言うことはない。
それにひとたび声を上げればさすがの貫録で、他の当主はもちろん、宮司や巫女までもが背筋を伸ばさずにはいられない。その八早月が次の呼び出しを行った。つまり八岐贄が呼士を顕現させるために現当主が手を貸す段である。
「それでは当主、六田櫻、前へ。
続いて四宮臣人、前へ!
準備が整ったら始めてください」
「六田櫻、かしこまりました」
「四宮臣人、仰せのままに」
六田家当主であり楓の母である櫻は気の強い性格で、決めたことはどうにかしてやり遂げたいと考える性質の女性である。自分が女だてらに当主をやってきて苦労したと感じているため、娘には家督を継がせたくなかったらしい。
しかし、六田家は代々女腹と呼ばれるくらいの女系である。櫻の母がそうだったように、櫻が頑張って産んだ三人の子らもまた娘ばかりであった。これでもう五代は女当主が続いており長女の楓には引け目を感じていた。
そんな櫻が楓の背に掌を当て二人で願うと、その想いが神刃へと伝わり呼士を出現させる。楓の呼士は櫻と同じく筋骨隆々な巨漢の男性である。呼士の姿や性別を指定することは出来ないが、当人の願いや想いが投影されると言うのが通例だ。
六田家が継承している神刃は鎮地鎚という名の鎚、現代風に言えばトンカチやハンマーと言った類のものである。呼士が持つ武器は神刃に沿うものとなるため、剣なら剣、鎚なら鎚となる。そして楓の呼士が手にしている得物はその体躯に相応しい重量級の大槌だった。
「檜、ここに参上!
主は―― ああそうだったな、この小娘か、よろしく」
名乗りを上げた呼士は上半身裸で袴のみを履き、ぼさぼさ頭で巨漢の侍である。明らかに楓を舐めてかかっており、この様子では家督継承までまだまだと言ったところだと誰しもが瞬時に理解した。母である櫻は恥と感じたのかうつむいてしまったが、楓はまだ十六歳であるのだから悲観することはない。
次に四宮家当主である臣人の補助により直臣の呼士が姿を表した。凛々しい雰囲気の女性剣士と言うことで真宵と似ているところはあるが、こちらはグッと現代風でやや明るい髪色に三つ編みローポニーが特徴である。
四宮家に伝わる神刃、鳴樹鉾を元にした呼士らしく、地面から垂直に伸ばし天を指した先には、女性の体形にも似た曲線が美しい両刃の穂部が輝いている。
鉾を持って立つ姿は朱色の長柄同様一筋の光のように真っ直ぐで、美しいだけではなく強さを併せ持っていると感じさせた。さらに半着に行燈袴はその姿をモダンに見せ、両肩には襷を掛けていることから、すでに仕合う準備は万端と言ったところか。
「紅羽、ここに参りました」
女性剣士は紅羽と名乗った後、直臣の右後ろへと控える。どうやらうまく関係性が築けているようだと父である臣人は胸をなでおろした。先ほどの楓と檜を見て不安になったこともあるが、臣人と櫻では臣人が七つも上である。息子が一人前になる前にくたばってはならないと常日頃考えてばかりなのだ。
臣人が不安になるのも仕方ない。まだ当主となっていない八岐贄たちは自らの呼士と自由に会えるわけではない。こうして年に一度の織贄の儀でお互いを確認するのみである。結局は一年間どう過ごしどれくらい修練を積んで来たのかで関係性は決まるのだ。
かと言って武に関しては直臣はそれほど鍛錬をしていない。書道に精を出していることからもわかるように、大人し目で静かに物事を考えることが好きなのだ。もちろん早朝のランニングや棒術の稽古自体は毎日ではないが続けている。
そんな静と動を両立したとも言える生活が紅羽との関係性構築に役立ったのかもしれないが、全ては結果論なので正解はわからずじまいだ。それでもあと十年ほどのうちには立派な継承者に成長し、臣人は自分が生きているうちに間に合うだろうと考えていた。
双方の準備が終わりいよいよ立ち会いを始めることとなった。初崎宿の掛け声で仕合が始まったが、勝負は始まった瞬間に片が付きあっけない幕切れとなった。演舞場では楓が胸を抑えてうずくまっており、顔面蒼白の櫻が駆け寄っていた。檜の姿はすでになく、直臣と紅羽は無傷である。
風が葉を揺らす程度の音しか聞こえない中、空気を切り裂くように響いてきたのは八早月の声である。
「六田家当主、面を上げなさい。
今のは恥ではありません、楓も立派に務めたのですから胸を張るように。
ただし無様な敗北であったのは事実です。
原因については現当主が理解できているはずですから言及は致しません。
今後ますますの精進を期待しましょう」
「はっ、ありがとう存じます。
娘にも必ず伝えまして、来年には成長の証をお見せしたく。
それでは治療に向かいますのでこれにて失礼いたします」
六田櫻は巫女の手を借りて楓を抱えつつ、大急ぎで自宅へと帰って行った。打ちあって受けた傷ならまだしも、無抵抗での一閃は虚構の刃だったとしても相当の毀傷を受けただろう。とは言え肉体には何の影響もなく、呼士同士が戦い攻撃を受けると八岐贄が同じ個所への影響を受けると言う精神的な痛みである。
勝ちはしたが本質的にはノーゲームと言える結果に納得がいかない四宮臣人は、不満をあらわに櫻の後姿を見つめていた。
まず本家当主の八早月が中央に座り、分家の序列順に右左右と交互に座っていくのが習わしである。ちなみに八早月の椅子はいわゆる子供用の椅子なので大分かさ上げされており、周囲と比べてこじんまりしていると言うことはない。
それにひとたび声を上げればさすがの貫録で、他の当主はもちろん、宮司や巫女までもが背筋を伸ばさずにはいられない。その八早月が次の呼び出しを行った。つまり八岐贄が呼士を顕現させるために現当主が手を貸す段である。
「それでは当主、六田櫻、前へ。
続いて四宮臣人、前へ!
準備が整ったら始めてください」
「六田櫻、かしこまりました」
「四宮臣人、仰せのままに」
六田家当主であり楓の母である櫻は気の強い性格で、決めたことはどうにかしてやり遂げたいと考える性質の女性である。自分が女だてらに当主をやってきて苦労したと感じているため、娘には家督を継がせたくなかったらしい。
しかし、六田家は代々女腹と呼ばれるくらいの女系である。櫻の母がそうだったように、櫻が頑張って産んだ三人の子らもまた娘ばかりであった。これでもう五代は女当主が続いており長女の楓には引け目を感じていた。
そんな櫻が楓の背に掌を当て二人で願うと、その想いが神刃へと伝わり呼士を出現させる。楓の呼士は櫻と同じく筋骨隆々な巨漢の男性である。呼士の姿や性別を指定することは出来ないが、当人の願いや想いが投影されると言うのが通例だ。
六田家が継承している神刃は鎮地鎚という名の鎚、現代風に言えばトンカチやハンマーと言った類のものである。呼士が持つ武器は神刃に沿うものとなるため、剣なら剣、鎚なら鎚となる。そして楓の呼士が手にしている得物はその体躯に相応しい重量級の大槌だった。
「檜、ここに参上!
主は―― ああそうだったな、この小娘か、よろしく」
名乗りを上げた呼士は上半身裸で袴のみを履き、ぼさぼさ頭で巨漢の侍である。明らかに楓を舐めてかかっており、この様子では家督継承までまだまだと言ったところだと誰しもが瞬時に理解した。母である櫻は恥と感じたのかうつむいてしまったが、楓はまだ十六歳であるのだから悲観することはない。
次に四宮家当主である臣人の補助により直臣の呼士が姿を表した。凛々しい雰囲気の女性剣士と言うことで真宵と似ているところはあるが、こちらはグッと現代風でやや明るい髪色に三つ編みローポニーが特徴である。
四宮家に伝わる神刃、鳴樹鉾を元にした呼士らしく、地面から垂直に伸ばし天を指した先には、女性の体形にも似た曲線が美しい両刃の穂部が輝いている。
鉾を持って立つ姿は朱色の長柄同様一筋の光のように真っ直ぐで、美しいだけではなく強さを併せ持っていると感じさせた。さらに半着に行燈袴はその姿をモダンに見せ、両肩には襷を掛けていることから、すでに仕合う準備は万端と言ったところか。
「紅羽、ここに参りました」
女性剣士は紅羽と名乗った後、直臣の右後ろへと控える。どうやらうまく関係性が築けているようだと父である臣人は胸をなでおろした。先ほどの楓と檜を見て不安になったこともあるが、臣人と櫻では臣人が七つも上である。息子が一人前になる前にくたばってはならないと常日頃考えてばかりなのだ。
臣人が不安になるのも仕方ない。まだ当主となっていない八岐贄たちは自らの呼士と自由に会えるわけではない。こうして年に一度の織贄の儀でお互いを確認するのみである。結局は一年間どう過ごしどれくらい修練を積んで来たのかで関係性は決まるのだ。
かと言って武に関しては直臣はそれほど鍛錬をしていない。書道に精を出していることからもわかるように、大人し目で静かに物事を考えることが好きなのだ。もちろん早朝のランニングや棒術の稽古自体は毎日ではないが続けている。
そんな静と動を両立したとも言える生活が紅羽との関係性構築に役立ったのかもしれないが、全ては結果論なので正解はわからずじまいだ。それでもあと十年ほどのうちには立派な継承者に成長し、臣人は自分が生きているうちに間に合うだろうと考えていた。
双方の準備が終わりいよいよ立ち会いを始めることとなった。初崎宿の掛け声で仕合が始まったが、勝負は始まった瞬間に片が付きあっけない幕切れとなった。演舞場では楓が胸を抑えてうずくまっており、顔面蒼白の櫻が駆け寄っていた。檜の姿はすでになく、直臣と紅羽は無傷である。
風が葉を揺らす程度の音しか聞こえない中、空気を切り裂くように響いてきたのは八早月の声である。
「六田家当主、面を上げなさい。
今のは恥ではありません、楓も立派に務めたのですから胸を張るように。
ただし無様な敗北であったのは事実です。
原因については現当主が理解できているはずですから言及は致しません。
今後ますますの精進を期待しましょう」
「はっ、ありがとう存じます。
娘にも必ず伝えまして、来年には成長の証をお見せしたく。
それでは治療に向かいますのでこれにて失礼いたします」
六田櫻は巫女の手を借りて楓を抱えつつ、大急ぎで自宅へと帰って行った。打ちあって受けた傷ならまだしも、無抵抗での一閃は虚構の刃だったとしても相当の毀傷を受けただろう。とは言え肉体には何の影響もなく、呼士同士が戦い攻撃を受けると八岐贄が同じ個所への影響を受けると言う精神的な痛みである。
勝ちはしたが本質的にはノーゲームと言える結果に納得がいかない四宮臣人は、不満をあらわに櫻の後姿を見つめていた。
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