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第二章 皐月(五月)
27.五月四日 夜 双宗聖 対 四宮直臣
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本来予定されていた三神太一郎と六田楓の一戦は、さらに残されている双宗聖との対戦も含め、六田家当主である櫻の申し出により棄権、不戦敗となった。
これは朝から遊びに行っていた八早月に取って福音である。用事がなければ昼近くまでしっかり寝て夜の儀式のために英気を養うつもりだったのだが、誘われるがまま遊びに行っていたので開始時間の二十時を前にしてすでに眠気を感じており早く終わるに越したことはないからだ。
とは言っても遊びに行ったことを後悔しているわけではなく、誘ってくれた友達との時間は楽しく有意義だった。おしゃべりな友二人に釣られ何時間も話し続けたので顎が疲れているし、心なしか喉が枯れている気さえする。
「それでは組合せを変更し本日の織贄の儀を始めます。
巫女の方々はかがり火を焚いて下さい。
まずは東方、双宗家男贄、聖、前へ!
次、西方、四宮家男贄、直臣、前へ!」
神妙な面持ちで二名の継承者候補が演舞場へと進み出た。昨晩見せられた当主たちの戦いが頭に残っているせいか、初日二日目よりも緊張しているように見える。
「では双方当主、準備なされよ!
あらかじめ伝えておきますが、己の力量を超えたものを望まぬよう。
この儀は勝負をする場ではないことを理解し、研鑽の成果を見せるように!」
「はっ! 仰せのままに」
「かしこまりました!」
聖と直臣は自分より年下の小さな少女に気圧され短く返事をするのが精一杯だった。だが始める前から場に飲まれるほど未熟でもない。八早月にかけられた言葉の意味は初めから理解した上でこの場に来ているのだ。それでも緊張していたように見られてしまったのは未熟と言うほかない。
その精神状態によって呼士の力は変わってくるものであるし、なにより大切な主との関係性が維持できなくなると楓と檜のように身を守ることさえせず主を見殺しにするなどと言う問題も生じてしまう。
この二人にそこまでの心配はいらないが、万全の状態であることはやはり望ましいものだ。そして今、この場に現れた呼士たちは未熟な主にどう仕えるのか、主が呼士にとって仕える価値がある者だと思わせられるのか試されている。
「比呂秋、御前に見参」
「紅羽、ここへ参りました」
どうやら最初の仕合時と変わらず、八岐贄と呼士の関係性は良好のようだ。どちらの後継者もまだ移ろいやすい精神を持つ若さであり、親である当主たちも心配が尽きない時期である。
どちらも長柄の獲物である槍と鉾、それならば柄の長さが長く、修練を積んだ年月と序列を考えても双宗聖とその呼士である比呂秋が優勢だと考えられる。かといって直臣の素質と紅羽の力量もなかなかどうして、毎年非凡な才を見せている。
「双方準備宜しいか!
それでは構え、始め!」
準備が整った演舞場に降りた静寂も長くは保たれず、初崎宿の図太い声によって破られた。
それと同時に比呂秋がまさに一番槍と言わんばかりに仕掛ける。紅羽は束ねた髪を揺らしながら槍を避け、鉾を横薙ぎにしながら距離を取り直し次に備えた。どちらの間合いも十分に長く、遠く見えてもいつ攻撃が繰り出されてもおかしくない。
次に仕掛けたのは紅羽だった。間合いを詰めると言うよりまるで格闘戦に持ち込むかのように接近すると、片手で持った鉾を振り回しながらの斬撃を繰り出す。こうなると比呂秋には槍を引いて突く距離が稼げなくなる。
武者鎧の銅に紅羽の横蹴りが命中すると、比呂秋は後ずさりしながら片膝をついた。追うように距離を詰めていた紅羽は、とどめの一撃として素早く払い突きを放った。
『カキーン!』
甲高い金属音が響いらのち、比呂秋の腹をかすめた紅羽の鉾が宙に向かってそびえ立つ。槍で鉾の突きを弾き返すとはかなりの技量である。更にそれだけではなく、紅羽の左肩には近距離から突かれた槍の先が浅く刺さっている。
「てやあっ!」
「ふんぬ!」
肩に傷を負ったままの紅羽がためらいなく振り下ろした返し刃が比呂秋の頭上を襲うと、それを身体ごと押し返すように槍が深々と肩へ食い込んでいく。上から下へと美しい光の筋を残した鉾は、悲しくも空を切り地面へと落ちた。
「そこまで! 双方開始位置まで下がれ!
直臣は治療に向かいなさい、聖は、浅手のようだな」
「紅羽、大丈夫かい? 今日もありがとう。
僕が未熟なせいで痛い思いをさせてすまなかった、お疲れさま」
「いえ、無様なところをお見せしまして申し訳ございません。
明日こそは…… ではこれにて」
直臣からねぎらいの言葉をかけられた紅羽は、満足そうではないものの悔いはないと言った表情でその場を後にした。片や比呂秋は無言で主へ一礼し姿を消した。
「聡明さん、聖は立派に成長していますね。
大学で学びたいことがあるようなのに、修練も怠っていない様子。
良い後継者が育っており素晴らしく喜ばしいことです」
「はっ、ありがたきお言葉に感謝申し上げます。
師として、父として嬉しく思い、そして誇りを持てる姿でした」
八早月は筆頭当主として最大限の評価をした。聖に関してはあと数年もすれば当主を交代するとしても反対はされないだろう。大学浪人中であるため今後どうするかは本人次第と言ったところだ。もちろんまだまだ未熟ではあるのだが、それは現段階では当然のことである。
そして次に四宮臣人へ声をかけた。
「臣人さん、直臣と紅羽の関係性は素晴らしいものですね。
お互いが信頼しあい尊敬していると一目でわかります。
焦らずとももう数年の研鑽で、高みへ到達すると感じます。
あとは本人の覚悟次第でしょうか、先ほど受けた傷が少しだけ心配ですね」
「ははっ、過分な評価をいただきありがたき幸せ。
直臣にも伝えまして、今後もしっかりと精進するよう見守って参ります」
年齢を考えれば、現在後継者を目指す四名の中では直臣が一番素質があると思われる。これは全当主共通の認識であり期待をしていると言うことだ。しかし心が弱いのか痛みへの抵抗力がないのか、少々の傷で膝を付き立ち上がれなくなってしまうことが不安視されている。
課題はそれぞれだが、この日は高水準な戦いを見られて満足して引き上げる当主たちだった。
これは朝から遊びに行っていた八早月に取って福音である。用事がなければ昼近くまでしっかり寝て夜の儀式のために英気を養うつもりだったのだが、誘われるがまま遊びに行っていたので開始時間の二十時を前にしてすでに眠気を感じており早く終わるに越したことはないからだ。
とは言っても遊びに行ったことを後悔しているわけではなく、誘ってくれた友達との時間は楽しく有意義だった。おしゃべりな友二人に釣られ何時間も話し続けたので顎が疲れているし、心なしか喉が枯れている気さえする。
「それでは組合せを変更し本日の織贄の儀を始めます。
巫女の方々はかがり火を焚いて下さい。
まずは東方、双宗家男贄、聖、前へ!
次、西方、四宮家男贄、直臣、前へ!」
神妙な面持ちで二名の継承者候補が演舞場へと進み出た。昨晩見せられた当主たちの戦いが頭に残っているせいか、初日二日目よりも緊張しているように見える。
「では双方当主、準備なされよ!
あらかじめ伝えておきますが、己の力量を超えたものを望まぬよう。
この儀は勝負をする場ではないことを理解し、研鑽の成果を見せるように!」
「はっ! 仰せのままに」
「かしこまりました!」
聖と直臣は自分より年下の小さな少女に気圧され短く返事をするのが精一杯だった。だが始める前から場に飲まれるほど未熟でもない。八早月にかけられた言葉の意味は初めから理解した上でこの場に来ているのだ。それでも緊張していたように見られてしまったのは未熟と言うほかない。
その精神状態によって呼士の力は変わってくるものであるし、なにより大切な主との関係性が維持できなくなると楓と檜のように身を守ることさえせず主を見殺しにするなどと言う問題も生じてしまう。
この二人にそこまでの心配はいらないが、万全の状態であることはやはり望ましいものだ。そして今、この場に現れた呼士たちは未熟な主にどう仕えるのか、主が呼士にとって仕える価値がある者だと思わせられるのか試されている。
「比呂秋、御前に見参」
「紅羽、ここへ参りました」
どうやら最初の仕合時と変わらず、八岐贄と呼士の関係性は良好のようだ。どちらの後継者もまだ移ろいやすい精神を持つ若さであり、親である当主たちも心配が尽きない時期である。
どちらも長柄の獲物である槍と鉾、それならば柄の長さが長く、修練を積んだ年月と序列を考えても双宗聖とその呼士である比呂秋が優勢だと考えられる。かといって直臣の素質と紅羽の力量もなかなかどうして、毎年非凡な才を見せている。
「双方準備宜しいか!
それでは構え、始め!」
準備が整った演舞場に降りた静寂も長くは保たれず、初崎宿の図太い声によって破られた。
それと同時に比呂秋がまさに一番槍と言わんばかりに仕掛ける。紅羽は束ねた髪を揺らしながら槍を避け、鉾を横薙ぎにしながら距離を取り直し次に備えた。どちらの間合いも十分に長く、遠く見えてもいつ攻撃が繰り出されてもおかしくない。
次に仕掛けたのは紅羽だった。間合いを詰めると言うよりまるで格闘戦に持ち込むかのように接近すると、片手で持った鉾を振り回しながらの斬撃を繰り出す。こうなると比呂秋には槍を引いて突く距離が稼げなくなる。
武者鎧の銅に紅羽の横蹴りが命中すると、比呂秋は後ずさりしながら片膝をついた。追うように距離を詰めていた紅羽は、とどめの一撃として素早く払い突きを放った。
『カキーン!』
甲高い金属音が響いらのち、比呂秋の腹をかすめた紅羽の鉾が宙に向かってそびえ立つ。槍で鉾の突きを弾き返すとはかなりの技量である。更にそれだけではなく、紅羽の左肩には近距離から突かれた槍の先が浅く刺さっている。
「てやあっ!」
「ふんぬ!」
肩に傷を負ったままの紅羽がためらいなく振り下ろした返し刃が比呂秋の頭上を襲うと、それを身体ごと押し返すように槍が深々と肩へ食い込んでいく。上から下へと美しい光の筋を残した鉾は、悲しくも空を切り地面へと落ちた。
「そこまで! 双方開始位置まで下がれ!
直臣は治療に向かいなさい、聖は、浅手のようだな」
「紅羽、大丈夫かい? 今日もありがとう。
僕が未熟なせいで痛い思いをさせてすまなかった、お疲れさま」
「いえ、無様なところをお見せしまして申し訳ございません。
明日こそは…… ではこれにて」
直臣からねぎらいの言葉をかけられた紅羽は、満足そうではないものの悔いはないと言った表情でその場を後にした。片や比呂秋は無言で主へ一礼し姿を消した。
「聡明さん、聖は立派に成長していますね。
大学で学びたいことがあるようなのに、修練も怠っていない様子。
良い後継者が育っており素晴らしく喜ばしいことです」
「はっ、ありがたきお言葉に感謝申し上げます。
師として、父として嬉しく思い、そして誇りを持てる姿でした」
八早月は筆頭当主として最大限の評価をした。聖に関してはあと数年もすれば当主を交代するとしても反対はされないだろう。大学浪人中であるため今後どうするかは本人次第と言ったところだ。もちろんまだまだ未熟ではあるのだが、それは現段階では当然のことである。
そして次に四宮臣人へ声をかけた。
「臣人さん、直臣と紅羽の関係性は素晴らしいものですね。
お互いが信頼しあい尊敬していると一目でわかります。
焦らずとももう数年の研鑽で、高みへ到達すると感じます。
あとは本人の覚悟次第でしょうか、先ほど受けた傷が少しだけ心配ですね」
「ははっ、過分な評価をいただきありがたき幸せ。
直臣にも伝えまして、今後もしっかりと精進するよう見守って参ります」
年齢を考えれば、現在後継者を目指す四名の中では直臣が一番素質があると思われる。これは全当主共通の認識であり期待をしていると言うことだ。しかし心が弱いのか痛みへの抵抗力がないのか、少々の傷で膝を付き立ち上がれなくなってしまうことが不安視されている。
課題はそれぞれだが、この日は高水準な戦いを見られて満足して引き上げる当主たちだった。
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