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第二章 皐月(五月)
31.五月五日 深夜 織贄の儀 総括
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物事には目的や手段、そして結果などさまざまな要素が絡み合っている。すなわちこの織贄の儀も同じことだ。後継者たちの能力を見定めることと、この場に降臨する力により能力を高めさせることが目的、そのために仕合をするのが手段と言った具合だ。
結果については言うまでもない。今年はどの候補も親の代わりになれる高みまで届いておらず、引き続き現状の体制とすることは決定事項だ。
そして最後にはその結果や成果について話し合うことも大切だろう。その結果を反芻する方法には反省会のような深刻な会議をしても良いし、打ち上げのようなそれほど重く考えないものもある。
これから行われる総括は、字面こそ固く真面目な物ではあるが八早月はもっと気楽に捉えていた。参加者がどれくらい成長したと見たのかすり合わせをする、まあその程度である。
「代替わり無しに異論が無ければ次へ進みましょうか。
まずは櫻さんにお話を聞きたいと思います。
念のため先にお伝えしますが、責めようと言うのではありません。
今後どうするかをお聞かせいただければ幸いかと」
「はい、おそれながら申し上げます。
私は現当主として己の指導方針を誤っていたと反省しております。
ここまでの十六年間、当主であり師であることが求められていたはず。
しかし私は楓に対し母でしかありませんでした」
「なるほど、当主ではなく母であったと。
―― すばらしいですね!
確かに今年の出来を見る限りなんらか問題はあったのでしょう。
ですがこれからいくらでも修正はできるのです。
しかし、もし母であることを棄てていたなら今までの時間は取り戻せません!
櫻さんも楓もまだ先の人生が長く残っているのですからね。
焦らずにしっかりと修練すれば良いのですよ?」
まさか責められるどころか褒められるとは、櫻はどう判断して良いかわからず混乱していた。八早月の性格だと嫌味を言ったり仄めかしで貶めたりはしないだろう。良くも悪くも裏表がなく真っ直ぐな性格であるのは十分わかっている。
「慈愛に満ちたお言葉ありがたく頂戴します。
ですが正直申し上げてどう取りかえせば良いのかわかりません。
私は今後どうやって楓を導いていけば良いのかお教えいただけないでしょうか!
筆頭様の父上のように素晴らしい後継者をそ、だ…… て――」
総括の一人目で早くも虎の尾を踏んだ櫻は、途中でつぐんだ口から次の言葉をどうひねり出そうか必死に考えた。他の当主六名はうつむいて肩を揺らし、どう見ても笑いをこらえている。
「いいですが櫻さん、私はたった今言いました。
幼い頃から今までの楓に櫻さんが注いできた母の愛は素晴らしいものだと。
いずれ当主となる八岐贄に掛けるべき労力など不要です。
胸を張って母でいるべき、そう、親とはそれほどと尊き存在のはず!
どんなに有能な八岐贄を育てようと、妖を倒す能力を鍛えようと無意味!
そんなものは大人になってからでも十分間に合うのですから!!」
立ちあがり両手を広げて悦に浸っている様子の八早月を見ながら、どうにも笑いをこらえきれなくなった初崎宿は、ここで櫻への助け舟を出した。放っておいたらいつまで続くかわからないからというのもある。
「八早月殿、総括から大分ずれましたから軌道修正いたしましょう。
櫻殿は今後の教育方針に悩まれております。
これはおそらく臣人殿も方向は別ですが、同じように悩まれているはず。
筆頭にはなにかいい案がございませんかな?」
「あ、ああ、そうですね、確かに直臣もいろいろ問題がありますね。
素質は申し分ないのにもったいないと感じるのももっともです。
ですが二人ともまだ十代ではありませんか。
両親に甘え青春を謳歌し見聞を広める、そんな時期と考えていいのでは?」
「ですが、直臣ならばきっと早々にお役目を果たせるようになるはず。
私は父として、師として、その成長した姿を見たいのです。
決して焦っているわけではありませんが、やはり筆頭をまのあた、りに――」
「よろしいですか? まだ若く楽しむべきことがいくらでもあるのですよ?
それをお役目に縛り付けるような行為、それが父としてすることですか!?
臣人さん、あなたは直臣のことを師の視点でしか見ていないのです!
重ねて申しますが、師ではなく親として愛を注いでください。
注がれた愛はきっと直臣の心に残るでしょう。
親の愛をしっかり受けて育ったなら、お役目がなぜ必要なのか理解も早い。
我々がすべきは、そこに妖がいるから討伐する、ではいけないのです。
なぜ妖が現世に現れるのか、呼ばれてしまうのか、原因を取り除けないのか。
そう言ったことを考えるためには愛を知ることが必要になるでしょう!」
四宮臣人が冷や汗を拭っていると、隣に座っていた三神耕太郎が肩をぶつけてきた。まったく二人続けてやらかすとは何たることか、と小声でつぶやいている。それを見ながらドロシーは限界が近い様子で顔を赤くしていた。そこへ再び宿の助け船が入る。
「八早月殿? 落ち着いて下さいませ。
言わんとすることはわかっていますが、資質がいいだけに焦ってしまうのです。
今後の心構えとして日々の生活に取り入れて、ゆっくりとした解決を図る。
そんな方法でよろしいのではありませんか?」
「確かにそうですね、私としたことがゼロか百かで考えてしまったようです。
ではこうしましょうか、楓と直臣には週三回私が稽古をつけます。
親ではないので愛に期待することもないでしょうし私も遠慮せずに済みます。
当番以外の木金土は朝五時にうちへ来るよう伝えてもらえますか?
五時に来なくても構いません、その時間に起きてうちに来ればいいですからね。
朝食も出しますし学校の日は一緒に登校すれば送る手間も減るでしょう?」
これを聞いた当主数名がポンと手を叩き名案だと呟いた。しかし肝心の臣人と櫻の表情は暗い。そしてさらにここでとばっちりを受けたものがもう一人出てしまった。
「それとドリー? あなたも一緒に参加なさい。
当主としてお役目についてはいますがまだまだ修練が足りません。
幸い当番は私と一緒の日ですから丁度いいです。
後は―― 中さんは当番の都合もあるのでやめておきますかね」
さっきまで笑いをこらえていたドロシーの顔は赤から青へと変わり、一瞬硬直した五日市中は大きく息を吐いて助かったと声を出さずに呟いていた。
結果については言うまでもない。今年はどの候補も親の代わりになれる高みまで届いておらず、引き続き現状の体制とすることは決定事項だ。
そして最後にはその結果や成果について話し合うことも大切だろう。その結果を反芻する方法には反省会のような深刻な会議をしても良いし、打ち上げのようなそれほど重く考えないものもある。
これから行われる総括は、字面こそ固く真面目な物ではあるが八早月はもっと気楽に捉えていた。参加者がどれくらい成長したと見たのかすり合わせをする、まあその程度である。
「代替わり無しに異論が無ければ次へ進みましょうか。
まずは櫻さんにお話を聞きたいと思います。
念のため先にお伝えしますが、責めようと言うのではありません。
今後どうするかをお聞かせいただければ幸いかと」
「はい、おそれながら申し上げます。
私は現当主として己の指導方針を誤っていたと反省しております。
ここまでの十六年間、当主であり師であることが求められていたはず。
しかし私は楓に対し母でしかありませんでした」
「なるほど、当主ではなく母であったと。
―― すばらしいですね!
確かに今年の出来を見る限りなんらか問題はあったのでしょう。
ですがこれからいくらでも修正はできるのです。
しかし、もし母であることを棄てていたなら今までの時間は取り戻せません!
櫻さんも楓もまだ先の人生が長く残っているのですからね。
焦らずにしっかりと修練すれば良いのですよ?」
まさか責められるどころか褒められるとは、櫻はどう判断して良いかわからず混乱していた。八早月の性格だと嫌味を言ったり仄めかしで貶めたりはしないだろう。良くも悪くも裏表がなく真っ直ぐな性格であるのは十分わかっている。
「慈愛に満ちたお言葉ありがたく頂戴します。
ですが正直申し上げてどう取りかえせば良いのかわかりません。
私は今後どうやって楓を導いていけば良いのかお教えいただけないでしょうか!
筆頭様の父上のように素晴らしい後継者をそ、だ…… て――」
総括の一人目で早くも虎の尾を踏んだ櫻は、途中でつぐんだ口から次の言葉をどうひねり出そうか必死に考えた。他の当主六名はうつむいて肩を揺らし、どう見ても笑いをこらえている。
「いいですが櫻さん、私はたった今言いました。
幼い頃から今までの楓に櫻さんが注いできた母の愛は素晴らしいものだと。
いずれ当主となる八岐贄に掛けるべき労力など不要です。
胸を張って母でいるべき、そう、親とはそれほどと尊き存在のはず!
どんなに有能な八岐贄を育てようと、妖を倒す能力を鍛えようと無意味!
そんなものは大人になってからでも十分間に合うのですから!!」
立ちあがり両手を広げて悦に浸っている様子の八早月を見ながら、どうにも笑いをこらえきれなくなった初崎宿は、ここで櫻への助け舟を出した。放っておいたらいつまで続くかわからないからというのもある。
「八早月殿、総括から大分ずれましたから軌道修正いたしましょう。
櫻殿は今後の教育方針に悩まれております。
これはおそらく臣人殿も方向は別ですが、同じように悩まれているはず。
筆頭にはなにかいい案がございませんかな?」
「あ、ああ、そうですね、確かに直臣もいろいろ問題がありますね。
素質は申し分ないのにもったいないと感じるのももっともです。
ですが二人ともまだ十代ではありませんか。
両親に甘え青春を謳歌し見聞を広める、そんな時期と考えていいのでは?」
「ですが、直臣ならばきっと早々にお役目を果たせるようになるはず。
私は父として、師として、その成長した姿を見たいのです。
決して焦っているわけではありませんが、やはり筆頭をまのあた、りに――」
「よろしいですか? まだ若く楽しむべきことがいくらでもあるのですよ?
それをお役目に縛り付けるような行為、それが父としてすることですか!?
臣人さん、あなたは直臣のことを師の視点でしか見ていないのです!
重ねて申しますが、師ではなく親として愛を注いでください。
注がれた愛はきっと直臣の心に残るでしょう。
親の愛をしっかり受けて育ったなら、お役目がなぜ必要なのか理解も早い。
我々がすべきは、そこに妖がいるから討伐する、ではいけないのです。
なぜ妖が現世に現れるのか、呼ばれてしまうのか、原因を取り除けないのか。
そう言ったことを考えるためには愛を知ることが必要になるでしょう!」
四宮臣人が冷や汗を拭っていると、隣に座っていた三神耕太郎が肩をぶつけてきた。まったく二人続けてやらかすとは何たることか、と小声でつぶやいている。それを見ながらドロシーは限界が近い様子で顔を赤くしていた。そこへ再び宿の助け船が入る。
「八早月殿? 落ち着いて下さいませ。
言わんとすることはわかっていますが、資質がいいだけに焦ってしまうのです。
今後の心構えとして日々の生活に取り入れて、ゆっくりとした解決を図る。
そんな方法でよろしいのではありませんか?」
「確かにそうですね、私としたことがゼロか百かで考えてしまったようです。
ではこうしましょうか、楓と直臣には週三回私が稽古をつけます。
親ではないので愛に期待することもないでしょうし私も遠慮せずに済みます。
当番以外の木金土は朝五時にうちへ来るよう伝えてもらえますか?
五時に来なくても構いません、その時間に起きてうちに来ればいいですからね。
朝食も出しますし学校の日は一緒に登校すれば送る手間も減るでしょう?」
これを聞いた当主数名がポンと手を叩き名案だと呟いた。しかし肝心の臣人と櫻の表情は暗い。そしてさらにここでとばっちりを受けたものがもう一人出てしまった。
「それとドリー? あなたも一緒に参加なさい。
当主としてお役目についてはいますがまだまだ修練が足りません。
幸い当番は私と一緒の日ですから丁度いいです。
後は―― 中さんは当番の都合もあるのでやめておきますかね」
さっきまで笑いをこらえていたドロシーの顔は赤から青へと変わり、一瞬硬直した五日市中は大きく息を吐いて助かったと声を出さずに呟いていた。
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