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第四章 文月(七月)
67.七月十四日 午後 恥辱
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車でこんな遠くまで来たのは先日の学校行事以来である。と言っても走った距離で判断しているわけではなく、何となく知らない地区だからというのがその理由だ。
今日は、夏休みに久野高で行われるプール開放に向けて、みんなで水着を買いに来たのだ。八早月にとっては初めての水着となるため、母、手繰は、いつも洋服を買う時に会社へ呼んでいる百貨店の担当者へ頼もうと言っていた。
しかし八早月は断固としてこれを拒否、なんと言っても友人たちと一緒に買い物へ行くのは、まだ見ぬ夢のような出来事だったのだ。幸いにも綾乃が調べてきた地図を見た板倉は、その場所がどこであるのかを一目で理解し、カーナビの地図を(回さずに)操作しながらルートをセットしてくれた。
学園からはおよそ四十分程度の道のりだが、八畑村の櫛田家から学園までですでに一時間かかっているのでなかなか長い道のりである。そんなちょっとした小旅行気分でやって来たのは、新聞の折り込みチラシでたまに見かける衣料品の量販店である。
八畑村には衣料店なんてハイカラなものはなく、隣の近名井村に雑貨店が辛うじて一軒あるのだが、そこに置いているのは割烹着やモンペのような年寄り向けのものが僅かと、公立中学校向けのものだけである。
学園のある金井町やその先の久野町には多少まともなものも売っているが、分類的には婦人物がいいとこなので、若者が好むようなものは衣料品に限らず郡庁所在地である瑞間まで行くことになる。
しかし地方都市あるあるというのはここ十久野郡でも同じ傾向であり、幹線道路沿いには大型店舗があったりするのだ。そして郡内唯一の国道沿いにもホームセンターやファミリーレストラン、大型電気店や紳士服店があり、その中にまあまあ若者向けと言える衣料品の製造販売をしているチェーン店があった。
世間一般で言うところの限界集落民である八早月にとっては、看板に書いてある『ファッション』のカタカナだけでとんでもなくおしゃれに感じてしまうが、美晴たちに言わせればここなら辛うじてギリギリ許せる程度の品揃えらしい。
「瑞間まで行けば首都圏と変わらないようなお店もあるんだけどね。
さすがに金井から電車で二時間は遠すぎるもん。」
「そうね、でもいつかは行ってみたいものね。
私は自分の世間が狭いことが悔しくてしかたないのよ。
ああ、まだまだ子供なんだなって思ってしまうわ」
「だって子供なんだから仕方ないんじゃない?
その分わがまま言っても許されたり、仕事しないで遊んでいられるんだもん」
そう言われても、八早月は当主で筆頭だからわがままは言えないし、妖討伐と言う仕事を日々こなしている。夏休みに入れば神事も予定されていて、他にもお守りの中身を作る鍛冶仕事もあったりするのだ。
しかし今そんなことを嘆いても仕方がない。せっかくここまで連れて来てもらったのだから、なるべくいい買い物をしたいものだ。さすがに四人の女子中学生が店の中へ放たれると騒がしくなるもので、なんとなく一緒に入って来てしまった板倉は気まずそうにしていた。
「板倉さん申し訳ありません、買い物が終わるまで車にいてもらって構いません。
なにか時間を潰せるものがあれば良かったのですが…… あっ――」
一旦表に出た八早月は板倉に気を使ったつもりだったのだが、国道に見えた競技場のトラックのような模様にオートバイの重なった標識を見て声を上げてしまった。
「いやいやお嬢? 私はちゃんとここでお待ちしますからね?
へんな勘ぐりも気遣いも不要です、大丈夫、本当に平気ですって」
「そうですねぇ、道理で道に詳しいはず、だなんて思ってはいませんよ。
退屈かもしれませんが待っていてくださいね」
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ」
再び店内へと戻った八早月の表情は、これで保護者が完全にいなくなったと言わんばかりに明るくなり朗らかで年齢なりのものへと変わった。早速水着コーナーへ向かい合流すると、三人はすでにどれがいいかと品定めを始めていた。
「八早月ちゃん、早く早く!
こないだも言ったけどワンピースじゃないとダメだからね」
「ワンピースと言うのはこういう繋がった物のことでしたか?
と言うことは分かれているのがツーピース?」
「違うってばー、ビキニって言うんだよ。
でも買わなくても試着はできるからお試しで着てみたら?
綾ちゃんならきっと似合うよね」
「今年に入ってから急成長しちゃってね……
ブラ買い直しでお母さんに迷惑かけちゃったよ」
なんだかすごい話をしているが、成長が遅く小柄な八早月にとって体型の話は鬼門とも言える。それでもこの程度で機嫌を悪くするほど子供ではない。
しかし――
「八早月ちゃんって制服の時はそうでもないんだけどね……」
「うん…… いやまだこれからだからね、大丈夫だってば!」
「そうだよ? 私も中学に上がる直前の春休みに大きくなったんだからさ」
そんな三人の気遣いが、試着室の中で棒立ちしている八早月を余計に辱めるのだった。
今日は、夏休みに久野高で行われるプール開放に向けて、みんなで水着を買いに来たのだ。八早月にとっては初めての水着となるため、母、手繰は、いつも洋服を買う時に会社へ呼んでいる百貨店の担当者へ頼もうと言っていた。
しかし八早月は断固としてこれを拒否、なんと言っても友人たちと一緒に買い物へ行くのは、まだ見ぬ夢のような出来事だったのだ。幸いにも綾乃が調べてきた地図を見た板倉は、その場所がどこであるのかを一目で理解し、カーナビの地図を(回さずに)操作しながらルートをセットしてくれた。
学園からはおよそ四十分程度の道のりだが、八畑村の櫛田家から学園までですでに一時間かかっているのでなかなか長い道のりである。そんなちょっとした小旅行気分でやって来たのは、新聞の折り込みチラシでたまに見かける衣料品の量販店である。
八畑村には衣料店なんてハイカラなものはなく、隣の近名井村に雑貨店が辛うじて一軒あるのだが、そこに置いているのは割烹着やモンペのような年寄り向けのものが僅かと、公立中学校向けのものだけである。
学園のある金井町やその先の久野町には多少まともなものも売っているが、分類的には婦人物がいいとこなので、若者が好むようなものは衣料品に限らず郡庁所在地である瑞間まで行くことになる。
しかし地方都市あるあるというのはここ十久野郡でも同じ傾向であり、幹線道路沿いには大型店舗があったりするのだ。そして郡内唯一の国道沿いにもホームセンターやファミリーレストラン、大型電気店や紳士服店があり、その中にまあまあ若者向けと言える衣料品の製造販売をしているチェーン店があった。
世間一般で言うところの限界集落民である八早月にとっては、看板に書いてある『ファッション』のカタカナだけでとんでもなくおしゃれに感じてしまうが、美晴たちに言わせればここなら辛うじてギリギリ許せる程度の品揃えらしい。
「瑞間まで行けば首都圏と変わらないようなお店もあるんだけどね。
さすがに金井から電車で二時間は遠すぎるもん。」
「そうね、でもいつかは行ってみたいものね。
私は自分の世間が狭いことが悔しくてしかたないのよ。
ああ、まだまだ子供なんだなって思ってしまうわ」
「だって子供なんだから仕方ないんじゃない?
その分わがまま言っても許されたり、仕事しないで遊んでいられるんだもん」
そう言われても、八早月は当主で筆頭だからわがままは言えないし、妖討伐と言う仕事を日々こなしている。夏休みに入れば神事も予定されていて、他にもお守りの中身を作る鍛冶仕事もあったりするのだ。
しかし今そんなことを嘆いても仕方がない。せっかくここまで連れて来てもらったのだから、なるべくいい買い物をしたいものだ。さすがに四人の女子中学生が店の中へ放たれると騒がしくなるもので、なんとなく一緒に入って来てしまった板倉は気まずそうにしていた。
「板倉さん申し訳ありません、買い物が終わるまで車にいてもらって構いません。
なにか時間を潰せるものがあれば良かったのですが…… あっ――」
一旦表に出た八早月は板倉に気を使ったつもりだったのだが、国道に見えた競技場のトラックのような模様にオートバイの重なった標識を見て声を上げてしまった。
「いやいやお嬢? 私はちゃんとここでお待ちしますからね?
へんな勘ぐりも気遣いも不要です、大丈夫、本当に平気ですって」
「そうですねぇ、道理で道に詳しいはず、だなんて思ってはいませんよ。
退屈かもしれませんが待っていてくださいね」
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ」
再び店内へと戻った八早月の表情は、これで保護者が完全にいなくなったと言わんばかりに明るくなり朗らかで年齢なりのものへと変わった。早速水着コーナーへ向かい合流すると、三人はすでにどれがいいかと品定めを始めていた。
「八早月ちゃん、早く早く!
こないだも言ったけどワンピースじゃないとダメだからね」
「ワンピースと言うのはこういう繋がった物のことでしたか?
と言うことは分かれているのがツーピース?」
「違うってばー、ビキニって言うんだよ。
でも買わなくても試着はできるからお試しで着てみたら?
綾ちゃんならきっと似合うよね」
「今年に入ってから急成長しちゃってね……
ブラ買い直しでお母さんに迷惑かけちゃったよ」
なんだかすごい話をしているが、成長が遅く小柄な八早月にとって体型の話は鬼門とも言える。それでもこの程度で機嫌を悪くするほど子供ではない。
しかし――
「八早月ちゃんって制服の時はそうでもないんだけどね……」
「うん…… いやまだこれからだからね、大丈夫だってば!」
「そうだよ? 私も中学に上がる直前の春休みに大きくなったんだからさ」
そんな三人の気遣いが、試着室の中で棒立ちしている八早月を余計に辱めるのだった。
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