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第五章 葉月(八月)

83.八月二日 昼過ぎ 元稲荷神社総本宮

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 分家筆頭当主である初崎宿はつさき やどりは、本家当主である八家筆頭の櫛田八早月の命により、八岐神社以外で妖討伐を生業にしている神職のことを調べていた。

 と言っても、おおやけにし辛い妖関連については内閣府直下の政府機関が統括しているわけで、なにも独自に調査へ赴くわけではない。つまり、ここで宿が渉外担当として優れた能力を発揮するというわけだ。

 現代日本では、危険を伴う祭事の継続は風当たりが強く減少傾向にある。それでもひっそりと続いている八岐神社の例もあるし、一大イベントとして地域に根付き口を出しづらくしている奇祭もまだまだ多い。

 しかし全国津々浦々数万を数える稲荷神社に関しては、そのような祭事が行われている記録は無く、妖討伐に関わっているかんなぎ家系もほぼいないと連絡を受けた。一部には独自に祓いを行っている神職がいるようだが、決して伝承しているものではなく、自然発生的な物らしいのは高岳姉弟と似通っている。

 結局役人の調べでは何もわからない、知らないというも同然の回答しか得られず、宿は仕方なく、教わった相手へと連絡するしかなかった。その相手とは、かつて稲荷神社総本宮を治めていた旧家の当主である。


「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。
 私は室伏むろふし家当主、室伏京衛門きょうえもんと申します。
 随分と遠いところまでいらしていただいてご苦労様ですした。
 ご連絡をいただいた時は本当に驚きましたよ」

「やはり都会ではすでに失われているのですね。
 お電話で伺ったときは正直落胆してしまいました。
 しかし古書をお見せ下さるとは感謝の念に堪えません」

「とんでも、ございません、こちらこそありがとうございます。
 私共の家系も三代前まではお役目についていたと伝え聞いております。
 そのことを家の者も忘れかけていると言うのにこの度のお申し出ですから。
 なんと言えば良いか、そう、尊厳を取り戻した気分でございます」

 宿と対面している室伏京衛門なる御仁は、代々京都でお役目についていた家系らしい。しかしすでにその能力は途切れてしまったと役人から聞かされていた。それでも連絡を取ってみると古文書や過去の記録は残っており見せてもらえると聞き、急ぎ駆けつけたのだった。

「もし差支えなければ、途切れた理由と言うのをお聞かせくださいますか?
 三代と言うことは我々の歴史感からすればつい先日と言えるくらいの近年です。
 と言うことはやはり……」

「はい、ご察しの通りでございます。
 私の曽祖父が出兵しましてそこで途切れてしまいました。
 一子相伝ではなかったのですが、長男の祖父でさえまだ幼かったのです」

「なるほど、それは残念な事でしたね……
 私共の一族は古来より八家に別れましたので、そうそう途切れず幸いでした」

「まさにその通り、今更ではありますが分家は重要でしたね。
 ただ現代でも能力が発現した稲荷の家系はあると聞きます。
 この度のお嬢さんもその一例かもしれませんね」

「そうなんです、ただ制御がまったくできていないのですよ。
 当人を守護している子狐の守護獣がどうにも喧嘩っ早いようでしてね。
 我らが筆頭当主はその娘御の友人なので、早めになんとかしてあげたいと申しているのです」

「えっ!? お話だとそのお嬢さんは中学生だと聞きましたが!?
 一族の筆頭と言うのはその八家当主の長ですよね?
 まさかその御方も中学生ということですか?」

「ええ、やはり驚かれますよね? うちの筆頭はまあ凄いのですよ。
 ちなみに当主を注いで筆頭としてお役目を始めたのは八歳の時です」

「えええっ!? 八歳からお役目? そんなことがあり得るのですか?
 私共の記録での最年少は二十代ですが、それも歴史上二名のみですよ……」

 室伏家当主が驚くのも無理はない。妖討伐には十分な修練が必要なのは宿も承知している。横の繋がりが希薄なので他の一族のことはわからないが、八畑村の八家でもそれまでの最年少は二十代だったのだ。

 衝撃的な事実に戸惑いを隠せいない室伏京衛門だったが、そのことが宿との距離を縮めたようだ。意気投合とまでは行かないまでも和やかな雰囲気となり、二人で蔵に入り蔵書を漁るのだった。

◇◇◇

 そして翌朝――

「いやあとてもお世話になりましてありがとうございます。
 参考になりそうな箇所のコピーを取らせて頂けて助かりました。
 しかも夕飯を馳走になっただけでなく泊めていただいてしまって恐縮です」

「いえいえお気になさらず。
 こちらこそ久しぶりにお役目のことが聞けて良かったですよ。
 現役の方はやはり雰囲気がありますね。
 いつか筆頭様にもお会いしたいものです」

「わはは、お会いしたら驚くでしょうな。
 なんと言っても普段はホンに小さく幼く可憐な少女なのですから。
 ぜひ八畑村へ来ていただきたい、と言いたいですが何もない村ですからなぁ」

 そんなやり取りを経て帰宅の途についた宿は、以前八早月が話していたように他の巫一族との交流も悪くないものだなどと感じていた。
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